ドッグファイト1
新章スタートです。
時間軸は、プロローグの後からとなります。
フォルとエイブ殿の立ち合いから二か月が過ぎ、アレから自分は、コレといった変化も無く平穏な日常を送っていた。
本日の山歩きは先生の当番であり、帰宅は午後にずれ込む予定だ。
故に自分は、冒険者ギルドに向かった次第だが、そこで受付職員からエイブ殿から食事の誘いの言伝を受け取った。
彼の事ゆえ、親睦が目的では無いだろう、気は進まぬが話は聞かねばなるまい……。
間違い無く、フォルに関する話だろう。
標準等級に昇格して、冒険者ギルドでの自分の主な仕事は、初心者等級の指導となった。
今回は手早く済ませる為、城下での仕事を受けたビギナー・ランクのパーティーと合流した。
ギルドに帰還後、受付職員にエイブ殿にこれから向かうと伝えるように告げ、彼が指定した店に足を運ぶ。
その店は……お世辞にも上等とは言えない、寂れた感じの佇まいだった。
隠れた名店というヤツか? いや、エイブ殿の事だ、質より量の店という可能性もある。
足を踏み入れると……すでにエイブ殿が自分を待っているでは無いか。
ギルドから神殿騎士団への連絡に時間が掛かるだろう、暫く待つ覚悟をしていたのだが……。
どうにも早急な……この御仁を侮っていた。
「おおマシィ殿、久しぶりだな!」
彼はフォルに負けた後、頻繁に小屋に足を運んでいたが、最近は顔を見せていない。
「職務を蔑ろにしての山小屋通いが、上司に嗜められたのですか?」
「いやー、参りました~。ほとぼりが冷めるまではお預けですな」
図星とは……。
店員に手渡されたメニューにざっと目を通すと、思いのほかマトモな内容だ。
みすぼらしい佇まいの割には、しっかりとしているようで安心する。
自分は、トマトソースのパスタのみを注文する。
「それだけで良いのか? 随分と少ないな」
「人と会う約束をしているので」
この後、フォルと待ち合わせをしている。
なんでも樫の木堂……フォルが菓子作りを教わっていた店だが、新作のスィーツを発売したとかで、彼女に誘われたのだ。
アドレーとハスラを誘ったが、仕事が忙しいとの事で断られたらしい。
程無くして、エイブ殿の注文が運ばれて来た。
昼からシチューにピザパイ、グラタンか……見ているだけで胸焼けがしそうだ。
ディナーでも多すぎる。
「でだ、マシィ殿。物は相談なのだが」
いきなり切り出して来たか、碌でも無い内容だろう、無意識に身構える。
「フォルさんなのだが、騎士団に特別講師として招こうと思うのだが……」
思いがけない申し出に、思わず咽返ってしまった。
「何を言っているのですか? 彼女は獣人ですよ、騎士団には忌避している者が多い筈です」
エイブ殿は切り分けたピザを一口で頬張ると、飲み込んでから口を開いた。
「いや、一度切りだ。フォル殿は来年には成人、冒険者になると聞いている。そうなったら、警ら任務で騎士団と関わるだろう? 騎士に慣れさせた方が良い」
この人は……粗雑な性格の割りに、フォルが騎士に苦手意識を持っている事に気付いていたのか?
「以前の私のように、獣人の事を何も知らんで、忌避するのは良く無いだろ」
フォルでは無く、騎士の意識の問題だったか。
「自分は反対です。フォルは神殿や騎士に苦手意識を持っています。彼女には荷が重い」
エイブ殿は、咀嚼しながら考え込む。
「それなら尚更だろ。騎士共もなぎ倒して恐るに足らんと知れば、フォルさんも安心出来るだろう。騎士など、強者にはひれ伏す物だ」
そんな単純な話なら、自分とて悩みはせぬ……。
やはりエイブ殿は楽観的だ。
「噂で聞いたのだが……二年前の厄災とかいう、魔物の大量発生の事件の時、フォルさんは乙種を二体も仕留めたそうでは無いか」
こちらに赴任して間もないエイブ殿が御存知とは? 箝口令が敷かれていた筈だが……。
「ふむ……あなたのその顔を見る限り、事実のようだな。驚いたよ、その頃はフォルさんも、武術を習い始めて間もなかったのだろ?」
エイブ殿は、フォルを物語の英雄かのように過大評価している節があるのか。
自分はコーヒーで喉を潤しながら、それを払拭する為に言葉を探す。
「あの頃は、先生がフォル自身の潜在能力を引き出すことに専念してましたから、急激に伸びたのです。それに厄災攻防戦の時は、公国騎士団と共闘で、冒険者も参加してました。フォル一人の力ではありません」
これは事実だ、フォルの活躍は目覚ましかったが、公国騎士団が戦闘に加わり、魔導師科と自分も魔術で支援した。
さすがに当時のフォルでは、単騎で乙種を仕留めるのは程の技量は無かった。
「だが、その事実を秘匿している。大賢者様の御意向なのだろ?」
「自分の一存では決められません、先生にお伺いを立てないと……」
「良い返事を期待してるぞ!」
確かに、彼女が冒険者になる前に神殿には慣れさせたい。
だが……懸念事項も多い。
コーヒーが苦く感じられる、砂糖を入れるべきだったか……。
その後、取り留めの無い会話をしつつ食事を済ませると、エイブ殿と別れて広場に向かう。
フォルとは噴水前で待ち合わせの約束をしていたが、少し時間に遅れてしまった。
おらぬ……か、東広場の市場を見に行っているのだろう、探しに行くか。
広場で開かれる市場は、近辺の農村から収穫された食料品が並び、時には港町のサンデコリーで荷揚げされた商品なども並ぶ。
フォルもフッフールさんと共に足を運んでおり、食材の見極めを教わっていたようだ。
人でごった返してはいるが、フォルをすぐに見付けられる自信はあった。
フォルと共に訓練していた結果、彼女の気配、いわゆる魔力をなんとなくだが感じられるようになったからだ。
近付けば雰囲気で察知出来、赤い外套も身に付けている、嫌でも目に付くだろう。
と、思っていたのだが……離れた場所からフォルの気配を感じた。
その先には人だかりが出来ている、なのに妙に静かだ。
距離が有るのにフォルの気配を感じた、恐らく彼女は感情を高ぶらせているのだろう。
嫌な予感がする、掻き分けながら奥に進む。
「ガキがこんな大金、持ってる訳ねーだろ! なーみんな、おかしいよなあ」
下卑た声が響く、中まで進むと、そこは人々が囲むようにして空間が開けていた。
その渦中にいる大柄な男と、もう一人はフォルだ。
フォルはフードを被っておらず犬の耳を露わにしている。
何かあったな……自分飛び出していきたい気持ちを押さえつけ、当たりを観察した。
フォルは獣人の特徴を隠そうともせず。困惑した顔で辺りを見回している。
「獣人がこんなところで何をしてるんだ? 盗みか? この金貨も盗んだんだろ!」
男は一万ディール金貨を高く掲げた。
人々は静寂を保ったまま、声を潜めて呟き合っている。
何を話しているかは聞き取れないが、その言葉の中には『獣人』という単語が幾つも交じっていた。
フォルは狼狽えながら、目尻に涙を浮かべている。
フォルの聴覚なら、人々の声も聴き分けられる事だろう。
自分は意を決して、騒ぎの渦中にあるフォルの元に歩み寄る。
人だかりから歩み出すと、魔導師の杖の柄を石畳に強く叩き付ける。
カン!と、杖の柄が石畳を叩く音と共に人々の声もやみ、完全な静寂が場を支配した。
自分はフォルの、首に掛けてある紐に手を伸ばした。
ソレを手繰り寄せると、小さな亜麻袋が手に触れた。
中身は……空か。
おおよそ何が起きたか想像が付いた。
フォルは散策していて人込みに躓いて、この男に当たったのだろう。
男に因縁を付けられてフードを剥され、獣人とばれて何らかの流れが有って首に下げてある亜麻袋から小金貨を取り上げた。
で、子供で獣人のフォルが大金を持っている事に疑問を抱いた男が騒いでいると。
大体そんな所だろう。
行き違いか……それなら何の問題も無い、自分が説明すれば済むのだから。
フォルに背を向けると、男に視線を移した。
「この娘は自分の連れだ。その小金貨は彼女の物である事を知っている。返却をしてくれ」
男は目を丸くし、面食らったような顔をした。
「えっと……あなたは神殿の学者様ですよね? その獣人は学者様の持ち物ですか、それならちゃんと躾けて下さいよ。獣人がうろついていい場所じゃねえでしょ」
はて? この男は何の話をしているのだ……自分の言葉が理解出来なかったのだろうか?
「もう一度言うぞ、その小金貨は彼女の物だ、返してやってくれ」
これで通じるか? ところが男は困ったように頭を掻く。
「学者様さあ、ここは市場なんですぜ。散歩なら他所でお願いしますよ」
どうも合点が行かぬな……、言葉が通じぬ異国の者か?
「名は何と申す?」
「おれは、運び屋のトラスってもんですが……」
ふむ、運送業の労働に従事する庶民か、言葉は通じている。
自分は杖を振り被ると、男の側頭部を殴りつけた。
男は勢い良く吹き飛び、石畳の上に倒れる。
魔導師の杖は本来、魔術の効果を高める為の物だ。
だが、この杖は自分の身長と同じ程の長さが有り、硬い楓の木を加工して拵えられた物だ。
重量は四瓩以上あり、鈍器としても十分に使用出来る。
打ったのは側頭部だ、人の頭骨では弱い部分である。
本気で打撃を加えたら、殺めてしまう可能性が有るので手加減はした。
だが、恐怖心を与えるのには有効な部位だ。
倒れた男の手から、金貨が転がり落ちた。
それを目で追い、フォルが無事に回収したのを見届ける。
フォルは両膝を付き、大事そうに両手を胸に寄せて握り絞めた。
石畳の上に倒れ、頭を押さえて痛みに悶えている男を杖の柄で仰向けにする。
男のその腹に、杖の頭を突き入れた。
「が……!」
苦悶に歪む男の顔を、自分は目尻に力を込めて睨み付けた。
「貴様、無礼だぞ……我を誰と心得るか! 『返せ』と命じたのだ。四の五の言わずに応じろ! 身の程を弁えよ‼」
そう言い放ち、杖を大きく振り上げると再度、力を込めて腹を突いた。
まったく……これで今夜は満足に食事が出来ぬだろう。
一瞬、人だかりがざわ付き、直後に水を打ったような静寂に包まれた。
「マシィ君……」
背後から聞き覚えのある声、今日の警らを担当する冒険者達が到着したようだ。
アドレーか、今日は仕事があるとの事だったが、ビギナー・ランクの引率で巡回をしていたのか。
警らはビギナーランクの主な仕事だ、アドレーは新人を引率して駆け付けたか、ここは冒険者ギルドから距離が近い。
アドレーは倒れている男を一瞥すると、膝を付いて俯くフォルの元に駆け寄り、フードを被せた。
「何があったの?」
「痴れ者に、無礼打ちをしたに過ぎぬ」
アドレーは神妙な面持ちで固唾を飲んだ……状況を見て大体の事情を察したのだろう。
彼女は新人冒険者達に指示を出して、男を連れて行く。
自分も、速やかに退散したほうが良さそうだ。
フォルの耳元で「行くぞ」と小さな声で呟き、彼女を連れてその場を後にする。
自分が歩む先で、人だかりは無言のまま、割れるように道が開く。
そのまま商店街の、樫の木堂に向かおうとしたが、フォルに袖を掴まれ引き留められた。
フォルはかぶりを振ると、悲しそうな顔をして俯く。
「行けないよ、迷惑かけちゃうかも……」
そういう事になるのだな……フォルの正体は知られた。
市場の者達から彼女の話は伝わるだろう、獣人などグランディル城下では見かけないのだから。
だが忌避感はあれど、迫害まではされる事は無い。
フォルにとっては居心地が悪くなるだけ……危害を加えられる訳では無い。
誠にもどかしい、この距離感が煩わしい。
「一人で帰れるか?」
フォルは頷くと、無言のまま早足で東門に向かった。
自分はフォルを見送ると……新たな目的に職人地区へと足を運んだ。
ようやく、冒頭のプロローグに追い付きました。
ここからは、戦闘多めで行きます。
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