毛のない犬9
薬草発見の翌日、自分は中央神殿に出向き、トロル族の賢者であるスナフ導師をお訪ねした。
二米を超える巨体もウマの顔を短くしたような面落ちも、見慣れれば愛嬌を覚える。
なにより、ご本人の気さくな性格が成せる部分が大きい。
スナフ導師をお訪ねしたのは、かねてより関心があった、闇魔術に対する疑問をお伺いする為である。
闇魔術は、トロル族以外ではほとんど発現する事が無く、スナフ導師もその使い手でもある。
導師は満面の笑みを浮かべ、快く了承してくださった。
そして、その技の数々を惜しみ無く実演して見せて頂いた。
お忙しい中、自分にお付き合いいただいた事に感謝しか無い。
このお方は、賢者が持ち合わせる貫禄などより、その人柄が周囲を魅せる技に長けている。
最も……滞在中は良い事ばかりでも無かったのだが。
三日ほど滞在して山小屋に戻ると、リビングで何かの資料に目を通していた先生が、自分の顔を見て目を細めた。
「なんだァ? 何かあったのか……」
よっぽど浮かない顔をしていたのだろう、開口一番、これである。
「スナフさんに会えなかったのか?」
「いえ、貴重なお話を拝聴させていただきました。そちらでは無く……」
自分はリビングのソファーに腰を下ろし、がっくりとうな垂れた。
先生は訝し気な表情を見せた、自分は憂鬱になりながらも話を続ける。
「リーブ師匠から、準賢者試験推薦を取り下げると……なんでもローパブ導師から反対されたとかで……」
先生は呆れた様子で頭の後ろに手を組み、ソファーに浅く座る。
「あの人か……恐らく、君を準賢者に据える事で師匠のリーブさんが地盤強化を狙っていると考えたんだろ」
「師匠は、そんな俗物なお方ではありません!」
先生は天井を見上げた。
「知ってるよ、清廉な人だ。にしてもローパブさんか……あのじー様はおれの事、嫌ってるからなあ。君は、そのとばっちりを受けたって訳だ」
自分は膝に手を置き、深い溜め息を付いた。
「まあ、自分も早すぎると思ってましたから……ですが、釈然としません」
「災難だったねえ……ところで、公国騎士団から中間報告が届いだぞ」
先生は手元の紙束を、ひらひらと振って見せた。
「あの後な、神殿側は関与せず、調査は公国騎士団と役所の捜査科が行う事となったんだ。子供の骨は一〇〇体分位あったそうだ」
「一〇〇体……ですか、何とも呪術的ですね」
鑑定魔術で把握したのだろう、よくも正確に数を特定出来た物だ。
切りの良い数字は、それだけで『意味』を持つ。
「しかも骨には歯形があったそうだ、つまり『喰い合った』って事だ。古くからある、淘汰を活用した呪法だな」
先生は目を細め、物騒な資料に目を落とす。
「『子供』『一〇〇体』『淘汰』『洞窟』『亡国』『境界線』……呪術を構築する上でいろいろ条件付けをした感じだな。それで出来上がったのが、あの空間限定の不死身少女とは……お粗末としか言いようがないな」
先生は怪訝な表情をする、何か含みを感じ取られたか?
「何か、不審な点でも有るのですか?」
「いや……何を研究してたのかな~って……鑑定魔術では遺骨は大体三〇年前の物らしい。条件は呪術そのものだけどさ、内容的には古風で今更感があるし。ソレとオトナ二人分の遺骨も発見されたって。研究者が実験体に襲われたのだろうって中間報告に書いてあるんだが……」
何やら雲行きが怪しくなって来た、自分は率直な疑問を先生に話す。
「少人数で準備できる規模では無いでしょう? アレだけ大掛かりなものをこしらえているのだから、呪術を使った『何か』を研究していたのですかね?」
先生は、後ろ暗い物を吹き飛ばすかのように、書類を激しく振った。
「やめやめ! 断片的な情報から類推しても想像の域は出ねえよ。それに公国に丸投げしたんだ、おれ達は無関係で行こうぜ」
先生から話を始めたのでは? とも思ったが、最もなご意見だ。
この事件は粗雑で、規模の割には綿密な計画も立てずに成り行き任せだったのでは? としか思えない節がある。
首謀者が知れないのが釈然としないが、かといって自分達がどうにか出来る訳でもない。
関わりを待たない事が、最良なことも有るのだ。
「なにか、別の目的があったのかもなあ……」
先生は席を立つと、気分を変えたいと言わんばかりにコーヒーを入れ直す。
無関係で在りたい……と仰っているが、気になって仕方が無いご様子だ……。
「ただいま~」
玄関のドアが開くと、フォルとフッフールさんが買い出しからご帰還だ。
魔導具嫌いのフッフールさんに付き合って、転移陣を使わずに走って城下を往復とは酔狂というか……。
何にせよ……女性が持つ特有の風が、重くなっていた空気を払ってくれる。
それはさておき……。
「フォル、こっちに来てくれ」
自分はフォルを呼ぶと、耳打ちをした。
フォルは先生からコーヒーを取り上げテーブルに置くと、そのまま足を掛けて床に倒す。
「先生、ごめんなさい」
「お、おう……?」
フォルは、床で仰向けになり目を丸くしている先生の足首を取ると、両足で挟みそのまま身を翻してうつ伏せにし、足首を極める。
「ほへ?」
うつ伏せ状態になった先生に、そのまま両腕で頭をロックする。
「グヶ……」
ステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロック
この技の名前である、完璧に極まったようだ。
先生の顔から苦悶が浮かび、身動きが取れなくなっている。
自分は先生の顔の前に、不自然さを感じられるように、すれすれに膝を付いた。
「一角獣騒ぎの時、先生は中央神殿に向かわれましたよね。待ち時間中、聖域に忍び込んで聖女科の女性達に声を掛けまくってたそうじゃないですか。自分が、聖女長から苦情を言われたのですよ」
「それは……分かるだろ? 魅惑的な女性たちを前におとなしくしていられるか!」
「聖女長にも言い寄ったと聞きましたが?」
「筆頭さんの我儘ボディーを見れば、君にだって理解できるだろ、あの破壊力のあるごりっぱさん、ぼへ……」
先生は何かを言い掛けたが、フォルが力を込め直した。
「どうする、折っちゃおうか?」
フォルが不穏な事を言い出す、どこをだ、首か?
「いっその事、潰しちゃいなさい」
購入した食材を整理していたフッフールさんまで、吐き捨てるように物騒な事を言い出した。
何はともあれ……騒がしくも平穏な日常が戻って来た感がある。
その事に安堵するが、自分は準賢者試験以上の難題を抱えているのだ。
魔力の流れ……。
先生と、フォル達獣人にしか認識出来ない概念。
魔術体系は全部で六種……それらは二極に分類され、光と、風、水……闇と、火、土……とされている。
この組み合わせは、かつてそれぞれの属性を持つ聖獣が光と闇に分かれて戦った事に由来している。
統御の女神が律し、争いに苦しめられた人類に、それぞれの力を授けたとされている。
風属性は光側で、最も遠い特徴と思われるのが闇属性と仮定した。
そこで闇属性を術を使うトロル族のスニフ導師をお訪ねした……何とも取り留めが無いと自嘲を禁じ得ない。
以前、先生が使用する魔術についてお伺いした時、属性とは何か? という話になった。
我等にとってそれらは精霊による現象だが、先生は、火は燃焼現象、土は混合物、風は大気、水は物質と解釈していると仰った。
つまり、魔術に対する考え方がまるで異なる……。
否、先生のソレは厳密にいえば魔術では無い。
スニフ導師の術を観察したが、魔術という括りではこれといった差異は見受けられなかった。
そして後日、ハスラを訪ねて魔法薬作りを見学し、何かが掴めたような気がした。
とは言え……肝心の『魔力の流れ』が理解が及ばない。
これが難題だ、一角獣騒ぎの時に自分は魔力枯渇に倒れ、フォルに解放されたが……。
フォルの唇と舌の感触が脳裏をよぎり、集中出来ない!
あの時の事は、フォルには何事も無かったフリをしているが、口から心臓が飛び出しそうな位、衝撃的だったのだ。
それを知られると先生とフォルに、からかわれそうだから黙っているが。
心がかき乱される、何とも情けない有様だ。
精神鍛錬の方法を先生に伺い、断食やら滝行やらを試しても見たが……。
暗中模索のまま、もうじき春を迎える。
海抜約一八〇〇米にある、この山小屋は寒さを残していた。
なのにフォルは鍛錬に熱心だ、寒さは苦手なくせに……。
自分は何をするでも無く、フォルの鍛えている姿を眺めていた。
木に滑車を付け、紐に木の枝を括り付けてそれを口を噛み、腕で上下する鍛錬をしている。
顎はトイ族最強の武器だ、あれは恐ろしい。
そして、座布団を括り付けた木に向かう。
『石穿』の練習か。
結局、今だに物に出来ていない、フォルも行き詰っているみたいだな……。
その時、唐突に妙案が浮かぶ、もしかしたら……。
自分はフォルに近くと、そっと手を彼女の腹部、へその少し下あたりに手で触れる。
フォルは目を丸くしている。
「え! マシィ?」
だが自分は構わず言葉を続ける。
「すまぬ、少し辛抱してくれ」
石穿は魔力を下腹部に、限界まで蓄積して放つ技との事だ。
魔力の強いフォルがそれを成すのなら、何か感じ取れるかもしれない。
自分は以前にフォルから魔力を注入されている、あの感覚を……。
「この状態で魔力を溜めてみてくれ」
フォルは戸惑いながらも頷き、座布団にこぶしを添える。
フォルはそのまま、動きを止めている。
彼女は今、魔力を丹田に込めているはずだ、だが何も伝わってこない。
もどかしい、直接肌に触れたいところだが、さすがにそれは破廉恥という物。
今、この状態で手の平に全神経を集中する。
「待て!」
自分は叫び、フォルを制止させる。
何か違和感を感じた、恐らくこれが……。
「フォル、もう一度だ」
フォルを促し、再び技を開始させた。
さっきの感覚だ、自分は再度手の平に集中する。
……何かを感じる、ひりついた感覚を覚える、脈打つ、ざわつく。
「自分が合図を出す、その時に放て」
フォルに耳打ちをする……なんとなくだが、分かると予感した。
少し……また少しと、何かが高まって行く。
「そろそろだ……準備しろ」
じり、じり……臨界に近付くのを感じる……。
「今!」
自分が叫ぶと同時に、鈍い音が響く。
反射的に目を閉じると、空気の振動が耳がを襲った。
……ゆっくりと目を開くと、その眼前には、先ほどまでそこにあったはずの木が消滅していた。
いや……技を受けた部分が不自然に消失し、木の上部が地に横たえている。
「遂に、やったな……」
木は根の部分を残し、消失した部分は刃物で切ったかのように綺麗だ。
破片も残さず消失したと言うのか、なんという威力か……。
「マシィ、あの……」
フォルが、何やら気まずそうに声を掛けて来た。
と、気付くと自分はフォルを両腕で背中からしっかりと抱き抱えていた!
慌てて彼女から離れると、勢いが余り尻餅を付いてしまった。
また、情けない姿をさらしてしまった……。
フォルは苦笑いを浮かべると、木の幹があった部分を見つめた。
「どういう事なの?」
自分は間を置いて、落ち着きを取り戻す。
「条件が違ったんだ。君は先生より魔力が強いが体は小さい。先生が仰ったように限界まで魔力を溜め込むと、漏れ出して威力が出なかった……のだろう」
自分は、放心状態のフォルを繁々と見つめた。
「石穿とはこれほどの物なのか、恐ろしい威力だ」
「ううん……先生のより強力だと思う、ひょっとしたら甲種の魔物相手でも通用する、かも」
先生は、フォルは五年修業を積めば人類の手には負えなくなると仰ったが、現実味を帯びて来たと実感する。
兵器として作られた獣人の、天賦の才を持つフォル……彼女が身に付けたこの技は、茨の道を歩ませる悪霊の鎌のように思えてならない。
いや、よそう。
今は素直に祝いたい、そうするべきだ。
そういえば、フォルは今月で一四歳になるのだったな、ついでに何かをプレゼントするか。
「あとは……実戦で試すのみだな」
自分がフォルに語り掛けると、戸惑ったような笑みを浮かべる。
だが、フォルが初めてこの技を試す相手は、魔物では無かった。
東の神殿に転属して来た騎士。
東方神殿騎士団所属、第三騎士団副団長。
エイブ・アイサン
最初の餌食がまさかヒト族になるとは……この時はフォルは勿論、自分も予想だにしなかった。
「毛のない犬」の章はこれにて終了です。次回より新章「ドッグファイト」がスタートです。
ようやく、プロローグに追い付きました……。フォルが17歳の段階で完結させる予定ですが一応、予定としてはここで折り返しです。
ここまで読んでくださって感謝です。
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