ドッグファイト6
総団長の鋭い一撃がフォルの腹部を捕らえた、自分が想定していた中でも、最悪の結果となってしまった!
フォルは屈んだ状態で地に足を付けたまま動かない。
フォルは石穿の準備をしていた、今度は豪甲で防御は出来ない。
「フォル!」
自分は思わず叫び声をあげる。
……なんだ?
二人とも、その状態で動かない。
総団長の大剣は刃渡り一五〇珊を超える。
それをフォルの体に、めり込ませたまま。
動かない……。
違う、動けないのか!
良く見ると、その刀身は右の膝、そして肘でがっちりと挟み込んで捕えていた。
真剣白刃取り? ……肘と膝で! 刀身をがっちりと掴んでいる。
「オオォ‼」
フォルが咆哮する。
そして左腕で、捕まえた刀身に下段付きを撃ち込む。
と同時に耳がツンとする鈍い音が辺りに響き渡る。
石穿が……刀身に炸裂した!
魔術処理で頑強に鍛えられた刃が、粉々に粉砕され砕け散る。
砕かれた剣を握ったまま、怯んで後方に飛び退く総団長にフォルは接近。
だが「石穿は連発出来ない筈。
全身鎧を相手にどう戦う?
先生が腰を浮かせる。
「ここだ……全身鎧の弱点!」
フォルは総団長の腕を逆関節で極め、鎧の奥襟を掴んだ。
そのまま裏投げを放つ。
そして、投げるのでは無く、フォルは頭から地面に叩き落とした!
勢いで兜が外れ、回転しながら地表を滑る。
全身鎧の弱点、それは着用するのが人間である事か。
受け身が取れない姿勢で頭から落とすと事で、頭部と首にダメージを入れ、同時に極めていた腕を折る。
鎧越しでも衝撃までは吸収出来ない、そして関節の曲がる方向は変わらない。
投げ技とは、これ程えげつない物なのか。
「接近出来ないのなら、敵の武器を無力化する。その上で効果的なダメージを与えればいい」
先生が、静かに言い放つ。
フォルは、地に倒れている総団長に馬乗りになる。
兜が外れ、その露わになった端正な顔に、固めたこぶしを叩き付けた。
静けさに包まれる訓練場に、鈍い音が響く。
二回、三回、四回……。
フォルは憮然とした表情のまま、こぶしを叩き付ける。
訓練場の誰もが微動だにしない中、自分はフォルの元に向かう。
近付くと、総団長の顔は無残に変形している、鼻の骨も折れてるだろう。
自分は、振り上げられたフォルの手首を掴んだ。
「フォル、終わったんだ。家に帰ろう」
フォルはゆっくりっと、虚ろな視線を自分に向て来る。
そんな彼女に、微笑みを返す。
「せっかくフッフールさんが整えてくれたのに、ひどい成りだ」
冗談めかして語り掛ける。
「……フッフールに怒られちゃう……」
「自分も、一緒に怒られてやろう」
自分の言葉を聞くと、フォルは薄く笑い、そのまま自分にもたれ掛って来た。
限界だったのだろう。
フォルを抱きかかえると、視線の先には先生が総団長の前に屈み込んでいた。
「こっぴどく、やられましたねえ」
少し呆れが入った口調だ。
総団長は、奇妙なメイド姿をした先生に視線を向けた。
「大賢者様……あなたというお方は……」
潰された鼻に血で詰まっているのか、総団長の声はくぐもっている。
「あなたがグランディル公と何を企んでいるのかは知りませぬ……ですが、誰もが支持するとは限りませぬぞ」
「おれは力を貸してるだけですよ。だけど、あなたが騎士団と共に力になって下さると、心強いんですけどね」
先生と総団長は、何の話をしているのだ?
待機していた聖女達が駆け寄ってくると、総団長に治癒魔術を施した。
そして自分とフォルの前にも一人、髪の長い聖女が瞳を泳がせ、躊躇している。
帯色は赤か……若く見えるが正規の聖女のようだ。
「抵抗感が有るのは承知だが、この子を癒してくれぬか?」
自分は笑みを作ると、その聖女に優しく語り掛けた。
彼女はハッと我に返ると、表情を引き締めた。
「勿論です、聖女としての責は果たします」
自分はフォルを横たえると、ローブを体に掛けて怪我の状態を確認する。
「右側頭部は打撲と、傷は有るが出血は止まっているな」
掛けたローブの下で、ベストを脱がせてシャツをはだける。
木剣で打たれた右脇が青黒く変色している。
「こちらも打撲と、肋骨が折れているかもしれない……」
フォルをローブに包んで、聖女を伴って天幕に運び込む。
「治療室に運んだ方が?」
聖女の提案に、自分はかぶりを振った。
「長居はせぬ、ここで頼む」
総団長はこの場を離れた、治療室に運ばれたのだろう、同室は御免こうむりたい。
自分は両手でローブの端を持って広げ、目隠しをする。
聖女はフォルのシャツを脱がせ始めたので、目をつぶる。
「一切法なる貴き煌色、無常を改め、癒しを示せ、調ぜよ」
光属性の回復魔術か……目を閉じているので観察出来ない、今回は諦めよう。
包帯を巻いているのか、布を擦る音が聞こえて来ると、やがて聖女に目を開けても良いと指示される。
視線をフォルの上に滑らせた、頭部と胸部にしっかりと包帯がまかれている、
「すぐには治らぬのか?」
「本来なら安静が必要な大怪我なのに無茶をしたから……後遺症が残らぬように、大事を取って遅効性の治癒にしました。明日の朝には完全に回復します」
だが、フォルは脂汗を流し、呼吸が浅い。
聖女は彼女の髪を掻き上げると、その目をじっと見つめた。
「怪我の復元で、苦痛が増してるの。眠りの術を施すけど、宜しいですか?」
フォルは無言のまま、自分と目を合わせる。
彼女を安心させようと、微笑みを返して頷いて見せる。
「……睡り誘ない、寝目に赴け、落ちよ」
詠唱と共に、フォルは目を閉じて寝息を立てる、その顔は安らかで苦しんではいないようだ……良かった。
自分は、フォルをローブに包み抱き上げると、聖女に頭を垂れた。
「ありがとう、フォルに代わって礼を言わせてもらう」
「明日の朝までぐっすりです、その頃には完治してるでしょう」
聖女は微笑みを浮かべた……なるほど、先生の治癒術とは確かに違うのだな。
先生のソレは、見た目は治っているように見えるが、完治までは数日掛かる。
さすがは本職である。
天幕を出ると、騎士達はまだ解散しておらず待機をしていた。
まさか待っていたのか?
彼等はこちらに注目すると、剣を鞘ごと抜き両手で体の前に掲げた。
捧げ剣……神殿の騎士が、獣人のフォルに騎士の敬礼を送るのか。
何人かだが、観戦席の騎士達も胸にこぶしを置き、肘を水平にする礼の形を取っている。
あの立ち合い……総団長は本気では無かった。
接近をさせない事に終始していた。
だが真剣での立ち合い……間違いが起これば大怪我では済まない。
聖女を控えさせていたとはいえ、危険である事には変わりは無かった。
観戦していた騎士達も、その事は理解していただろう。
臆せず立ち向かったフォルに対する敬意、彼女は勝利以上の物を手に入れられたのだろうか?
自分は騎士達に向かい会釈をして、その場を後にした。
訓練場から転移陣の部屋に向かう回廊に入ると、先生が腕を組んで壁に寄り掛かっていた。
「フォルの容態は?」
「重症でしたが、聖女に癒してもらいました。明日まで目は覚まさないそうです」
そう言って、抱き抱えていたフォルを預けた。
「自分は行く所が有るので、フォルをお願いします」
先生は少し考えるような顔をなさると、軽くうなずいて見せた。
「ああ、あれか。わかった、ついでに何か買って来てくれ」
先生は巾着を物色した時の事を、思い返していらしたのだろう。
さて……自分は巾着の中身を確認すると、樫の木堂に向かう。
昨日借りた保冷具を返すついでに、土産も買って行ってやろうと思うが。
何にするか……? 自分は、甘い物が得意では無い。
道すがら考えてみたが結局、何を買うか決まらないまま、目的地に付いてしまった。
店主に聞いて見よう……店内で取り次いで貰うと、現れた店主に礼を言いつつ保冷具を返却する。
土産を選んでもらう際、不注意にもフォルが負傷した事を口にしてしまった。
店主にいらぬ心配をかけてしまったが、これなら食べやすかろうとカスタードプティングを勧められた。
青空市での一件を話し、フォルは暫らくここに来ないであろうことを告げる
その時の店主の言葉が、頭から離れない。
「そんな事は気にしないで何時でも遊びに来いって……言ってやれないのが情けないねえ」
それは仕方のない事だ……頭では理解出来るが、釈然としない気持ちが残った。
そして、結局また保冷具を借りる羽目になった。
何時になったら返せるのか?
そのまま帰宅すると、リビングで寛いでいたフッフールさんに「たまには穏便に帰って来い」と言わんばかりの、避難がましい目で出迎えられた。
自分とて、そうしたいのだが……。
冷蔵具に購入して来たプティングを移すと、厨房で夕飯の下ごしらえをしている先生に、話しかける。
「先生は総団長に付いて治療室に言ってらしたのでしょう? 何を話されたのですか?」
先生は芋の皮を剥きながら、こちらに視線も向けず肩を竦めた。
「別にぃ~、彼の愚痴を聞いてただけさ。大賢者様は立場を弁えてほしい、だとさ」
自分は先生に向けて、目を細めた。
「それで、何か言い返したのですよね」
先生はかぶりを振る。
「何を言っても、言い訳にしか聞こえないもんだよ。本人が考えを改めない限りはね」
そうなのだろう、『言葉は無力』前に先生が仰っていた言葉だ。
説得を試みようと、また諫めようにも、当の本人が耳を貸そうとしなければ、何の意味も無い。
「そんな顔すんなって。君は、フォルが平穏に暮らせる事だけに目を向けてるけど、獣人が受け入れられれば、人類にとって強力な戦力になるんだ。フォルは、その切っ掛けになってくれる。そう信じようぜ」
先生は、そんな事を考えていらしたのか?
「信じろ……いずれ、人類は獣人の力を必要とする」
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