ドッグファイト7
翌朝、自分がダイニングに向かおうと部屋を出ると、フォルの部屋の開いたドアから柔軟体操をしているフォルの姿が見えた。
開いているドアをノックする。
「おはよう。調子は、良さそうだな」
フォルは腰に手を当てながら、腰を回転させている。
「怪我をする前よりも、調子がいいくらいだよ。聖女の技ってすごいんだね」
「ああ、聖女が賜っている、光属性は希少だからな。統馭の女神が女性神ゆえに光属性はヒト族では、女性にしか発現しない『祝福』と言われているのだ。それほど、神聖な属性とされている」
聖女は数が少ない為、その力が発言したら神殿に帰属する事が義務付けられている程だ。
そういった事情も有り、彼女達の意識も高い。
「先生の治癒魔術よりよっぽどすごいよ、だるさも違和感も無い……」
フォルは腕をぐるぐると回す、そこは怪我をしてないだろ。
物調面の先生が、部屋を覗き込んで来る。
「悪かったな……」
先生は、手に持った杓子を振った。
「片付かんから、サッサと飯を食え。冷蔵具の中に樫の木堂のプリンもあるぞ」
先生は背を向けると。振り向くと視線をフォルに向けた。
「元気なら、今日の山歩きはお前が行けよ」
「は~い」
そう言うとフォルは着替えを始めたので、慌てて部屋を出る。
そして、食事中にドアがノックされた。
フッフールさんが対応すると、エイブ殿が立っていた。
彼は神妙な面持ちで、真っ直ぐに食事中のフォルの元に向かうと、持参した菓子折りを差し出す。
「まさか総団長があのような事を、本当に済まない事をした……」
平謝りするエイブ殿に、フォルは明らかに困惑している。
「エイブ様に謝られても……悪いのは総団長でしょ?」
「私に落ち度があった。しっかりと総団長には、話をしておくべきだったのだ」
先生が厨房から、付近で手を拭きながらダイニングに入って来る。
「エイブさんは、悪く無いと思いますよ。彼はそういう人だからさ。あなたからはちゃんと説明はしていたのでしょ?」
「もちろんです。異など唱えなかったのに……。まさか、あんな……もしもの事が有ったら」
エイブ殿の言葉を聞き、先生は腕を組むと壁にも足り掛かる。
「彼も一般的な貴族だからな。訓練で獣人一人死んだ所でって思考なんだよ」
目を丸くして固まるエイブ殿に、先生は意地悪く追い打ちを掛ける。
「あなただって、そうだろう?」
エイブ殿は反論もせず、黙り込んでしまった。
「騎士団嫌い。神殿嫌い!」
フォルが大声を上げると、エイブ殿はおろおろと狼狽える。
自分は、そんなそんなフォルとエイブ殿を目の当たりにして、堪え切れずに大声で笑ってしまった。
「そうか。騎士団も神殿も嫌いか……」
笑い止まらない、フォルは不機嫌な顔をしている。
以前の彼女なら『怖い』と言っていただろう、フォルの中に変化が生じている。
それが、愉快で堪らない。
と、エイブ殿がテーブルを叩いた。
「笑いとではござらん! 総団長が、ひいては神殿が獣人を明確に敵としたら、あなたは何とする!」
「自分はフォルの味方をします。分かり切った事を聞かんで頂きたい」
「あなたは……それでもし神殿を、学院を破門にされたらとは、考えぬのか?」
エイブ殿は歯を剥き、憤慨して頭を掻き毟った。
「わが師、リーブ導師はそんな理不尽をなさろう筈がありませぬ。よしんばそんな憂き目にあえば、正々堂々と闘います」
フォルが目を見開き、両手の平を自分に向ける。
「そんなのダメだよ! マシィは立派な賢者になるんでしょ」
先生は、そんなフォルの頭を撫で回す。
「その辺にしとけ。それよりエイブさん」
先生はフォルの頭に手を乗せたまま、視線をエイブ殿に移した。
「帰るついでに、神殿から依頼されてた古文書の訳を持っててくれませんか?」
「それは自分の仕事です!」
自分は異を唱えた、神殿から受けた仕事を部外者に任せるなど、もっての他だ。
食事をさっさと終えて自室にに行き、神殿に向かう準備をする。
隣の、フォルの部屋からも物音が聞こえる、彼女もエイブ殿を放り出して出掛ける準備を始めてるようだ。
カバンに翻訳の書類と原本、それに借り受けていた保冷具も一応持っていこう。
今日は買い物はせずにおこう、出なければ何時まで経っても返せず終いになる。
リビングに出ると、厨房には洗い物をするフッフールさんだけ、エイブ殿は帰ったか。
先生は書斎だろう、フォルは山歩きか、朝から何とも慌ただしい。
自分は、フッフールさんに一声かけると、神殿に向かった。
東の神殿にて学院に赴き、依頼主の賢者に原稿を渡すと、ロビーに移動する。
準賢者や研究生達と情報交換にと、ロビーに向かった。
だが、そこでの話題は昨日のフォルと総団長との立ち合いの話題で持ち切りだった。
フォルが大賢者の弟子、獣人である事が、関心を誘ったのだろう。
どうやら建物の窓から試合を観戦していた者が、多数いたらしい。
小柄な少女が、屈強な騎士を倒して見せた事に驚愕の色を隠せない、といった様子だ。
そして、神殿の象徴たる大賢者が、神殿のかつての敵である獣人をそこまで育て上げた。
その事実に困惑もしている、というのが伝わって来た。
自分は誤解を解く為に、フォルの人柄や性質などを説明して聞かせる。
と、複雑な表情をされ、中にはにやけている者までいる。
「何を惚気ているのだ?」
振り返ると、呆れ顔でエイブ殿が立っている。
そしてそのまま、彼に食堂に連れていかれた。
もう昼食時か……帰って食べるつもりだったが、断り切れずにエイブ殿と食事をする事となった。
注文を済ませると、エイブ殿が世間話を始める。
それにしても……自分は何故、彼とここに居るのだ?
ひょっとしたら、自分は彼に気に入られているのか?
「……あの後、皆に質問攻めにされて大変だったのだ。特にあの、総団長の大剣をへし折った一撃が度肝抜いたようでな。あれは『セキセン』っていう私の盾を貫いた技であるよな?」
「フォルも研鑽を積んで、威力が調整出来るようになっています。あなたの時は本気では無かった」
エイブ殿と立ち合いの時は、ほとんど溜をせずに放って見せた。
石穿は極限まで魔力を圧縮して溜め込んで放つ技だが、威力を調整する前提であるなら、溜める魔力をそれに合わせる事まで出来るようになっている。
騎士団長の大剣は、厚さのある鋼鉄で、魔法処理で強化までされていた。
観戦していた騎士達は、それを素手で破壊するのを目の当たりにしたのだ。
エイブ殿は深刻な顔をして黙り込んでしまっているのを他所に、自分は運ばれてきた白身魚のムニエルを口に運ぶ。
味付けが濃いな、それに少し脂っこい……先生とフォルの味付けにすっかり慣れてしまっているなと、などと思ってしまう。
エイブ殿はミートボール・スパゲッティか、相変わらず量が多い。
自分の視線の先に、若い騎士がこちらに歩いて来るのが目に入った。
彼はエイブ殿の前に立つと、真直ぐに怒りの視線を向ける。
騎士にしては線が細いな、顔付にも幼さが残り短く切り揃えられた赤髪が寄り少年らしさを引き立たせている。
騎士団服姿だが、この体格で鎧を纏ったら満たない感じになりそうだ。
背は自分よりもやや低いか、一七〇珊に満たない、騎士としてはかなり小柄だ、まだ成長期なのだろう。
スカーフは緑、れっきとした騎士団員のようだが。
「アイサン副団長……」
少年は声を低くして話し出す。
「昨日のアレは何のつもりですか? 獣人を喧伝などどうかしています」
ほう、副団長に直接抗議とは中々気骨がある。
彼は自分の視線に気付くと姿勢を正した。
そのままエイブ殿に視線を移すと、彼は軽く咳払いをする。
「すまんな、食事中に。名乗るんだ」
エイブ殿は少年を促す。
「失礼いたしました。私は東方神殿第二騎士団、第三小隊所属、リンベン子爵家三子、ズーマと申します、御年一五となります」
「自分は大賢者の助手、中央神殿、学院所属、研究生、ライルラック侯爵家、三子ルースの四子、マシィと申す」
少年騎士、ズーマは軽く頭を下げた。
一五歳という事は騎士に成りたてか、エイブ殿が苦い顔をする。
「すまんな、マシィ殿。彼の一族が管理する村の一つに、近くに獣人が住むようになって難儀しているらしくてな」
おや? 聞いたような話だな。
「その獣人が、村に悪さを働いたのか?」
「いいえ……ですが村の衆は脅えています」
ふむ、まあ村社会という閉鎖的な気質なら無理も無いだろう。
自分は特に異を挟まない事にした、騎士団内の問題であり、部外の者が出しゃばるのは筋では無い。
「ライルラック研究生、あなたも弁えてください。それとも、境界様の差し金ですか?」
おっと、矛先がこちらに向いてしまった。
が、こんな所で議論も無いだろう。
「リンベン官士、話はまたいずれ。エイブ殿、自分はこれにて失礼する」
自分はそのまま、エイブ殿を残して食堂を後にする。
やはり騎士団でも、見解は統一されてはいないようだ。
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