毛のない犬8
フォルとハスラの戻りが遅い……自分は様子を見に行く事を先生に進言した。
フォルの戦闘能力なら、大抵の敵と相対しても問題は無い。
だが、何なのだろう……彼女は何かと不測の事態に巻き込まれやすい。
それこそ、女神の呪いなのではと……いや、この考えはいかんな。
先生は心配無用だと拒んだが、粘り強く説得して、重い腰を上げさせた。
探索ポイントまで行けば、先生ならフォルの気配を読み取れる。
先生の飛行具に同乗する形で、廻る予定だったポイントを目指す。
先生の操縦は安定して安心感がある、フォルは少しフラ付き、速度も出すので同乗は控えている。
飛行具での移動は早い、程無くして最初のポイントに到着するも、先生によると気配無し。
二つ目も同様だった、フォル達の姿は無い、胸騒ぎがする。
そして問題の三つ目……自分は二人が見当たらない事に落胆したが、先生が異変に気付いた。
「妙だな……フォルの気配がする」
先生は、訝し気に呟いた。
「姿が見えないようですが?」
先生は黙り込むと、視線を先に移した。
「この先は……崖か」
飛行具をゆっくりと崖の下に移動させると、横穴を発見する。
そのまま中に移動し、ゆっくりと進む……中は空間が広がっていた。
自然洞窟のようだが、壁や天井が所々発光している。
「なんだ、ここは? 中は魔力が充満している、まるでダンジョンだな」
先生が、緊張した声で呟く。
なるほど、地下迷宮、ダンジョンと同じ状態なのか。
あれ等は古代文明人が残した遺物で、内部には明かりが有り、空気も循環している。
魔物が自然発生する為、それらから採れる魔石や、ダンジョン内部で生成される物質が魔法素材として活用されている。
古代人はどういった理由でそれらを作ったのかは諸説あるのだが……。
自分は立ち入った事は無いが、ここはダンジョンの内部のようであると……。
なるほど、ダンジョンとは魔力が充満しているのか。
おなじみ謎ワードだ、だが今は考えるよりもフォル達の捜索が優先だ。
すぐに発見された、困った顔をするフォルから避けるようにして、ハスラが岩陰に隠れている。
「何をしているのだ?」
心配して来てみれば……呆れてフォルに話し掛ける。
「わたしの戦闘見たら怖がっちゃって……」
戦闘? わざわざこんな場所に来て……やはり厄介ごとに巻き込まれていたか。
「いいから君は、獣人化を解け」
フォルは目つきと牙が威圧感を与えていることに気付いていない。
足元には子供が手足を縛りあげられ、エビ反りにされて転がされている。
激しく藻掻いているが顔は無表情で、その不気味さから普通の子供では無い事が伺える。
「あちこちに子供の骨が転がってるな。ここは一体……」
先生が辺りを廻っている。
人骨? なぜそんなものが……。
自分はハスラを宥めて岩陰から連れ出すと、二人から事情を聴取した。
曰く、薬草探索中に。不可思議な地下洞窟を発見。
確認に赴いたら、内部は魔力が充満する場所だった
多数の人骨が放置されており、全て子供の物である事から、ここを訪れた犠牲者では無く、何かの実験の為に集められたと推測。
再生能力を有する子供の姿をしたモノに遭遇し、攻撃を受けた。
安全を確保する為に、排除しようとしたら増殖した。
ハスラが再生を妨害する魔術を行使して、排除を完了した。
フォルの戦闘を目撃したハスラが、脅えて隠れてしまった
そこに我々が駆け付けた……との事だった。
縛り上げられ、足元に転がる無表情でもがいている子供、無機質で不気味ではあるが、にわかには信じがたい話だ。
フォルが目を細めて自分をじっと見て来る。
「信じて無いでしょ?」
そう言ったかと思うと、彼女は子供の後ろ手に縛られた腕から親指を握りしめると、勢いを付けてねじ切った!
なっ! いきなり何を……と思ったのもつかの間、フォルは子供の親指を自分の目の前に差し出して来る。
掌の上のソレは結晶化して崩れ落ち、子供の手からその指が復元された。
論より証拠……という訳か、それにしても心臓に悪い。
先生が顎にこぶしを当てながら、ハスラに視線を移す。
「それにしても、魔力を帯びた洞窟の力を借りて復元する変なヤツの、その復元を阻害する魔術……そんな限定的な使い方しか出来ない魔術をどこで覚えたんだ?」
先生の言葉に、フォルが身を乗り出した。
「そうだよ! さっさと使ってくれれば、もっと楽に戦えたんだよ」
ハスラは、フォルの剣幕に狼狽える。
「ごめんなさい! 即興で作った魔術なんです……」
この娘、目尻に涙を浮かべながら、とんでもない事を言い出したぞ。
「其方は、始めて来た特殊な環境の場所で、初めて目にした敵を相手に、即興で阻害魔術を作ったと言うのか?」
自分が問い掛けると、ハスラは戸惑いがちに顔を伏せる。
「探知魔術の応用で……索敵で飛ばす波動を変質させて、魔力の吸収を阻害するようにしてみました」
先生は頭を掻きながら、呆れ返った顔をする。
「してみましたって……君ねぇ」
自分も、呆れて物も言えん気持ちだ。
「其方は……オーリン殿の弟子でなければ、神殿魔導師科に有無を言わさず推薦する所だ」
フォルが、小首を傾げた。
「ハスラが使った魔術って、そんなにスゴイの?」
魔術が使えない獣人族の彼女にとっては、当然の疑問と言えるか……。
「魔術における術式というのは、前提を考案して言語から効果を模索しながら構築するのだ。簡単に言えば、そうだな……こういう魔術を使いたいと考え、それに言葉を合わせ、効果を見ながら調整していく感じか」
「ふーん?」
うむ、これは理解していない時のフォルだ。
先生が腕を組み、フォルに声を掛ける。
「アレだ。天ぷらに例えるなら、いきなりレシピ通り作っても旨く出来んだろ。何度も失敗を重ねて、いろいろ試して見て、初めて上手く揚げられるようになる」
フォルは納得したと言わんばかりに首を縦に振る……また天ぷらか……。
先生は腰に手を当てると、深いため息を付いた。
「しかし困ったモンを見つけてくれたな。破棄された人体実験場とは……」
やはり、望ましくない状況のようだ、自分は先生に率直な疑問を投げ掛ける。
「ここに散らばっている子供の骨は古い物です。何十年か昔に集めたのでしょうが、先生には関連した事件などを何かご存じないですか?」
これだけの数、恐らく誘拐などで集められたはずだ。
「グランディル公国で子供の誘拐騒ぎなんて聞いた事も無いな、まったく……まだら服の笛吹き男じゃあるまいし」
まだら服の男とは何かの例えか? まあ、この事件とは関係なさそうだ。
先生がご存じ無いとなると……。
「モナーク辺境伯領の者達でしょうか、ここは国境付近にほど近いですし」
自分の言葉に、先生は眉をひそめ肩をすくめた。
「かもなぁ、あそこは隠ぺい体質だしな……に、しても困ったねえ、問題は位置だな」
やはり、先生もお気付きのようだ。
「どうしますか? かといってこのまま見て見ぬ振りは出来ぬでしょう」
「公爵に知らせるのはモチロンだが……一応、神殿騎士団にも報告は入れておいた方がいいだろ、騎士団総長と大神官には口止めしとくよ。彼等には職務上、中央に報告の義務があるけど、今回はおれの意を汲んで黙っててくれるだろ」
自分も中央神殿の者だが、事が事だ、不本意だが仕方が無い。
「冒険者ギルドは……巻き込まな方が無難ですね」
情報を伝える組織は、絞った方が良いだろう。
「あの……」
ハスラが声を上げる。
「隠すのですか? これは、大事件です……大罪ですよ!」
ハスラの発言に、フォルは目を丸くした。
「どういう事?」
ハスラとフォルには理解出来ないのか……で、あるなら納得行かぬだろう。
「其方達の疑問は最もだが、問題はこの場所だ」
二人とも合点が行かぬという顔をしている。
「ここは境界線内だが、グランディルでは無いのだ。そしてモナークでも無い」
ハスラとフォルは、お互いの顔を見合わせる。
先生が。後ろから二人の肩を抱く。
「ここは亡国の領地内なんだよ。つまり、グランディルだけの問題じゃ無いんだ」
そう……今、自分達が立っているこの場所は、大厄災の時に滅んだ国の領地だ。
フォルとハスラは、まだ理解が出来てないといった表情を浮かべている。
「グランディル公国内なら、公表しても他国の干渉無しに調査出来るが、この場所はヴァーサターム王国……それもモナーク辺境伯領から横槍が入る恐れがある」
自分の説明に、ハスラは納得がが行かない様子だ。
「で、でも、それではこれだけの大罪を見逃すのですか? 何も言ってこない可能性だって……」
彼女は分かっていないのか? 自分はぐっとハスラを見据えた。
「行われていた実験は恐らく呪術だ、しかも規模からして個人レベルでは無かろう。モナーク領が関わっていたとしたら?」
ハスラがハッとした表情を浮かべた。
彼女にとって畑違いとは言え、呪術は禁止されていて、研究すらご法度である事は知っているはずだ。
もしモナーク領が主導していたら、厄介な事になるのは間違いない。
先生は腕を組んで、考えるそぶりを見せる。
「正直、隠ぺいだってまずいだろうよ。だけど、おれは抱えたくない案件だし、君達も巻き込まれるかもしれん。それなら、グランディル公爵に丸投げしちまった方が良いだろ……」
今回の件に関しては先生に同意だ、特に自分はヴァーサターム王国人だ、何かあれば実家の侯爵家にも塁が及ぶかもしれない。
禁呪を定めたのは神殿だ。
第一発見者の二人は、大賢者の弟子で獣人のフォル、伝説の調合師オーリン・ハスキングの弟子のハスラと来ている。
二人とも神殿に縁が有る、遠ざけておくに越した事は無い。
不本意ではあるが、グランディル公国に問題を任せてしまった方が良い。
自分は足元で藻掻いている、縛り上げられた子供に視線を移す。
「これは、どうします?」
先生は困惑して、頭を掻く。
「呪術の産物となると、捨て置けんだろ。当然、処分だ!」
崖の上に移動すると、先生は手の平を子供に向け、衝撃波のよなものを放った。
瞬間、子供は粉々に吹き飛ぶと服の残骸だけを残して消えてしまった。
洞窟内の魔力が及ばない為か、子供は復元する事は無かった。
先生は胸元の前に右手の平をかざし、目を閉じた。
「……ウソグーガーコンジュウモンピー……」
何やら小声で唱え始めた、呪文か?
「……シーヤクノウイサエコグイサ…」
まったく意味が分からない言葉を延々と唱えている、何かの儀式だろうか?
大体、五分位だっただろうか、先生は呟きを止め薄く目を開くと、その表情には厳かさが漂っていた。
詠唱だったのか? だが唱え終えても何も起きる気配は無い。
そして、先生が何をしていたのか理解出来ず、立ち竦んでいるフォルとハスラに視線を移した。
「昔、この辺は切雪草の群生地だったんだが、見付からなかったなかったか?」
「いえ、洞窟に気を取られて……」
先生に即され、ハスラは地表感知の術を行使する。
と、目を見開いた。
「見付けた……ありました‼ 東、四二度、距離二六五七米!」
東に二粁か……そこは魔界、瘴気が人類の入踏を阻む領域だ。
瘴気の浸食に耐える訓練をしていたフォルには、造作も無い。
飛行具で現場に向かうフォルを見送りながら、今後の展開に一抹の不安を禁じ得なかった。
薬草探しが、まさかの呪術の実験場跡の発見とは……。
フォルよ……頼むからもう余計な物は見付けないでくれ。
毎週日曜日と水曜日、お昼12時に投稿しています。




