ドッグファイト2
自分は、装飾品を制作する工房に赴き、依頼を済ませる。
職人に頼み込み、夕方には出来上がるとの約束を取り付けた。
それまで東の神殿の図書館で夕方まで時間を潰すと、工房に取りに向かう。
時間通りに仕上げてくれたようだ、無理を聞いてくれた職人に謝意の念を禁じ得ない。
製作料に色を付る事で感謝を示し、製品を受け取ると急ぎ山小屋に向かう。
自分が所用を済ませ、小屋に戻ると、フォルは……厨房で夕飯の仕込みをしていた。
何事も無かったかのように振舞っている。
フッフールさんはリビングで読書しているが……少し不機嫌そうだ。
恐らく、何かあったのだと気付いているだろう。
芋の皮を剥くフォルの元に向かうと、布製の包みを差し出した。
フォルは逡巡して目を丸くしたが、袋から中身を取り出す。
「特注のネックレスだ。飾り気は無いが、丈夫で軽い合金を樹脂でコーティングして、魔術処理も施してある、山歩きや戦闘でも邪魔にはならないだろう」
フォルは飾りの、カバーが付いたリング状の部分をまじまじと見つめた。
内径およそ二・六珊、厚さ約二粍……。
「そこに金貨が嵌め込めるようにしてある。ネジでしっかりと締め付ければ、まず外れる事は無い」
フォルは言葉を発する事も無く、疑問を込めた視線を自分に向けた。
「あの金貨は、大事な物だと知っている。それを使うと良い……泣くな、とは言わない」
俯くフォルの顔のその先に、涙が落ちるのが見えた。
自分は立ち上がると、早足で書斎に向かった。
先生に謝罪をしないと……本日の助手としての仕事をすっぽかしてしまった。
ノックをしてドアを開くと、机に頬杖を付いた先生に出迎えてられた。
「なんか大変だったみたいだね」
先生は手紙をひらひらと振る。
「アドレーから届いた折り紙だ。君の事、怖かったってさ」
「自分は必要な行動をとった迄です」
そう答えると、先生は目を細めて薄く微笑む。
「フォルを護ってくれて、ありがとう」
先生は手紙に目を落とす、数枚あるな……アドレーはかなり詳しく報告してくれたようだ。
男から事情聴取したのか……彼女は火属性だから『折り紙』の魔術は使えない。
送るには発送所に依頼するか、風属性の冒険者に送らせたかだが。
他者に遠慮が無い彼女の事だから後者か?
「当の青年は、フォルにイチャモン付けて金貨をネコババする気だったんだろ、さすがに同情は出来ないな」
先生が理解を示してくださった事に、自分は胸を撫で下ろした。
「でもさ、今のフォルには一万ディールなんて端金だろ? 魔物から取れる魔石でいくらでも稼げるのにさ。なんでそんなに執着したんだ?」
なんともはや……先生は稀に、機微に疎い事を仰る。
「あの金貨は、先生が初めてフォルに与えた物ですよ……覚えてらっしゃらないのですか?」
「千匹オオカミの聴取の前金だったヤツか? いや、いや、いや、いや……」
先生は目を見開き、手の平を顔の前でぶんぶんと振る。
「だって、お金だぜ? 貨幣だよ通貨だよ。それ以上の価値なんて無いでしょ?」
本気で、理解しておられないのか?
「あの金貨を通じて、フォルは信頼と安心を、何より価値を先生から受け取られたのです。彼女にとっては、大切な宝物なのです」
先生は唖然として頭を抱え、そのまま貝のように押し黙ってしまった。
こういうお方なのだ、ご本人が気付かない所で人の心を救っておられる。
フォルだけでは無い……自分も、その一人なのだろう。
自分は、表情が緩むのを感じつつも、エイブ殿の提案を先生にお伝えする。
エイブ殿は特別講師と称してフォルを招き、騎士団と戦わせて力を見せ付けると。
彼女の一騎当千の戦闘力はグランディルにとって貴重な武力となる反面、忌避されている獣人のソレは、神殿から危険視される恐れがある。
故に先生と自分は、慎重になっていた訳だが……。
「君に任せるよ……おれ、自信が無くなった。なんなら大賢者の地位も譲るよ。君が襲名してくれ」
自分は目を細め、非難を込めた視線を先生向けた。
「冗談だって……フォルが冒険者になる前に、騎士団員を武力制圧しようってんだろ」
「ですがエイブ殿が考えている程、物事は単純ではありません。よしんば騎士団を懐柔させても、僧侶や賢者も在籍しています。彼らの心象は、いかんともし難いでしょう」
認識というのが最も厄介だ、その者にとって自我に深く根差している。
神殿関係者なら、なおの事……自分と同じ思いなのか、先生は困り顔で天井を見上げている。
「これはフォルだけの問題じゃ無いんだよな……とはいえ、行動を起こさない事には何も始まらんか……事態が悪化したら、その時考えようぜ」
決まった! 先生も意を決したご様子だ。
「だが、おれに一日だけ時間をくれ」
「御意に、では作戦を練ります故、失礼します」
自分は先生に一礼し、ドアノブに手を掛ける。
「君に質問が有るんだけど」
背後から先生に呼び止められた。
「無礼だってんで、チンピラをぶちのめしたんだろ? アドレーもビビっちまってるみたいだが」
自分はドアのノブに手を掛け、先生に背中を向けたまま口を開く。
「彼女の時は……冒険者の先達で市民階級でも有りましたが……無礼と捨てるのは的確では無いと思いました」
背中に、先生がどんな表情をしているのか想像すると、何とも落ち着かないので急ぎ書斎を後にした。
そういえば、先生に謝罪するのを忘れてしまった……まあいいだろ。
そして翌日……自分は朝食後に冒険者ギルドに向かう準備をする。
警ら、巡回業務は一週間交代、今日もアドレーが参加している筈だ。
昨日の事をアドレーに説明しておいた方が良いだろう。
それと、フォルに土産を買っていってやりたい。
面倒だな……昨日のうちに済ませておけば良かった。
出掛ける前に、先生にフォルの特別講師の件を再確認と思ったのだが、飛行具を使って出掛けられてしまった。
一日待てと言われてしまったが……一晩では無く、丸々一日なのか?
昼食のサンドイッチが用意してあるところを見るに、フォルが山歩きから戻るのは昼過ぎか。
とりあえず、城下に向かう事にする。
先にフォルの為の要件を済ませ、冒険者ギルドに向かう。
ちょうど、アドレー達が街の巡回から戻ってきたところのようだ。
「マシィ君……!」
自分の姿を見ると、アドレーは緊張した表情で身構えた。
今更ながら、警戒しているのも滑稽だ……。
「一応、昨日の出来事を報告に、と訪ねたのだが?」
「そ、そう……ご苦労様」
狼狽しているな、やはり早めに足を運んで良かった。
彼女の視線が、自分の傍らにある魔道具に向いた。
「保冷用の箱よね?」
「ああ、昨日樫の木堂に行けずじまいだったのでな。先ほど新商品とやらを求めに出向いたのだが。氷菓子だったのだ。どうした物かと考えていたら、店主の老婆がこれを貸し出してくれてな」
アドレーは蓋を開けて覗き込む。
「クッキーでアイスを挟み込んだ有るのね。いろんなフレーバーが有るのね」
「君達、巡回組の差し入れもあるぞ。ギルドの冷凍具に入れてあるから、後で食してくれ」
アドレーは目を丸くして瞬きをする。
「ご馳走さま……」
自分としては彼女から距離を置かれたくは無い、これで多少は気を紛らわせられたか?
その後、昨日の出来事をアドレー達に説明をしている。
話が進むにつれ、アドレーの表情が険しくなって行く。
あの無礼な男に対し、憤りを覚えたようだ……フォルも良い友人を持った。
と、ドアが乱暴に開いた。
何事がと目を向けると、厳しい顔をしたエイブ殿が辺りを見渡している。
恐らく、自分を探しているのだろう。
自分がギルドに顔を出したら、連絡するよう、言伝でもしていたか……。
案の定だ……自分を見るなり、早足でこちらに歩み寄って来た。
「あなたは昨日何をしたのだ! 騎士舎で妙な噂が流れているぞ」
昨日の今日で、もう話が伝わっているのか?
「妙とは?」
「盗みを働いた獣人を捕まえた男を、神殿の者が殴り付けたと」
アドレーが席を立つと、エイブ殿を鋭い眼光で睨み付ける。
「事実無根です。何故そんな話に?」
「問題はソコでは無い。その獣人とは大賢者様の弟子だろうという事で、話が伝わって来ているのだ」
それはまずいな……女神の使者である大賢者と、且つて神殿と敵対した獣人。
フォルが理由で、先生に不信感が向いてしまいかねない。
信仰の要である神殿とはいえ、境界線の護りの主要である騎士団の発言権は絶大だ。
その神殿騎士団内で、良からぬ噂が立つのは頂けない。
エイブ殿は自分に、怒りを込めた鋭い眼光を向けて来た。
「あなたには任せれぬ。例の件、私が勧めるが宜しいな」
異論を挟む隙も無いな……全く騎士という輩は直情的で困る。
折角いろいろと練っていた計画が、水泡に帰した事に虚脱感を覚えた。
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