ドッグファイト10
わたしは騎士達の近くに荷物を下ろすと、彼らの状況を確認する。
彼等は疲れ切った表情をしていて、目に力が無かった。
怪我はしているが、いずれも軽症、命に別状はなさそうだね。
ハスラは顔に幼さが残る赤髪の騎士の前にしゃがみ込んで、その手を両手で強く掴んでいる。
「良かった。良かった……」
彼がハスラが探していた騎士か、でもその前に。
「ハスラ、感動の再開は後。先に手当てを」
わたしの言葉にハスラはハッとして、ポーチから魔法薬と包帯類を取り出す。
そして騎士達に、問診しながら応急手当を始めた。
調合師を目指しているハスラは、医術も勉強しているみたいだね。
わたしは持って来た背嚢から、水嚢を取り出して騎士達に渡す。
それが水だと気付くと、騎士達は貪るようにがぶがぶと水嚢にかぶりついた、よほど喉が渇いていたようだ。
ハスラが手当てをしている間に、わたしはマットを引くとそこにサンドイッチとお惣菜を並べた。
「わたし、獣人が作ったモノですけど、宜しければ」
わたしは騎士達に微笑みかけると、彼らは驚いた顔で見返してくる。
「こんなに……持って来てくれたのか? かたじけない、ありがたく頂く」
思い思いに手に取るが、食べるペースが早い。
彼等が遭難して二日が経っているんだ、お腹も空くよね。
「ありがとう、フォルさん……」
一通り手当てを終えたハスラが、熱い視線を送って来る。
わたしは、かぶりを振った。
「お礼ならマシィに言ってあげて。持っていくように言ったのはマシィだよ」
「自分は指示しただけだ、早起きして作ったのフォルだ」
マシィは、ぶっきらぼうに言葉を返す。
ハスラは目を見張り、驚いた顔でマシィを見つめた。
「騎士がそう簡単にやられるとは思えん、生きてると考えるのが普通だ」
そうだ、マシィは騎士達が生きていると信じていたから、急いで探しに来たのだ。
それは彼がするべき事では無いが、動かずにはいられなかった、そんな所だ。
先生だったら、専門家に任せるべきで、部外者が出しゃばると混乱の原因になる、と言うだろう。
独断で動くのは、それは良くない事なんだろうけど……マシィはあれで感情的な人だ。
ハスラはそんなマシィに、無言のままぺこりと頭を下げた。
アドレーが、イライラした顔をしている。
「そんな事よりちゃんと帰れるの? でなきゃ二次遭難よ!」
アドレーはすごい剣幕だけど、マシィは頭を掻きながらそれを流して、騎士達の前に膝を付いた。
「あなた達はグランディル公国の、地元組の騎士でしたね。このダンジョンに付いて、何か存じて無いか?」
新人騎士って地元の人達なんだね、神殿の騎士は他国から選ばれてくる人が多いらしいけど、という事は彼等なりに優秀なんだろうな。
騎士達は困った顔をして、互いに見合った。
「グランディル内は、西部にあるハース迷宮でしょうが、ここなのかどうかは……」
別の騎士が、小さく手を挙げる。
「俺は足を踏み入れたことがありますが、壁の色が違う。ここはハース迷宮では無いと思います」
エイブ様が、腕を組んで考え込む。
「グランディル国内で確認されてるダンジョンはハース迷宮だけだったな。ここが他国の物か、あるいは未発見のダンジョンであれ、とにかく出口を探さねばな」
とりあえず地図を描きながら、上を目指すという事で話は決まった。
わたしは水嚢を小さく畳み、食べ物を入れていた箱を重ねて荷物を小さくする。
水嚢は布製で、内側が防水してあるので、中身が無ければ丸める事が出来て、持ち運びに便利だ。
荷物が随分と軽くなった、重い物を持ち歩くのは筋力的には問題無いが、わたしは体重が軽いので、どうしても動きが鈍くなる。
騎士達は怪我人もいる、軽傷の騎士とハスラがサポートをしながら移動となった。
わたしの荷物は騎士さんが持ってくれる事になった。
まだ各種装備の他に、水と携帯用食料が入っている。
結局、前衛はわたし一人だ。
マシィはわたしに、申し訳なさそうな顔を向ける。
「やはり、ミントとゼクスにも協力を要請するべきであったか。いや、彼等を巻き込む訳にもいかない。パーティを組んでいるし、お咎めが有るかもしれんしな」
ミントさんとゼクスさんは、以前のマシィの冒険者仲間だ。
今はスタンダード・ランクに昇格して別パーティーを組んでいる。
アドレーは目を細めた。
「私は良いの?」
「君は暇だろう? それに市民だから、軽い処分で済むだろうしな」
アドレーは頬を膨らませる、元が美人さんだから可愛らしい。
おっと、さっそくお客さんだ。
現れたのはオオトカゲが三匹。
護る人数が多い、わたしは腰から投げ剣を取り出した。
腕を振り上げて一本目、振り下げで二本目を放つ。
虚礫。
離れた敵に対応、あるいは意表を突く為にモノを投げ付ける技だ。
投げ剣、というが形状は杭のような形をしている、
それぞれが頭部に突き刺さる。
そして無傷のヤツを、首にナイフを突き立て、残り二体にとどめを刺した。
新人騎士達が、感心して声を上げたのが聞こえた。
マシィが、ハンドナイフで魔石を回収する。
「大した魔物では無かったな。ここは規模が小さいか、上層と見て間違いないだろう」
なるほど、下層に行くほど魔物が強くなるって訳ね。
それから暫らくダンジョン内を一通り回る。
二度、魔物と遭遇したがいずれも弱く、難無く仕留めた。
下に降りる階段は見つかったが上に向ける手段は見つからなかった。
マシィとエイブ様が地図を凝視する。
「上階への階段が偽装されてる風でも無いですね」
と、マシィ。
「ダンジョンの割りに魔物の数が少ないしな。何か特殊な事情が有るのか……」
と、エイブ様。
「下の階から上に抜ける構造かもしれませんね。なんにせよ、降りるしかないな」
マシィの言葉に、アドレーが不安そうな顔をした。
「大丈夫なの? 下に降りたら、強い魔物が沢山いるんじゃ無いの?」
エイブ様は、顎に手を当てる。
「私も前衛に加わろう。ジェマ、お前はダンジョン経験者だったな。地図作製は出来るか?」
さっき、ダンジョンに潜った事があるって言ってた騎士さんだ。
彼は腕を怪我をしているので、戦力にならない。
地図作製を変わる事になり、エイブ様が前衛に加わってくれた。
これで、だいぶ楽になるね。
慎重に下階に降りると、マシィの指示でハスラが探知魔術を使った。
「分散して五か所に確認出来ました」
ハスラがジェマ様の持つ、まだ描かれていない地図の上に、それぞれバツ印を付ける。
「ただ、この先、五七米の地点の魔物はかなり大きいです」
エイブ様が、地図を覗き込む。
「上階の広さからして、恐らく端から端だな」
「この階の番人ですかね。乙種クラスか……」
と、マシイ。
「近付かない方が良いんじゃない?」
アドレーはひどく脅えている、それを他所にマシィは顎に手を当てる。
「フォルなら対処出来るだろうが、負担は減らしたい。後回しだな」
「先に仕留めた方が良いんじゃ? そこに階段があるかも」
わたしに、遠慮しなくていいよ、エイブ様が腰に手を当て視線を向けて来る。
「では、なるべく避ける方向で行こう。結局、出たとこ勝負だ」
「だが、その前に……」
マシィがぐるっと皆を見る。
「昼休憩にしよう」
賛成、おなかがペコペコだ。
わたしは用意を始めると、新人騎士さん達にお弁当を配る。
これで作ってきた分は全部だ、残りは携帯食のフレークバーのみとなった。
救援組は、それぞれの荷物から食料を取り出す。
「とても食べる気にはならないわ」
アドレーが不安げに溢す、マシィは黙々とサンドイッチを口にする。
「無理をしてでも食べるんだ。それと皆、水は節約するように。長丁場になる可能性を考慮せよ」
「大丈夫? 魔物は襲ってこない?」
と、アドレー……暗闇を怖がる子供のように、ずーっと不安そう。
「アイサン副団長も仰ってましたが、このダンジョンは魔物が少ないですね」
先ほどの地図作成の騎士さん、ジェマ様が返す。
赤毛の騎士さんとハスラは寄り添っている。
見せ付けてくれる……お熱い事で何よりだ。
「すまんハスラ、君を巻き込んでしまった」
「お気になさらないでズーマ様、無事に帰れます」
ハスラがわたしに視線を向けると、赤毛の騎士さん、ズーマ様はうつむいてしまった。
獣人が嫌いなようだ、一方でハスラはわたしを信頼しているのが伝わって来る。
それが彼にとっては複雑なのだろう……そんな事より。
わたしは、マシィに率直な疑問を投げかける。
「魔物が少ないって言うけど、マシィはどう思う?」
「ダンジョン……古代文明人の遺産の一つだ。諸説あるが瘴気を地下に取り込んで、そこに魔物を閉じ込める為に作られた施設だとされている」
「これも、古代文明人が作ったの?」
マシィは、小さく頷く。
わたしが文字のお勉強で使った絵本からダンジョンまで、古代文明人ってすごいねえ。
「彼等の文明は今も、我々に多大な影響を受けている。彼等の知らぬ所でな。その知識と技術は、我々には持ち得ぬ失われたものだが、その恩恵は計り知れん」
「そうなの?」
「例えば魔石を利用した魔道具の原理だ。あれは古代文明の技術を解析して実用化したと言われている。それと……」
マシィは、ジッと私を見つめた。
「君だ。獣人は、古代文明人が残した最高の遺産だ」
マシィは薄く微笑んだ、わたしは顔が赤くなるのが分かる。
「なんか、古代文明って先生みたいだね」
わたしは誤魔化すが、照れてたのはバレてるだろう。
マシィはそんな事は気にせず、遠くを見つめる。
「先生に似ているな。いやという程に……」
マシィは表情を硬くし、物思いにふける。
あれ? 照れ隠しのつもりで言ったのに真に受けちゃった?
昼食タイムも終わり、それぞれが片付けを始める。
再び出発となった、わたしは不自然に冷たい空気の中を、辺りを警戒しながら歩を進める。
さて、ハスラが魔物を探知したポイントだ。
わたしも気配を察知した、ダンジョン内の魔物って動かないのかな?
だから新人騎士さん達は動かなかったのか、魔物に襲われるリスクが減るから。
部屋に踏み込むと、そこには人の形をした魔物が四体。
軽装の鎧を纏い、その手には剣と盾を持っている。
異質なのはその外見だ、干からびていてミイラ化しており、目が空洞になっていて口を大きく開けている。
アンデット、死人型ってヤツか、先生から習ってはいたが見るのは初めてだ。
こちらに気付いたようだ、剣を構えてじりじりと距離を詰めて来る。
わたしは走り込み、後方に回るとヤツラの中の一体に飛び付く。
肩車の状態にして、両のこぶしでその頭部を挟むように叩き潰した。
先生によると、死人型には痛点や生物のような急所は存在せず、魔石が有る頭を切り落とすか破壊すれば仕留められる、との事だ。
わたしは潰した一体から離脱すると、最も近いヤツの足を払った。
倒れざまに、その頭に向かって膝を落とす。
浅い……破壊しきれなかったので、頭を押さえ付けてナイフで首を切断する。
この間に、エイブ様がもう二体を仕留めていた。
剣でその首を一刀両断、手際が良い、さすがだ。
マシィが魔物の残骸の前に屈みこむとその様子を確認する。
「古い型の鎧だな。恐らく、昔にここに引き込まれたという騎士の遺骸が魔物化したのだろうな」
マシィが、遺骸をまさぐる。
「認識票は……文字がつぶれているな。かなり古い」
この遺骸は、わたし達みたいに転送されて来た人たちのなれの果てって事か。
なんだろう、すごく嫌な気分だ。
その後、二度魔物に遭遇したが、いずれも死人型だった。
装備もバラバラで、元は山賊か冒険者、それと騎士。
「あの場所以外にも、転送装置が有るのかもしれぬな」
マシィが、小声でぼそっと呟いた。
ハスラが探知した、魔物がいるポイントは避けつつ探索をしたが、出口に至る会談は見つからなかった。
例の、大型の魔物がいる場所に近付く。
壁に、ぽっかりと四角い穴が開いている、その奥から大きな気配を感じた。
わたしは手をかざして制止を促し、気配を消して中を覗き込む。
そこには広い空間が広がっている。天井も高い。
奥に二か所、登りと降りの階段を確認する。
だがそれを阻むように、大きながっちりした体格の人型の物体。
岩だろうか? 全身がそれで出来ている、全長は四米位か。
わたしは戻り、見た物を報告するとエイブ様は眉をしかめた。
「ストーンゴーレムっというヤツだな。全身が岩だから、とにかく硬い。乙種だが厄介な相手だ」
エイブ様はマシィは。
「岩人形と言われているヤツか……。魔石は確認出来たか?」
魔石が見える所にあるのかな? わたしは首を横に振る。
「瘴気を取り込む為に露出している型もいると聞いたが」
マシィは考え込んでいるけど、わざわざ弱点を晒してるの?
「岩は無機物だから瘴気が取り込みにくい、って言われているのだ」
マシィはわたしの疑問を察してか、答えてくれた。
エイブ様が腕を組むと目を細める。
「所詮は俗説だ、あてにしない方が良いだろう」
アドレーがおずおずと、小さく手を挙げる。
「無理に戦わなくても、ソイツを避けて奥の階段に駆け込むってのはダメなの? 入り口は狭いんだから追ってこられないでしょ」
その提案に、マシィは頭を掻く。
「岩人形は、単純な行動原理で動くと聞く。階段を護って、全力で妨害してくるだろう。こちらは怪我人もいるのだ」
「仕留めるしか無いよね」
結局、力技だ……。
さーて、どう戦うかな。
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