ドッグファイト3
さて……今、自分の目の前で幸せそうに氷菓子に舌鼓を打っているフォルに、神殿騎士団に招かれた件をどう切り出すべきだろうか?
「やっぱり、おばあちゃんのお菓子は格別だね」
フォルは尻尾を振って実に楽し気に、無邪気に喜んでいる、人の気も知らないで……。
「アイスってのが良いよね、暑いこの時期にピッタリ。この口の中で崩れたクッキーが、アイスと合わさって口当たりが面白いよ。酸っぱさと甘い香りが、芳醇なアイスの風味と会いまって、スゴく堪らない……」
そして、急に寂しそうな顔をする。
「暫くは樫の木堂には行けないね。直接、感想を伝えたかったな……」
そのフォルの表情に、罪悪感を覚えた。
あの時、自分が待ち合わせの時間に遅れなければ、あんな事にならずに済んだのかもしれない。
益々、焦燥感が強くなる、騎士団の件は先生が戻られるのを待とう。
まだ、先生からの許可は得られていない。
それに、仮に得られてもフォルが昨日の事を引きずって、拒否をする可能性だってある。
先生やフォルの了承が得られなければ、エイブ殿も強行は出来ないだろう。
丁度、外から甲高い機械音が響く、先生が戻られたようだ。
「ただいま~」
何事だ?……玄関の先生は背嚢一杯に野菜を詰め込んでいる。
「スニフ導師を訪ねたんだが、お裾分けを貰っちゃってな」
トロル族出身の賢者、スニフ導師……今はフィールド・ワークで、新しく作られた村で農耕の指導を行ってるとの事だった。
飛行具で行ける距離に村は有るのか……という事はグランディル公国領内なのか?
先生はキャベツを取り出すと、自分の鼻先に向けて笑顔を見せた。
「今日はロールキャベツだ、クリーム煮にするか。君の好物だろ?」
先生特製のロールキャベツは絶品だ、臭みの無い具材が濃厚なクリームでキャベツの甘みを引き立て、とても上品な味に仕上げて……。
いや、今はそんな場合では無いだろ。
自分は気を取り直すと、先生に向き直る。
「先生、騎士団の件はいかがですか?」
「あ、ああ。良いんじゃ無い……」
まさかお忘れだった? まったく……こちらは気を揉んでいるというのに。
何故、一日待たされたのだ?
「騎士団って何?」
フォルが興味を示した、話の流れで丁度良いと思い、そのままエイブ殿の提案を話す。
フォルは難しい顔をした、無理も無い。
フォルは騎士を苦手としている上に、昨日市場で恐ろしい目に逢ったばかりだ。
「……行く」
フォルは絞り出すように返事をする。
だが、その顔は強張っている、本当は拒否したいのだろう。
自分は、そんな彼女の顔を覗き込む。
「良いのか?」
頷くフォルのその目は、力強い光を湛えていた。
心境の変化があったか……今までのフォルは、諦めの色があったが。
フォルと先生から承諾を得てしまった、こうなっては仕方が無い。
自分はエイブ殿宛に、折り紙をしたためる。
別に急ぎでは無いが、高速のヒコーキ型で手紙を飛ばす、最近は鳥型よりも、すっかりこの方法が身に付いた。
憂鬱だが、厨房から立ち込めるクリーム煮の甘い香りに、少し心が安らいだ。
程無くして、エイブ殿から返事の折り紙が届いた。
こちらもヒコーキ型か、最近は先生の働きかけで、ヒコーキ型も僅かずつだが普及している。
あの、千匹オオカミの襲撃事件から……フォルが巻き込まれたあの事件だ。
エイブ殿は火属性で折り紙の術は使えない。
神殿の、風属性の魔導師に頼んだか……。
返事の早さもそうだが、その内容は『明日、正午に城下外の転移陣に来られたし』。
……との事だ。
なんとも性急な……フォルに心の準備も与えられんな。
フォルに手紙を渡すと、逃げるように部屋に戻った、余りにも気まずい。
夕食の時も、翌日の朝食時も……フォルは押し黙ったまま緊張した面落ちだった。
朝食を済ませると、フフールさんが風呂を焚き、フォルを磨き上げる。
丁寧にドライヤーを掛けながらブラッシングをすると、はさみで細かく毛並みを整える、トリミングか?
そしてフォルの戦闘用の服、半袖のシャツに半ズボンには洗濯のりが使われて張りが有り、しっかりとアイロンが掛けてあり皺一つ無い。
ブーツも丹念に磨かれ、曇り一つ無かった。
フッフールさんは、何を目指しているのか?
先生は山歩きに出掛けられたが、あのお方の事だ、どうせ後で見に来られるだろう。
足取りの重いフォルを伴い、城下外につながる転移陣に足を運ぶ。
日も高くなり、今日も暑くなりそうだ、フォルはいつも着用している赤いローブでは無く、半袖短パンの戦闘スタイルだ。
自分はといえば魔術師の杖に、この暑い最中に神殿の青のローブを着用……泣きたくなる。
夏用の薄手の通気性の良い綿生地だが、暑い物は暑い。
手荷物は大きめの巾着袋に、最低限にしているが、かなり邪魔に思える。
だが、そんな鬱屈した思いは、転移陣で移動した先で吹き飛んでしまった。
待ち合わせの場所にあったのは、なんと迎賓用の馬車だった。
二頭立てで、車体には綺麗にニスが塗ってあり、つやがあって上品な造りになっている。
驚いたのは車輪だ、普通の馬車よりも径が小さい。
通常は直径一〇〇珊程あるが、この馬車は七〇珊位だ。
だが、軸も輻も金属製で、外輪部はゴムで出来ている。
チューブ式というヤツか、初めて見る。
揺れを和らげる懸架装置も板バネでは無く、コイル式バネを使っていて四輪共独立している。
車体の造りだけでは無く、車台もかなり高価な物のようだ。
案の定、内装も豪勢でバネの利いた革張りの椅子が装備されている。
フォルは、近付く事すら躊躇している。
自分は、彼女の背中に手を添えて馬車に誘導する。
押し込むように乗り込ませたものの、フォルは落ち着き無くきょろきょろしている。
騎士団が、フォルを歓迎している事を演出しているのだろうが……エイブ殿、やり過ぎだ!
程無くして窓の外の風景が動き出すと、フォルは目を丸くした。
「スゴイ、全然揺れないし、静かだね……それに涼しい」
確かになかなかの乗り心地だ、魔導具で空調も調整しているのか。
馬車は城門も素通りで止められる事も無く、神殿に到着した。
エイブ殿が、入り口で待機しているのが見える。
「おお、フォルさん。ご足労いただき、痛み入る」
フォルは首を傾げた……エイブ殿、彼女はそういった言葉は理解出来ない。
エイブ殿は、そんなフォルにかまわずに腰に手を当てた。
彼は丁寧に扱っているつもりなのだろうが、明らかにフォルは困惑している。
自分は、エイブ殿に耳打ちする。
「宴の会場では無いのです、エスコートは不要ですよ」
全く、何を考えているのやら……完全に空回りしている。
神殿の応接間に通されると、軽食としてブルスケッタとスープが用意されていた。
神殿関係者はほとんどが貴族の出だ、材料も良い物を使い調理もしっかりとしているのだが、先生とフォルの味付けに慣れてしまってるせいか、何とも味気ない。
「うちではクリームチーズも使ってるけど、これも美味しいね」
なるほど、物足りない理由はそれか……。
程無くして食事を終えるも、エイブ殿は一向に現れる気配が無い。
嫌な予感がする……。
暫くしてドアがノックされ、子供の声が入室の許可を求めて来た。
声の主がドアを開けると、やはりエイブ殿では無く、一人の少年がそこに立っていた。
騎士団に所属する小姓、未来の騎士様に案内され訓練場に通された。
騎士団の訓練場……神殿の東側、河の方角にある長方形の広場。
東の神殿の訓練場に来たのは初めてだ、中央にいた頃は暇つぶし……では無く、良く見学で眺めていたが。
そのすぐ南側は、冒険者ギルドの訓練場と隣接している。
そちらよりも広いのだな……訓練場の北と南には仕切りがあり、観戦用の席となっている。
何だ? やたらと人が多い気がする。
広場に整列している簡易的な防具を装備した緑色のスカーフを身に付けた騎士、一列五人ずつ並んでいて、全部で九列。
彼等の前に台が有り、その脇にエイブ殿を含めた五人の騎士が横に並んでいる。
台に最も近くに立つ騎士のスカーフ色は赤、横の四人が青……。
騎士団長が一人、副団長が四人、団員が四五人……。
待て、待て! 騎士団、一個大隊が整列しているのか?
と、するとあれは、エイブ殿が所属する東方神殿第三騎士団か?
そして観覧席はと言えば、やはり五〇人程の騎士達……。
つまりこの場に、二個大隊の騎士団がいるという事になる。
騎士団は全部で三個大隊、一隊は恐らく、森への哨戒任務に出ているのだろう。
とはいえ……騎士団は暇なのか!
エイブ殿がこちらの姿を見つけると、早足で歩み寄って来た。
そしてフォルの手を取ると、台の方に誘導する、その仕草に少し苛立たしさを感じる。
自分は、小姓の少年に訓練場の隅の天幕があるベンチに案内をされる。
今日も暑い、天幕の日陰は非常にありがたく、空気が涼しい。
腰を下ろし、フォルの姿を探すと、エイブ殿と共に壇上に上がっていた。
大仰すぎぬか? 不安感が心の内で増して行く。
フォルは、多数の衆目に晒される事に慣れていない。
案の定だ、壇上で緊張で凝り固まっている。
「注目!」
壇上のエイブ殿が、大声で号令を掛けた。
「本日は特別講師として、こちらのフォルさんに来て頂いた」
そう語りながら、エイブ殿はフォルの肩に手を置いた……馴れ馴れしすぎるだろ。
そんな様子につい力んでしまう、自分でも目付きが険しくなっているのが分かる。
「見ての通り、彼女はトイ族というイヌ種の獣人で、大賢者様の弟子である。優れた身体能力を持ち、戦闘力も高い。知っている者いると思うが、私は彼女に模擬戦で二度も敗北している」
騎士達がざわつく、整列した場で統率が乱れるような動きを見せるとは、あってはならない事だが、それほど衝撃的だったのか。
フォルは、大丈夫だろうか?
「落ち着け」
不自然な程に甲高い声と、同時に隣に腰を下ろす女性。
メイドの衣装を纏った少女が腰を下ろす。
が、本当にメイドか? 何やらフリルなどの飾りが過多な装束だ。
薄茶色の長髪、身の丈は一六〇珊弱といった所か。
顔は、失礼かもしれぬが美人とは言えない、惚けた印象だ。
不自然な程に目立つ、黒縁の眼鏡を掛けている。
その人物は、壇上に視線を向けたまま呟いた。
「お手並み拝見と行きましょう」
薄笑いを浮かべながらフォル達を見つめている。
そんな人物の姿に、溜め息が漏れた。
「何の冗談ですか? ここは仮装行列の場ではありませんよ、先生」
「ありゃ、バレちゃった?」
そう言い、大仰に先生は頭を掻く。
何となくだが、雰囲気で先生だと察した。
フォルが使う『身体変化』、先生が使うのを以前に見せて頂いた。
獣人のフォルとは違い、骨格までは変えられないらしいが、先生は元より小柄で線が細い。
「何故そのような装束を?」
「おれは一応、大賢者だからね……」
甲高い声、声帯まで変化させられるのか。
「こんな所で観戦してたら、目を引くでしょ」
先生はそう言いながら、長し目を観客席に送った。
その先には……。
大柄の男性が腕を組んで、フォル達を鋭い眼光で見つめている。
通った鼻筋、切れ長の目、落ち着いた面持ちで貫禄がある。
確か三〇歳位だったか、年相応の見た目と言えよう。
髪は腰ほどまで伸ばしている、騎士は首を護る為に長髪にする者もいると聞いた事があるが、その長さは過剰と言える。
東方神殿、騎士団総団長、スローム・ヴイトール
神殿騎士団のトップが、こんな茶番をわざわざ観戦に来たというのか?
毎週日曜日と水曜日、お昼12時に投稿しています。




