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大賢者は何もしない ~面倒事は弟子と助手に任せる~  作者: エビテン


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子犬のワルツ1

あの獣人、フォルがこの小屋に来てから一週間が経った。

マシィ・ライルラック、それが自分の名だ。

ライルラック家の家名を汚さないよう……とまでは考えていないが、『準賢者』への昇進試験は一回で合格したい。

だから余計な事には、かまけてはいられない。

師から渡された課題をこなし、一区切りついたので休憩がてらにリビングに足を運ぶ。

そこから、床にモップをかけているフォルの姿が目に入った。

長い柄のモップで床を磨いている、フッフールさんの体格に合わせたものなのだろうか? 小柄なフォルには大きすぎる様に思う。

料理は大賢者様、掃除や洗濯などのその他の家事はフッフールさんが担当している。

フッフールさんが家事をするのは、やらないと大賢者様がそれにかまけてしまう。

翻訳に徹してほしいから、家事を請け負っているとの事だった。

彼女は、大賢者様が翻訳する本を楽しみにしている。

翻訳作業を手伝わないのは、読む楽しみが減るからだそうだ。

エルフ族は口伝で知識を伝達するので、本を(なみ)する傾向があると聞いた事がある。

恐らく、フッフールさんもエルフ族の中では風変わりなのだろう。

「丁寧だし、手際がいい……すごく助かる」

声の方向に顔を向けると、当のフッフールさんが壁にもたれかかっている。

少し気に障ったので抗議をする。

「自分に、仕事は勉学だ……と言って断ったのは、あなたですよ」

自分は貴族で、そういった仕事は使用人の物と思いはしたが、今は大賢者様の助手という立場でここに居る。

だからフッフールさんに手伝いを申し出た。

フッフールさんは視線をフォルに向ける。

「教えるのが面倒、フォルは経験者」

そう言われて言葉に詰まる……確かに掃除なんて、した事が無い。


***


大賢者様が用意する良質な食事に加え、フッフールさんと小屋の周辺を散策して体を鍛える事で随分回復したようだ。

体には肉が付き、血色も良くなって肌につやが出てきた。

大賢者様が彼女用に調合した洗髪剤を使用しているおかげで、毛並みも綺麗だ。


何故そこまで面倒を見るのか?


気の毒な身の上だというのは理解できる。

だが世界中を見渡せばそんな立場の子供は沢山いるだろう。

現にグランディル城下にも、魔物に襲われて親を亡くした子供も多い。

獣人だからか?

それにしても神殿の賢者が、かつての仇敵を特別扱いするの事に疑問を感じる。

師匠であるリーブ導師の元に、課題の提出にお伺いした際にこの件をご報告した。

師は顎髭をいじりながら目を閉じ、「大賢者様にもお考えがあるのだろう」としか仰られなかった。

恐らく神殿の他の方々も同様の見解なのだろうが、内心は良く思っていない方もいるのではないだろうか?

自分も納得しかねている、大賢者様は何を考えているのだ?

大賢者とは、統馭(とうぎょ)の女神により、この地に安寧を持たらす為に送られてきた使者と言われている。

その地位は神殿よりも上位に位置付けられ、組織の長である最高神祇官よりも上とされている。

だがこれは、逆説的には大賢者様は神殿に所属していないという事でもある。

あの方にとって神殿は部外であり、知った事では無いのだろう。

大賢者様が境界線付近に居を構えているのは、魔物の研究の為だという。

なるほど、賢者としてのフィールドワークという事だが、あの方が神殿の学院の所属では無い以上、私製学者でしかない。

神殿から補助金が出ている訳でも無い、誰にもあの方を咎める権利は無いのだ。

だが、そんな物は建前でしかない。

『賢者』と肩書がついている以上、世間一般には神殿に属すると認識されるからだ。

あの方は奔放にも程がある。

出来れば自重して頂きたいんだが……そんな物には無縁な方だと諦めている。

そう、あれは……ここに来てから暫くしてからの事だ。

グランディル城下にある東の神殿に自分を紹介したいと、大賢者様に連れられて行った時の事。

東の神殿はヴァーサターム王国にある中央神殿よりは小規模だった。

聖職者が管轄の講堂と、賢者が在籍する学院の規模と人数は少ない。

だが騎士団、魔導師科は中央に劣らず充実しており、聖女らが在籍する聖域も在籍数は少ない物の、質の高さが伺えた。

さすがは魔界と接する最前線の神殿なのだなと感心したが、何よりも驚いたのはその雰囲気だ。

中央と違い東の神殿内は堅苦しさが無く、睦まじい感じだった。

東の神殿の方たちは自分にも気さくに接してくれ、大賢者様も「境界様」と呼ばれて親しまれている様子だった。

神殿という場は格式が必要なのでは? と思わないでも無かったが……その雰囲気はとても心地よく、東の学院の賢者見習いや研究員達とも気さくに近況を語り合った。

そんな中、大賢者様が連れ出されるのが見えた。

神殿ではローブの色で部署が区別されている。

一人は黒いローブから神官、二人は茶のそれで魔術師だと分かる。

『魔術は賢者の嗜み』とされている。

恐らくこの三人は、その指導を受けに来たのだろう。

そう思い自分も同行を申し出たが、三人は作り笑いを浮かべ、大賢者様は先に帰れと転移陣起動用の魔石を渡された。

これがあれば。誰でも転移陣を起動できるのだが……。

合点がいかず呆気に取られていると、周りにいた面々からも帰宅を勧められ、挨拶を済ませてその場を後にした。

小屋に戻り数刻が経った頃、大賢者様が帰宅されたのだが……。

大賢者様は肩を落とし、暗然とした面持ちだった。

そのまま厨房に入り、俯きながら下ごしらえを始める。

その痛々しい姿に、フッフールさんに何かあったのでしょうか? と問うて見たが、彼女は呆れ顔で肩をすくめ、自室に戻っていった。

本人に直接聞くのもはばかれたので後日、神殿を訪れた際にその時の魔術師を捕まえて確認した。

話を聞き、あの日のフッフールさんが呆れていた理由に合点がいった。

なんでも、『タイマー』とかいう、カードゲームの様な物を高レートで賭け事をして大敗したらしい。

その時に聞いた話では、大賢者様は「下手の横好き」という奴で、かなり弱いとの事。

要するにカモにされたという訳だ。

この件を大賢者様に問い詰めた所、「その金でみんなで飲み食いしてるんだ。そんな彼らに、おれからのご褒美だよ」と、最もらしい事をおっしゃった。

何より残念なのは、窓の外を見ていて顔を一切見せず、声も震えていた事だ。

だが東の神殿からは信頼されているのも事実で、大賢者様はわざわざ出向いて情報交換や差し入れなどをしている。

魔物の研究は大賢者様の本業だと言うが……行動はその範疇を超えているように思う。

グランディル城や冒険者ギルドともやり取りをしており、境界線の些細な異変も報告している。

どちらかというと、防衛の方が主目的なのだろう。

いや、それだけでも無いのだろう……こんな事があった。

あの日、夕食を早々と済ませると大賢者様は、冒険やギルドに赴くと言い残し、そそくさと出て行かれてしまった。

日が変わる頃に、肌寒い日だというのに薄着で戻ってこられた。

確か新調したばかりの外套を着て行かれたはずだが……と気になったが。その疑問は翌日に解消した。

フッフールさんに連れられ、食材の仕入れに市場に出向いた後、冒険者ギルドに隣接している酒場にワインを購入しに向かった。

そこで見たものは……大賢者様の外套だった。

店主に何があったのか、事情を確認する。

なんでも大賢者様が昨晩に酒場を訪れ、公国の北にあるサンテゴリーの町の商人である未亡人を口説いていたとの事。

手応えを感じていたのか気を良くした大賢者様は、酒に酔った勢いでその場にいた客の分まで代金を払うと宣言したらしい。

店主曰く、大賢者様は極端に酒に弱いのに、ご婦人に勧められるまま酔い潰れるまで飲まされたとの事。

目を覚ました頃には店はもぬけの殻で、多額の代金が請求されるに至る。

大賢者様の「おごり」と聞きつけ、多数の来客があったと店主は語る。

女性は亡くなったご主人が残した商会を切り盛りするやり手らしく、まんまと乗せられたと言う訳だ。

手持ちが足りず、外套を置いていく事で勘弁してもらったらしい。

足りなかった分をフッフールさんが立て替えて外套を買い戻し、大賢者様がばつが悪そうにソレを受け取っていた。

フッフールさんが目を細め、ゴミを見るような視線を向けていたのが印象的だった。

このような普段の、粗忽な振る舞いのせいで忘れそうになるが、大賢者様は女神の使者と称され、神殿の信頼も厚く、自分の師である賢者筆頭のリーブ導師にも慕われている。

理解に苦しむ場面も多いが、行儀や素行が悪いのに卓越した能力の持ち主である事は事実だ。

何より知識が豊富だ。

師の課題に苦慮している時などに、的確な助言をしてくださる。

翻訳作業にしても古語や多種の古代文明語、外国語も堪能で、習慣の違いからくる慣用句なども的確と思える訳をなさってる。

見た目も幼く、自分よりも年下に見えるくらいだが、恐らく実際の年齢はかなり上だろう。

身体的な特徴からして、長寿のエルフ族やノーム族とは違う。

本人に伺った時は人間、ヒト族だとおっしゃっていたが、自分が知らない少数の種族なのかもしれない。

それに大賢者様にしか使えない、飛行する魔道具や転移陣。

魔術の体系も自分達とは異なっている。

以前、魔術を見せて頂いたが、呪文の詠唱無しで発動させていた。

なんでも系統が違う、という事らしいのだが意味が分からない。

魔術とは呪文、言葉に意味を乗せて精霊から力を借りて発動するものだ。

それ以外に使用する(すべ)など無いはずなのだ。

大賢者様はひょっとして、神話の時代に統馭の女神が使役した精霊の子孫……などとバカなことまで考えてしまう。

そんな大賢者様だが、こんな山奥に住み、料理と翻訳、境界線の監視をする生活をしている。

今度は獣人を拾って、保護だ。

どうにも納得がいかない、大賢者様は何を考えているのだ?

ハンガーに掛けてあるローブを手に取る。

自分が神殿の学院所属である証しの、青色のローブだ。

それを纏ってサッシュを絞め、大賢者様の書斎に向かう。

今日は大賢者様が、フォルに聞き取りをする日だ。

あの日、商隊を襲った魔獣について……その場に立ち会えば、大賢者様のお考えが少しは理解できるかもしれない。

新章開始です。

今回は大賢者を掘り下げました。

よその賢者様達と差別化を図りたかったので

俗っぽい感じの人物にしてみました。

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