子犬のワルツ2
自分はノックをして書斎のドアを開けると、そこには大賢者様と向かい合ってフォルが椅子に座っていた。
大賢者様は自分を見ると、驚いた様子で目を丸くした。
「なんだ? 君も立ち会うのか……」
「いろいろ、知りたいことが有りますので」
今日はフォルに、あの日の事を聴取する。
商隊を襲撃した魔獣、『千匹オオカミ』について……。
自分がここに来た頃は、大賢者様は俗世間から離れて暮らしたいのだろう思っていた。
恐らく、そういう気持ちもあるのだろう。
大賢者様が境界線近くのこの小屋に住んでいるのは魔物の研究の為だという。
だが、この方の行動を見る限り、それだけでは無いのだろう。
師であるリーブ導師も、何かお考えがあるのだろうと仰っていた。
自分は納得がいっていない……だからそれを見極めたい。
「立ち会うならメモでも取ってくれ」
大賢者様の言葉に、我に返った。
そうだ、これは大賢者様の考えを知る大事な機会……。
大賢者様は、自分が席に着いて帳面を開くのを確認すると、おもむろに口を開く。
「まずは状況報告から……冒険者ギルドから顛末を記した手紙が届いた」
手紙をこちらに見せる。
「かい摘まんで説明するぞ。」
大賢者様は、手紙に視線を落とす。
「フォルを乗せていた馬車は偽造された通行証で関所を通過、馬車の登録証も偽造だとよ、手際がいいこって……。」
興味なさげに大賢者様は説明をする。
手慣れた犯行でプロに手口であることは明らかだが、成り行きが粗雑な感じがする。
「やはり盗賊ギルドですか、何が起こったのでしょう?」
そう尋ねると、大賢者様は手紙に視線を向けたまま、ため息混じりに頬添えを付く。
「つまんねえ話だから、ざっくり行くぞ……、盗賊ギルドが襲撃されたのはゾンザイ子爵家邸でっと、辺境伯領の魔石管理官で、横流ししてたんだと、子爵はくだらん借金をしてて……挙句の果てに一族郎党あの世行きだ」
人が死んでいるのに不謹慎な口ぶりとも思ったが、フォルを保護した時の状況を思い返すと、同情する気が起きないのだろう。
自分も子爵の身辺状況などには、毛ほども関心が無い。
「それで、顛末はどうなるのですか?」
「押収物はこちらに任せるって形で手打ちだとさ。モナーク辺境伯領側もグランディル公国に借りを作りたくないんだろう、あそこの領主は公国に、つまらん対抗心を持ってるからな……」
押収物はかなりの値打ちがあるはずだ、くれてやるから不祥事は黙っていてくれって事か。
なるほど、妥当な落としどころか。
「という訳で……」
大賢者様の口調は明るいものに切り替わる。
「フォル、君は晴れて自由の身だ、ここに居ても誰も咎めない」
それまで言葉発さずに話を聞いていたフォルは、急に話を振られて唖然としている。
話が理解出来ていなかったのだろうが、大賢者様の言葉を聞き、俯いて肩を震わせている。
泣いているのか……?
確かに彼女の身の上は気の毒だ。
だが、世界中を見渡せば珍しくもない話だ。
しかし……。
大賢者様は微笑みながら頬杖を突き、いつも通りの眠そうな目でフォルを見つめている。
嗚咽を上げるフォルが落ち着くまで、話は中断することとなった。
暫くして……。
「……すみません、わーーってなっちゃって……」
フォルが申し訳なさそうに、そう漏らす。
フォルに大賢者様は構わないと言わんばかりに笑みで返す。
「では本題だがマシィ『千匹オオカミ』とはどんな魔獣だ? 答えてくれ」
突然、大賢者様に話を振られて狼狽する。
千匹オオカミ。
これまでに聞いた事も無い魔物の名だ。
魔獣というからには獣を模した魔物なのだろうが……。
これは……それでも学院の研究員か? とからかわれる流れか……。
「知らないのは無理も無い。ヤツが初めて出没したのは三二年前だ」
答えあぐねていると、大賢者様が回答してくれた、意外にも真面目だ。
……三二年前?
「つい最近ではないですか! 目撃者がいないのは……」
「過去の出没は十一回、いずれも生存者は無し」
「最初の襲撃も山間部の街道を利用した商隊だった。当初は足跡から野生のオオカミの襲撃かと思われたのだが、数が多すぎるのと死体の損傷がほとんどない事から魔獣であると推測されたんだ」
魔物が人を襲うのは、魔力を奪う為だ。
故に、食する事は殆ど無い。
食らう場合は『魔力を吸収する』ついでだ。
遺体の損傷が少なかったというのは、そういう事なのだろうが……。
「数が多いというのは?」
「『千匹』というのは、数が多いという意味の比喩的表現だ……、野生のオオカミは通常、七、八匹くらいで群れを形成し、それぞれの縄張り内で行動するんだ。その縄張りもかなり広い……にもかかわらず現場の足跡は二十から三十匹あった」
魔物は厳密には生物では無い、故に出鱈目な性質を持つ。
そこである疑問が浮かんだ、大賢者様に質問する。
「生物の習性とは相違があるのは分かりました……なぜ討伐されなかったのでしょうか? それほどの大所帯なら簡単に発見出来るはずです」
大賢者様はゆっくりと机の上で指を組む。
「見つからなかったんだ、次にヤツが現れたのは四年後……やはり全滅だったが、護衛の冒険者が打ち取ったオオカミの死体が確認された」
真剣な面落ちで大賢者様は言葉を続ける。
「だけど、死体は野生のオオカミの物だったんだ、知っての通り、魔物の肉体は疑似的に構成されているものだから、死んでしばらくすると分解して消滅する……だが死体は残っていた。で、その個体から採取されなのがこれと同じものだ」
大賢者様は親指と人差し指に挟んで、五粍ほどの魔石の原石を取り出した。
「小さいですね、オオカミ型の大きさの魔物なら三から四号クラスの魔石が採取できるはずです」
あの大きさは、小動物程度の魔物から採取される魔石だ。
辻褄が合わない……、そこである考えが浮かぶ。
「ひょっとして、寄生生物か何かですか? ソレが寄宿主のオオカミと運命を共にしたから、肉体が分解してオオカミの死体と魔石だけが残ったのでは?」
大賢者様が首を横に振る。
「それだと集団で行動する説明がつかない、複数の群れが集まるってのがおかしいんだ……で仮説を立てた」
大賢者様は一旦言葉を切る、自分は口を差し挟まずに話の続きを待った。
「……オオカミは魔力を集める『端末』なのではないかと」
端末……つまりオオカミ達は魔力を集めるための道具という事。
つまり、本体というべき存在がいるという事か?
「つまりオオカミは指先のようなもので、本体が別にいると?」
「でなきゃ、一度での魔力の摂取量が多すぎる、そこから判断してもかなりデカい」
「オオカミ達とは別の……いったいどんなヤツが……」
「千匹オオカミは甲種認定、だがおれの見解は違う、ヤツは間違いなく変異種だ」
変異種。
魔物は交配で増えるのではなく、瘴気から発生する。
生命の営みからでは無く、無から生ずる為、稀に突然変異で強力な個体が誕生する。
変異種はあまりにも危険で、災害認定されるのが常だ。
だが変異種はその力を全力で行使して被害をもたらすのが通常だが、この個体は一度の出現で多大な被害をもたらし、何年も姿を消す。
かなり厄介な存在だ。
「端末は野生のオオカミですよね、駆除してしまえば?」
「生態系への影響が大きすぎる……」
先生は頭の後ろで腕を組み、力なく天井を仰いだ。
「今までもな、いろいろやって来たんだが決定打がないんだ……本体は恐らく、普段は眠ってるのかもな、案外境界線の向こうでのうのうとしてやがるのかも……」
大賢者様の語気から苛立ちと無念さが伝わってくる。
それだけ強力な魔物が境界線を越えられるのか疑問だが、変異種に理屈は通じないのか?
魔物は瘴気や同族からも、魔力を得られる。
人を襲うのは単なる習性だ、生きる為に糧を得るのとは違う。
魔物の嗜好で犠牲者が出る……それに憤っているのだろう。
確かに、分からないことが多すぎる、これでは手の打ち様が……。
「アイツだ……」
ふいにフォルが呟く。
「近くに……なにか、大きな気配を感じました」
フォルのその瞳から、恐怖を湛えているように見えた。
この物語は、一応バトル物なので
千匹オオカミは今後、フォルの宿敵となります。
ライバル枠ですね。




