ドッグファイト9
わたしは大量の荷物を、苦心して詰め込んだ。
背嚢がパンパンだ、試しに背負って見たがかなり重い。
それを見ていたマシィが、申し訳なさそうな顔をして目を細めた。
「すまんな、無理を言ってしまって……。早起きして準備してくれたのだな」
わたしは首を振り、笑みを浮かべる。
「ううん、こういう事なら大歓迎だよ」
「ありがとう。それにしても、先生は帰られていないのか」
先生は中央神殿に行ったままだ。
一言、断ってから行きたかったが、仕方が無い。
いつもの朝食の時間よりも早い……まだ寝ているフッフールの為に、ブルスケッタを作ってテーブルの上に乗せて置く。
わたしは飛行具を準備すると、マシィを乗せて飛び立った。
城下まで二〇分程だ、城門前で降りて飛行具を畳んで肩に担ぐと、関は歩いて通過する。
約束の時間よりも早く中央広場の噴水前に到着すると、アドレーが先に到着していた。
「おはよー」
わたしは手を振り、アドレーに声を掛ける。
彼女は首を傾げて、なにやら気だるそうだ。
「マシィ君、何で私を誘ったの?」
「君は暇だろ? 何処のパーティにも属して無いのだから」
アドレーは腰に手を当てると、眉を吊り上げた。
「あのねえ、私だって……まあ空いてるけど。それより、なんで私が捜索の手伝いに誘ったのかって事よ」
マシィは涼しい顔をしている。
「非戦闘員のハスラを同行させるのだ、後衛の魔術師が自分一人では手薄になる可能性もある。それより、フォルに付いていてやってくれ」
そう言って冒険者ギルドの方に歩いて行ってしまった。
付いていてやって……か。
今日のわたしは、頭巾を付けていない。
変に誰かに絡まれないよう、一人にしないように気を使ってくれたんだ。
程無くして、馬を連れたエイブ様が到着、軽装の鎧を身に付けている。
ハスラが来たのと、ほぼ同時にマシィが馬を連れて戻って来た。
馬は冒険者ギルドから借りて来たらしい、昨日のうちに折り紙で知らせていたとの事だ。
相変らず、手際が良い。
マシィはハスラとアドレーに、それぞれの馬に乗るよう指示を出す。
ハスラは何も言わずにエイブ様の方を選んだ。
人見知り気味のハスラが、面識の低そうなエイブ様の馬に乗る……。
昨日からハスラは、マシィを避けている、目を合わせようともせず、気まずい感じだ。
『遺体の探知は可能か?』
ハスラは、行方不明になった新人騎士の一人と、仲が良かったらしい。
そんな彼女に、現実を突きつけたマシィに、わだかまりを持ってるみたい。
森は、危険な場所だ。
そこで行方不明になって、二日が経っている、生存の可能性は低い。
生きていれば自力で帰って来る、何らかの事情で動けない状態なら、魔物の餌食だからだ。
マシィの馬にはアドレーが乗り、出発となった。
わたしは小走りで馬の後を追う。
関所をくぐり城外に出ると、わたしは飛行具に乗り込む。
先導するエイブ様に並走すると、彼は飛行具をまじまじと見つめて来る。
「珍妙だが便利な乗り物だな。何故、普及しないのだ?」
「先生とフォルしか扱えぬのです。転移陣と同じですよ。そもそも羽根も無いのに飛ぶのが考えられません……」
エイブ様の疑問に、マシィが答える。
先生によると、ごく稀に採れる特殊な魔石に魔力を流す事で反応させて浮かせるらしい。
その魔石も、基本は使い物にならないので捨てられるとの事だ。
転移陣にも利用されている。
程無くして、目的地に到着する。
森までは草原地帯になっていて、そこに馬を放して森に入る。
馬は、逃げないのかな?
わたしは、前持って騎士達が消息を絶ったポイントを、マシィと空から確認する。
辺りは特段、変わった様子は無いことを確認すると、戻って皆と合流して装備を整える。
飛行具は置いて、森に突入する。
鬱葱としているが、なんて事は無い、普通の森だ。
騎士団が利用しているせいか道も出来ている、目的地までは苦も無く行けそうだ。
魔物と遭遇する事も無く、すんなりと目的地に着いた。
マシィがハスラに探知魔術の使用を指示すると、彼女は返事もせずに胸の前に手を組んで呪文を唱えた。
……なんか気まずいなあ。
詠唱を終えたハスラは、そのまま真っ青になって目尻に涙を浮かべてその場にへたり込んでしまった。
見つからなかった……彼女の探知は生命体だ、という事は……。
「ハスラ、精度を落として探知距離を広げてくれ」
マシィは無感情に、ハスラに指示を出した。
ハスラは涙を拭うと、再び詠唱を始める……が、結果は変わらなかったようだ。
アドレーがよろめくハスラを支える、マシィはわたしに顔を向けて来た。
「音と匂いに不自然な点は無いか?」
わたしは、かぶりを振ると、マシィは新人騎士達が走っていった方向を見る。
「では気配……何でもいいから魔力や、そういう物を探ってみてくれ」
魔力の類ならハスラの探知に引っかかるのでは? と思うが言われた通りにする。
……。
なに?
騎士達が消えた方向……魔力とは違うし魔物でも無い、何か奇妙な気配を感じる。
なんだろう……以前にも、どこがで……。
「フォル!」
マシィに呼び掛けられ、わたしは我に返った。
そうだ、探索してたんだ、わたしは気配を感じた方向を指さした。
「良く分からないけど、あっちに何かある」
マシィは深く頷く。
「よし、向かうぞ。足元が悪いし起伏もある、つまずかないように気を付けろ」
「待ちなさいよ? 幾らなんでも不明瞭にもほどがあるでしょ!」
アドレーが声を上げると、マシィは視線を彼女に向ける。
「フォルが感知をした、何かが在るのだ。行くぞ!」
わたしが先導して歩くが、後ろから付いて来るアドレーは及び腰になってる。
「魔物とかいない? 大丈夫なの……」
「いたらフォルが気付く、心配無用だ」
マシィがそっけ無く答えた。
騎士達が消えた森だもんね、怖いのは仕方が無い。
地面は硬く、草もほとんど生えていない。
木の根が剥き出しになっている所も多く、足跡が追えない。
なるほど、捜索するとなると困難だ。
奇妙な気配に、どんどん近付いてる。
「フォル、待て!」
マシィが叫んだ振り返ると、皆へたり込んでいる。
「どうしたの?」
「いや、急に目眩がしたのだ……何かおかしい」
わたしは何とも無い、何が起きた? 何も感じないけど。
マシィは頭を振ると、ゆっくりと立ち上がった。
「いや、大丈夫だ……やはり、何かあるな。皆、どうだ?」
それぞれが立ち上がる、一時的なものだったようだ。
わたしは全員の無事を確認すると、再び気配を追う。
ここだ……わたしは手を差し出して、制止を促す。
目の前には、陥没した場所が広がってた。
ほとんど正円に見える、直径は一〇米位か、深さも四、五米は有る。
気配はその中心だ。
「ここなのか?」
マシィが横に並ぶ。
「あの中心の、地面の下からおかしな感じがする」
エイブ様が、しゃがみ込んで地面を見ている。
「ここに擦ったような跡があるな。恐らく滑り落ちたのだろう」
目でその部分を追う……妙だ、柔らかそうな地面なのに足跡の痕跡が無い。
マシィは棒切れを拾うと、中心に投げつけた。
「変化無しか……。アドレー、あの位置に火弾を撃ち込んでみてくれ」
いつものアドレーなら文句の一つも言いそうだけど、奇妙さを察したのか、素直に詠唱を始める。
火弾が真っ直ぐに棒切れに命中する……変化無し。
それを確認してマシィが窪みの中に降りて行ったので、わたしも慌ててその後を追った。
完全に安全とは限らないでしょ、マシィは変に度胸がある。
「ここが気配の発信源か?」
「この下だね、埋まってるのかな?」
「エイブ殿、この下を掘ってみてください」
マシィは、遅れて降りて来たエイブ様に指示を出す。
彼は自分の背嚢から折り畳み式のスコップを取り出すと、地面に付き立てた。
大胆だね、何が有るか分からないのに。
土が柔らかいみたいで、どんどん掘り進んでいく。
エイブ様の腰辺りまで掘った所で、何かに当たる鈍い音がした。
スコップの先で、土を丁寧に退かすように掘ると何か球体の物が出て来た。
わたしとマシィが、穴の中を覗き込む。
何だろう? 金属のような、いや陶器っぽいか?
マシィも、掘り出された物を凝視している。
「なんだろうな。魔道具か?」
と、マシィ。
「どうする、引っ張り出してみるか?」
と、エイブ様。
「危険物じゃ無いの? 爆発とかしない?」
と、アドレー、すごく不安そうな顔をしてる。
「全体が見たいな。もう少し掘り起こしてください」
マシィの指示にエイブ様は頷くと、スコップを再び地面に付き立てた。
カーン! と高い音が響いた。
スコップの先が球体に当たってしまったようだ。
と同時に、目の前が急に真っ暗になった!
しゃがみ込んでいた地面が、急に硬くなった。
空気も重く、どんよりしている。
目が慣れて来る。
完全な暗闇では無く、うっすらと明るい。
ここは……。
辺りを見渡すと、狭い石造りの部屋にいた。
七、八米位の正方形、天井までの高さは四米くらいか。
密閉された空間だが、天井が発光している。
わたしは慌てて視線を走らせる、良かった、全員いる……倒れているけど怪我は無いみたい。
マシィが立ち上がると辺りを見渡した。
「転送された……みたいだな。あの球体は転移陣のような機能を備えていたか」
転送……だけどここは? エイブ様が壁に、そっと手を当てる。
「ダンジョン、のようだな。だが、どこのダンジョンなのか……」
「エイブ殿は、ダンジョンに潜った経験が有るのですか?」
と、マシィ。
「故郷のマーリッシュ迷宮に潜った事がある」
と、エイブ様。
「著名なダンジョンですね。あなたはエイシャ王国の出身でしたか」
と、マシィ。
「有名なダンジョンなの?」
と、わたし。
「中原でも一、二位を争う規模のダンジョンだ、が、詳しい話は又の機会にな。それにしても、グランディル公国領内に、ダンジョンは一か所しか確認されて無いのだが……」
と、マシィ。
「まず、探索が最優先だな。ここがどこかは脱出をすれば分かる」
と、エイブ様。
アドレーが、怖い顔をして立ち上がった。
「ちょっと、何でそんなに落ち着いてんのよ! 明かに異常でしょ、どこよココ! 何が起こってるのよ‼ 何? 何なの⁉」
アドレーがスッゴイ取り乱してる……いや、これが普通の反応か。
マシィが呆れ顔で、目を細めた。
「慌てた所で、事態は好転せぬ。むしろ騎士達が消えた謎が解けたのだ。むしろ僥倖ではないか」
マシィの危機感が無い物言いに、アドレーが眉を吊り上げた。
「帰れるかどうかも分からないでしょ! 戻れるの? 無理よ! 帰して、お家に帰る~……」
ありゃ、泣き出しちゃった、わたしはアドレーの頭を撫でて宥める。
マシィはそんな事はお構い無しに、辺りを見渡した。
「ダンジョン経験者は、エイブ殿だけのようだな。エイブ殿は地図作成をしつつ、ハスラの護衛をお願いします。フォルは前衛で全周囲警戒、自分は支援に回る。アドレーは自分の補佐に付け」
指示を出すと、マシィはハスラに顔を向ける。
「索敵範囲最小で、魔物及び生き物を対象に探知魔術を掛けろ」
マシィは、有無を言わさない命令口調でハスラに命じる。
「……すだく、あまたに摘め拾え、示せ……駄目です、妨害を受けてはっきりしません」
目を伏せるハスラに、マシィが詰め寄る。
「かまわん、ダンジョンとはそういう物だ。最も近くの物を教えろ」
「動物か魔物か分からない反応が複数。七、八体ほど固まってが二七米先に探知しか出来ません」
ハスラはその方向を指差し、申し訳なさそうに呟いた。
エイブ様は両手の平位の大きさの画板の上に、方位磁石を乗せると鉛筆で線を描き始めた。
「いや、大したものだ。何も探知出来ないのが普通だ」
わたしは、エイブ様の画板を覗き込む。
「ダンジョンの壁は、正確に東西南北に沿っているのだ。壁も米単位で言っていなので、コツさえつかめば地図作製は容易だ」
そういう物なんだ、なんというか都合がいいね。
「まずはハスラが探知した物に向かう。出発!」
マシィが号令を掛けた。
魔物かもしれないのに、避けた方が良いんじゃないかな?
わたしは口を挟まずに、その方向に歩を進める。
その後ろにマシィが続き、アドレーは泣きべそを掻いているが、ハスラに支えられてい並んで歩く。
最後尾、しんがりはエイブ様だ、皆を視認しながら護衛という形になる。
とは言え、大した距離じゃ無い。
わたしも動物か魔物かの判別はつかないが、何かがいるのをキャッチした。
幅の広い回廊を進むと、広い空間に出た。
騎士だ……ソレと魔物。
大ネズミ三体と戦闘中の騎士、戦ってるのは二人か。
三人の騎士は、戦闘に参加せずにへたり込んでいる。
血の匂いがする、負傷しているのか。
わたしはそこに跳び込みナイフを抜くと、両手に逆手に握る。
魔物の中心に立ち、首、脇腹に切り込み二体を仕留め、残りの一体に蹴りを入れて、転がった所を狙い、心臓を貫いた。
と、ハスラがわたしの脇をすり抜け、前に飛び出した!
「ズーマ様!」
ハスラはそう叫ぶと、目の前の一団に掛け寄って行く。
「どうやら無事だったようだな」
マシィが呟いた。
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