ドッグファイト8
わたしはずーっと、アレからモヤモヤしてる。
「なんだ? 随分と不機嫌そうだな」
一緒にペアの実の皮剥きをしているをしてる先生が、呆れた顔をしている。
先生が麓の農家さんから大量にペアの実を頂いて来たが、食べきれないのでジャムを作る事になったのだ。
「わたし、勝ったのに……勝った気がしない」
「まだ言ってんのか? あれから何日たったと思ってるんだよ……手は切るなよ」
日が経つ事に、いらいらが増してくる。
神殿騎士団、総団長との立ち合い……。
もっと戦いようが、あったのでは無いだろうか?
「先生なら、どうしてましたか?」
わたしの頭でいくら考えても無駄だ、先生に聞いた方が早い。
「そうだな……石でも投げるか」
薄笑いを浮かべ、おどけた調子で言い放つ先生を、わたしはぐっと睨む。
先生は笑みを崩さず、ペアの実の皮を剥く手も止めない。
「半分は本気だ。むしろお前に聞きたいんだが……」
先生が、真顔で問い返して来た。
「なんで『虚礫』を使わなかった?」
虚礫……物を投げつける技だ。
離れた敵に、投げ剣などを放つ、大した技では無い。
「あの時は投げ剣を持っていなかったし……」
「石を使えば良かっただろ」
先生はまな板でペアの実を細かくしながら、少しキツメの口調で話す。
「でも投石なんてあのクラスの剣士に通じる訳……」
「虚礫……『虚』は相手の意表を突くって意味がある。カウンターに合わせて、タイミング良く兜に命中させれば、けん制になるだろ? 石が命中した時の衝撃は結構なモノなんだ。要は使いようだ」
先生の語り口は淡々としている。
つまりは技を使いこなせない、わたしが未熟だったと言ってる訳か……。
先生は砂糖の分量を計りながら、話を続ける。
「魔物相手に虚礫で投げ剣を放てば、それだけで仕留められる。まあ、対人戦に慣れてないお前は、安易な使い方しか、してこなかった訳だ。カウンターで仕掛けたり、死角から当てたり、フェイントに使ったり、手の平に隠してだまし討ちしたり……いろいろ教えた筈だぜ?」
ううっ……言われてみれば、やりようは幾らでもあったんだ。
通用しないと決め付けて使わないのでは無く、通用する方法を考えるべきだった。
総団長の剣戟を回避しつつ虚礫を当て、死角に回って接近して投げを極める……とか。
「先生」
マシィがダイニングから声を掛けて来た、手に紙を持っている。
「トーディ導師から折り紙です」
トーディ……東の神殿の賢者で、先生宛に定期的に報告の手紙を送ってくる人だ。
先生はペアの実を火にかけていたが、ヘラをわたしに手渡して来る。
「フォル、ちょっと鍋を見ててくれ」
先生はいつも、この定期連絡の手紙はすぐに目を通すようにしている。
「ふむ、第二騎士団の新人騎士が行方不明か……東の森の魔物討伐で、研修を兼ねて同行させた新人の分隊が消息を絶ったらしい。返事が必要だな」
「何か、心当たりが?」
と、マシィ。
先生はリビングのテーブルに着くと、手紙を書き始める。
「東の森……二〇年位前にも騎士達が『作戦行動中行方不明』が在ってな。これ迄にも何度か起こってる。調査されたが、原因は不明のままだったんだ。当時の資料が残ってる筈だから。捜索隊が編成されるだろうから、手掛かりになるかな、と」
分隊が……って事は五人が一辺に消えたって事か。
野生動物や魔物にやられたにしろ、遺体は出てくる筈だ。
「当時は、どういう結果になったのですか?」
マシィが興味を持ったみたい。
「探索魔術が使える魔術師と賢者も動員したんだが……結局、発見は出来なかったな。これまでのモノは、どれも座標が近かったから、討伐時はその場所を避けるようにしているって聞いてたけど。おかしな事はどこの土地でも起こるからな」
手紙をジッと見つめる先生、マシィが腕を組んで考え込む。
「どこの、と仰いますが、どういった可能性がお在りと?」
「なんて事無い理由さ……どれも、これも」
わたしが小さいときに住んでいた場所でも、ヒト族が行方不明になる事があったなあ。
確か土蜘蛛の巣に引き込まれたとか、見通しが悪い所の崖から滑落したとか。
わたしはヘラで炊き上がりを確認すると、鍋の中身を用意しておいた瓶に移す。
コルクで蓋をして、大鍋にそれ等を瓶ごと入れて火に掛ける。
「脱気は、今入れた分だけでいいぞ」
先生から、指示が飛んで来る。
脱気、ようは保存処理だ、コルク蓋で密閉して鍋で瓶ごと煮る。
とはいえ、脱気しない分は四本、フッフールがあっという間に平らげてしまいそうだ。
「やはり先生は、何もなさらないのですか? 人の命が懸かっているのに」
マシィの声に、抗議の色がこもっている。
「だから助言はするさ、それ以上は神殿に任せるべきだろ。おれは賢者であって、邏卒じゃねえ」
わたしは先生に賛成だ、出来るからと言って首を突っ込むものじゃない。
先生とマシィは何やら言い合いを始めているが、わたしは冷やしておいたパイ生地を取り出す。
生地の加工は時間との勝負だ、私はこちらに集中しよう。
フッフールが厨房に現れ、バケットを用意しようとしているのを止めて、ジャムパイを作るからと追い出す。
邪魔はしないでほしい……が、瓶が一本無くなっている、さすがフッフル……。
とりあえず先生が、神殿の知人にお裾分けをするという事で、脱気した分と一緒にパイも多めに焼く事となった。
わたしはアドレーとハスラ、それにオーリンおばさんに上げよう。
明日にでも届けに行くかと、考えていたのだが……。
その日の夜、わたし宛にハスラから折り紙が届いた。
文面は……たすけて、ちからを貸して、とだけ書いてあった。
先生は夕食後に、ジャムの便とパイを持って中央神殿に行ってしまった。
わたしは、マシィに手紙を見せる。
「内容が全く分からんが、字が少し荒れているな」
マシィは少し考え込む。
「直接聞きに行くか、捨て置く事も出来まい。仕度しろ」
え! ひょっとして、今から行くの?
「ちょっと待って、城門はもう締まってるよ!」
わたしは神殿の転移陣は使いたくない。
と、したら城壁の外の転移陣から城下に向かう事になるけど、この時間は街には入れない。
「飛行具で行けばよかろう。自分も同行する、念の為に戦える準備をしておけ」
マシィが随分無茶を言って来た、本当に行動力がすごい。
わたしが装備を整えて外に出ると、すでにマシィが待機していた。
飛行具で城下まで移動。
城壁を飛び越える際、発見されて魔物と間違えれれて矢を射かけられても困るので、高度を取って侵入する。
ハスラは、ハスキング薬品店本店に寝泊まりしているとの事だった。
職人地区まで移動し、人目に付かないように素早く着陸する。
と、マシィがその場でへたり込んでしまった。
「今のは着陸では無く、落下だ……」
降りる速度が、速すぎたか?
と、ドアの前にハスラが立っている。
「フォルさん……ライルラック様⁉」
ハスラは目を丸くしている、まあ、彼女が手紙を出して一時間ちょい、驚くのも当然か。
わたし達は店内に入ると、オーリンおばさんが出迎えてくれた。
「夜分に失礼します、ハスキング殿」
マシィが丁寧に話す。
貴族のマシィが平民のオーリンおばさんに対して、この態度は珍しい。
「お裾分けです」
わたしはオーリンおばさんとハスラに、持ってきた荷物を手渡す。
おばさんは、にっこりとして受け取った。
「これはジャムかい。こっちの袋は、ジャムパイだね」
おばさんは中身を確認すると、紅茶を入れに行く。
マシィは応接用のソファーに腰を下ろすと、ハスラに視線を向けた。
「とりあえず、状況を説明してくれ」
いきなりだな、ハスラはドギマギして視線が定まっていない。
「リンベン様が居なくなって、神殿に協力したいって言ったら門前払いで、でも東の森は危険だから、それで、それで……」
マシィは、腕を組んで聞いている。
「大体の状況は飲み込めた。とりあえず、座って落ち着け」
ハスラがマシィの向かい側に腰を下ろすと、わたしは彼の隣に座り、その顔を覗き込む。
「え……今ので分かったの? わたしにはサッパリだけど」
オーリンおばさんが皆の前に紅茶を出してくれた、それ、ハスラがやるべきだよ。
マシィは、紅茶に口を付けて一息付く。
「東の森での新人騎士の行方不明事件に、ハスラが懇意にしている騎士がいたようだな。ズーマ・リンベンか、彼はハスラと同郷で知人だったのだな。で、探知魔術が得意とする彼女が、神殿騎士団に協力を願い出たが、断られたのだろう」
オーリンおばさんが、ハスラの隣に座る。
「あたしは騎士団に任せろって言ったんだがね」
マシィは、軽く頷いた。
「それでいても経っても居られなくなり、東の森に探しに行きたいが一人ではままならないからフォルに協力を要請した、と言った所か」
ハスラは、俯いてしまった。
マシィは腕を組むと、真直ぐハスラを見つめた。
「勿論、協力するのはやぶさかでは無い。だが、その前に確認をしておきたい事がある。以前君は、鉱物は生物と違って探知出来ないと言ってたな。では……」
ハスラは不安げな顔をするが、マシィは構わず話を続ける。
「遺体でも探知は可能か?」
ハスラの顔から血の気が引く。
酷な話だが、最悪の状況は想定しておくべきだ、条件に合わせて捜索の方法も変えねばならない。
押し黙るハスラを、マシィは即す事も無く見つめる。
オーリンおばさんは、ジャムパイを口に運んだ。
「これは美味しいねえ、ペアの爽やかな香りが良い。優しい味が悪くない、お茶請けにちょうどいいね」
わたしはにっこりする。
「リンゴみたいな酸味が無いから、少し甘さを抑えてみたけど悪く無いでしょ?」
オーリンおばさんはハスラに、ジャムパイが乗った皿を差し出す。
「すごく、美味しいです……」
パイを口にするハスラの目から、涙が零れ落ちる。
答えを察したマシィは、視線をわたしに向けた。
「フォル、君はどうだ。死臭を探れるか?」
「魔物に襲われたのなら、遺体は放置されると思うけど……クマやオオカミが埋めたら、臭いは追えないかも。この季節は腐敗も早いから、状況次第かなあ……」
マシィは席を立ち、カウンターに向かうと据え置きのペンを手に取って、紙に何かを書き始めた。
「もう少し、状況の整理が必要だな」
手紙をしたためていたようだ、紙をヒコーキに折ると窓を開けた。
「清浄せしむる畏き翠、気を掴し宛に従い文を届けよ、立て」
窓からヒコーキが飛び立つと、マシィは振り返る。
「ハスラ。夜に森は危険だ、何をするにしても夜が明けてからだ。気を揉むのは分かるが、今は堪えろ」
そう言ってソファーに戻ると、紅茶を手に取る……が中身はカラだ。
ため息を付いて、カップを皿に戻す。
ハスラが紅茶を入れ直すが、その後は沈黙が続く。
と、ドアが乱暴に開かれた。
「フォルさんは無事か!」
エイブ様? さっきマシィが出した折り紙は彼宛か。
えらく早かったな……神殿から走って来た?
お茶菓子を頬張るわたしと目が合うと、エイブ様はガックリと肩を落とす。
「エイブ殿、夜分遅くにご足労、かたじけない」
悪びれるでも無く、マシィが声を掛けた。
神殿騎士団副団長を、手紙一枚で呼びつけたのに。
「何なの? この集まり……」
エイブ様の後ろから、アドレーが覗き込むように首を伸ばして来た。
もう一枚の折り紙は、彼女宛だったか。
オーリンおばさんが席を立つと、ハスラもそれに続き、新たな来客に席を譲る。
おばさんは二人に紅茶を用意すると、ハスラが座るイスを用意し、カウンター席に移った。
マシィは、手短に状況の説明をする。
と、エイブ様は、呆れ顔で頭を掻いた。
「何事かと思えば、騎士団で使用している地図を持ってっこいなどというから、おかしいとは思ったが」
エイブ様が、テーブルの上に地図を開いた。
地図はグランディル城下街が中心にあり、東の森全域が描かれている。
「昨日の第三小隊の哨戒コースはここだ、街道を五粁馬車で移動したのち、森に侵入する。ここから北上して約一〇粁で森を抜けて、待機している馬車を使って帰還だ」
エイブ様は指で地図をなぞる。
「新人達が消えたのはこの辺りだ、時刻は一四時頃、魔物を深追いした団員を連れ戻しにいた分隊が、そっくり行方をくらました、だそうだ」
「その後の動きは?」
と、マシィ。
エイブ様は、膝に手を乗せて手を組んだ。
「本隊も捜索をしたが日が落ちる前に引き上げた都の事だ、今日は第一騎士団が総出で捜索に当たったが、発見には至っていない。大賢者様が過去の事例を当れとの指示が有ったので、明日は捜索はせず会議になる予定だ」
要するに、進展は無しって事か。
マシィは紅茶を口に付ける
「先生によると、過去にも何度か起こってるらしい。それらはいずれも近いポイントで、その周辺には何かしらの要素があると思われる。彼らが消えた場所も先生から聞いた場所に近い。過去の物とほぼ一致してると見ていいだろう」
言い合いしてたのかと思ったら、ちゃんと確認してたんだ。
わたしがパイを焼いていた間に、マシィってエライなあ。
アドレーが顎に手を当て、何かを考えている。
「冒険者ギルドに東の森への立ち入りを禁止するって通達が来たけど、そんな事があったのね」
マシィが立ち上がり、皆を見渡した。
「明日、我々は行方不明の騎士団員の捜索に当たる。全員、戦闘を想定した装備を、八時に中央広場の噴水前に集合せよ。エイブ殿は馬を出してください」
エイブ様が、目を丸くした。
「待て待て! 東の森は今、立ち入り禁止だぞ。それに何故、私も同行する事になっているのだ?」
「あなたはグランディルに来て、まだ日は浅いが東の森の哨戒の経験はあるでしょう。案内をお願いします」
マシィは有無を言わせない物言いだ。
「だが、私は騎士として、立場という物が……」
「同行させるハスラは非戦闘員です。守りは手薄になる。前衛がフォルだけでは不足なのですよ。明日は会議なのでしょう? であるなら騎士団は待機の筈です。暇なら手伝って下さい」
……マシィってば強引すぎる!
その剣幕に気圧されたのか、エイブ様は黙り込んでしまった、これは同意したとみていいのかな。
マシィは再び、皆を見回して、声を上げる。
「改めて、我々は明日、東の森に突入する。何か質問はあるか!」
「ちょっといいかしら?」
アドレーが、小さく手を上げる。
「私は、何で呼ばれたの?」
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