ドッグファイト5
毎週日曜日と水曜日、お昼12時に投稿しています。
自分はフォルの元に駆け出そうとしたが……足に、体に力が入らず、立ち上がる事すら出来ずにいた。
硬い木剣で側頭部への打撃、命の危険がある一撃だ。
あれだけ吹き飛ばされたのだ、頭を骨折したかもしれない、脳にダメージが入ったのなら急いで処置をしないと。
「大丈夫だ」
先生が呟く、その言葉に憤り、睨み付けずにはいられなかった。
だが先生の顔は真剣で、少し緊張しているようにも見えた。
そしてその視線の先……フォルが体を起こし、四つん這いの状態になった。
「とっさに豪甲を使ってる、ギリ間に合った」
『豪甲』とは魔力を使い、体の部位を硬化させる技だ。
反射的にとっさの判断で硬化が弱かった……フォルは頭をもたげ、血を滴らせてている。
その状態で動きを止めた、脳震盪を起こしたか?
総団長は剣を袈裟に構え、フォルの元に向かうと、木剣を下段から振り抜いた!
剣はフォルの腹に深く食い込み、激しい勢いで地面を転がった。
何をしてるのだ? 頭部への一撃で勝負は付いているだろ!
豪甲で防御はしたが、真剣で受けたのなら凌ぎ切れない打撃だったのだ。
模擬戦ならあれで終了だ、まだ続けると言うのか?
フォルは……転がった先で、体を横たえたまま動かない。
総団長はフォルの前で、剣を振り被った。
まだやる気なのか! 自分は魔術師の杖を総団長に向かって構えた。
詠唱を始めようとしたその時、エイブ殿が地面に転がるフォルの間に割って入り、膝を付いて手を広げ、決死の形相で制止を促す。
「おやめください! 勝負有りです‼」
総団長は、無感情を湛えて微動だにせず、剣を振り上げた姿勢のままだ。
「何を言っている? その獣人はまだ生きているぞ」
総団長は冷徹に言い放つが、エイブ殿は恐怖が入り混じった目で、膝を付いたまま彼の顔を見上げた。
総団長は、木剣を投げ捨てると、背中の大剣に手を掛けた。
何か捻るような動作をすると、背中の鞘は全体が開き剣が取り出された。
あの技工……ノームの職人の手による物か、剣も魔術処理された物のはず……。
総団長は、エイブ殿に向かって剣の切っ先を付き付けた!
何をしているのだ! 自分の部下に対して?
面が下りた兜で表情が見えず、不気味さを湛えている。
エイブ殿が剣の柄を手を伸ばした。
柄を握ると同時に、待機していた騎士達が飛び出す。
エイブ殿を護るように総団長を取り囲んだ、第二大隊の彼の部下だろう……。
それを見て観覧席からも、騎士達が駆け出して来る。
騎士団長が少し下がると、騎士達が護るようにその前に立ちはだかった。
そして総団長側の騎士全員が柄に手を掛けた。
ソレに呼応するかのようにエイブ殿側の騎士達も剣に手を伸ばす。
何だこれは?……騎士団一個大隊同士が対峙して睨み合っている。
剣は抜いていない、抜刀行為はそれだけで『戦意有り』と見做されるからだ。
だが柄に手を掛ける行為は『戦闘待機』、抜刀は『戦闘準備』の意を示す。
本来は、手を掛ける事すら許されない行為だ。
「成り行きってのは怖いねえ。仮にも東の神殿の騎士団でこんな事が起きるなんてな。統率がなって無い……が、忠誠心と信頼に厚い。悪くないな」
先生が太々しい顔で静かに呟くと、自分が抱えているフォルの巾着袋を物色する。
そして、彼女のナイフを取り出した。
そうだ、この場を収められるのは大賢者である先生だけだ。
だが、何をなさるお積もりなのだ?
「まだだ‼」
訓練場に声が響いた。
フォル?
視線を移すと、彼女は仁王立ちで総団長を鬼の形相で睨み付けていた。
だが、その瞳の光は虚ろに鈍り、足も微かに振るている……ダメージは深い。
そこに軽い足取りで、先生がフォルの元に歩を進める。
騎士達が睨み合っている場所に、散策するかのような……。
そして、フォルの頭に手を添え、事務的な動きで怪我の具合を確認する。
彼女の鞘から模造刀を抜くと、そこに本物のナイフを収めた。
騎士達は、突然目の前に現れた、奇妙なメイド服を着た女性に狼狽している。
まさかそれが大賢者とは思わないであろう、だがフォルなら気配や匂いで気付くはずだ。
先生はフォルに何かを語り掛けると、こちらに引き返して来た。
「何と言葉を掛けたのですか?」
先生は自分の横に腰を下ろすと、目を細めてフォルをじっと見つめた。
「あいつ……凄く怒ってた。だから……全力でぶっ飛ばせ、って言っておいた」
怒ってた?……あの温厚なフォルが?
訓練場に目を移すと騎士達は場所を開けて、中央で総団長とフォルが対峙していた。
二人とも真剣を構え、互いにその刃先を付き付けている。
見る限り、フォルはだいぶ回復して、今は落ち着いた様子だ。
非常に物静かに、憮然とした顔で総団長を睨み付けている。
あれは怒っているのか? フォルのそんな姿を見るのは、初めてかもしれない。
フォルが摺り足で接近、妨害をするかのように総団長は斬撃を繰り出す。
フォルがそれをナイフで弾く、金属音が生々しく訓練場に響き渡る。
二撃、三撃、フォルは退けるが、やはり接近は出来ない。
総団長は大剣を上段に構えると、大きく袈裟切りに振り抜いた。
大振り、隙だらけだ! フォルはその動きを見逃さすに踏み込むと、総団長の首元にナイフを滑り込ませた!
刺さらない! 全身鎧の隙間に剣先を当てがったが、下の帷子に止められた。
帷子も魔術処理されている……当然か。
総団長め、わざとか……通らないと知らしめる為に、攻撃を入れさせたのか。
フォルは後ろに飛び、距離を取る。
そしてナイフを鞘に納めた、彼女も総団長の意図に気付いたのだろう。
戦いの距離においては、ナイフも無手も大差無い、だが……。
フォルはブーツを脱ぎ捨てると、身を屈めると低く唸り声を上げる、
そして、手と足に鋭い爪を纏い、口からイヌの牙を剥く。
ここに来て、見せ付けるかのような獣化。
デモンストレーションだ、これはフォルの意思表示。
『お前が蔑んだ獣人の力を見せてやる!』
そう言っているかのようだ。
「悍ましい姿よ、忌まわしき獣人め、成敗してくれようぞ!」
総団長が、不自然な迄に劇がかった口上で叫んだ。
先生が頬杖を付き、目を細めて総団長を見つめた。
「神殿の、女神信仰の守護者たる騎士団の最高武力と、かつての信仰の敵だった背教者たる獣人。って構図を作りたいのかね」
その声には呆れが籠っている、先生も白々しいと思っているのだろう。
「総団長は強いのですか?」
率直な疑問を投げかける、騎士団の指揮官クラスは実務能力は当然だが武術に長けて無ければ任命されないと聞く。
先生は、対峙している二人から目を逸らさずに口を開く。
「彼は強いよ。神殿騎士は中原の信仰国中から抜擢され、東の神殿は境界線防衛の最前線だ。海千山千の騎士達を束ねる最高指揮官の武の技量は本物だ」
「フォルは、勝てますか?」
木剣での立ち合いでは明らかに劣勢だった。
真剣に持ち替えた事で逆転する所か、益々不利になったとしか思えない。
「フォルは対人戦の経験が浅い一方、総団長のソレは人類ではトップクラスだ。対人戦は、極端な事を言えば速さも力も必要が無い。人を切る技量が有れば良い、と言えるだろう」
「やはり……フォルに勝ちの目は無いのですか?」
自分は息を飲んだ……今回に関しては、フォルの敗北は死を持って決するかもしれないのだ。
「古代兵器で天賦の才が有るフォルを、このおれが仕込んだんだ。おれは大賢者だぜ。あんな若造に、遅れを取るような鍛え方はしていない。トイ族は獣人最強だ」
先生は勝機が有ると見ておられるが……。
フォルがじりじりと、距離を詰める。
そして射程距離に入るや否や、総団長が斬撃を繰り出す。
一閃、フォルは両の籠手でそれを受けた。
飛ばされる! だがフォルは踏みとどまった。
体重が軽いフォルが? 違う、足の爪で地面を掴んだのだ。
フォルはそのまま弾くと近接、だが総団長は後ろに飛ぶと、跳ね上げられた剣先を振り下ろしながら距離を取る。
先ほどと同じ展開だ、総団長はフォルの接近を許さない。
フォルは半身で、両手を軽く開き中段に構えると、牙を剥いて威嚇する。
ただの牽制か、それとも何か策が有るのか?
フォルはその間合いに入る事も出来ずにいる、よしんば接近出来ても決定打が無い。
フォルは低く唸り声を上げる、その顔は憮然としたままだ。
フォルは闘争心と集中力が頂点に達すると、不気味な嗤いを浮かべる事がある。
本人によると、その時は高揚感が増して全てがクリヤーとなるそうだが、あの表情は見せていない。
牙は向いているが憮然とした表情……怒りに燃えるフォルは、あのようになるのか。
そして、フォルからあの感じが伝わって来た。
魔力を圧縮し溜め込む感覚……。
「石穿を使う気だな……」
先生がそう口にする、自分同様にフォルの気配の変化を察知したのだろう。
「ですが、あれは近接技です。近付けないのですよ? 総団長はエイブ殿から報告は受けている筈、警戒しているでしょう」
先生は無言のまま、フォルを見つめる。
フォルの中の魔力が大きくなって行くのを感じた。
どんどん集約して……。
フォルが動いた!
大地を蹴り、総団長に接近する。
その動きに合わせ、総団長は水平に大剣を繰り出す。
フォルが飛んだ!
だが……。
刀身が、フォルの腹部に深く食い込んだ!
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