毛のない犬6
自分が冒険者ギルドから戻った時に、フォルとハスラの姿は無かった。
それまでは昼には戻っていたが、今日は長引いているのか。
フォルとハスラの薬草探索は、今日で五日目に入った、なかなか難航しているようである。
自分はと言えば、冒険者ランクがスタンダードに昇格してからは、ギルドに顔を出すのは週に一、二度となった。
ギルドでの仕事は、それほど無いのでフォル達を手伝ってやりたい所だ。
だが今は、自分の事で手一杯なのだ。
準賢者昇進試験に、励む事になってしまった。
リーブ師匠から来年、受験の推薦をすると言われたのだ。
齢十六……自分としては時期尚早と思えるのだが、師匠は早い方が良いとお考えらしい。
だが……。
「何故、こんなに覚える事が多いのだ……」
リビングで過去問題に挑みながら、つい愚痴が口を付く。
準賢者昇格には筆記試験と論文、面接を経て、全てで合格点を獲得する必要がある。
この筆記試験が曲者だ、それは自分の専門外の分野にまで、広範囲に及ぶ。
記憶は苦手では無いが……範囲が、尋常では無い。
「誰だ、こんな問題を作ったのは? 正気の沙汰とは思えん」
「すまん……」
先生が頭を掻きながら、申し訳なさそうな顔をしている。
「先生?」
「おれも、監修に参加してる……その、苦労を掛けるな」
やれやれ……先生の弱った顔を見て、すっかり毒気を抜かれてしまった。
「いえ……自分の力不足です」
先生は向かいのソファーに腰を下ろすと、腕を背もたれに掛けた。
「に、してもリーブさんも無茶言うねえ、普通はもっと経験を積ませてから準賢者に推薦するものなのに。まだ十代の、自分の弟子を推薦するなんてな、立場もあるだろうに」
そう……師匠は賢者筆頭。若い自分を推薦をしたのに不合格となったら……。
そのお顔に、泥を塗るどころの騒ぎでは無い。
「師匠は、何をお考えなのでしょうか……」
正直、自分には重圧が強すぎる。
「君がもっと自由に動けるように……って配慮かねえ? ソレと……ゴメン、おれのせいかも」
「先生の?……と、言いますと?」
「学院研究生が大賢者とつるんでるのを、良く思わないヤカラがいるだろ? 君が準賢者なら研究目的って名目で、大義名分が経つだろ」
少し想像してみる、研究生である現在、大賢者様の元にいる自分の姿と、準賢者昇格後のそれを。
「……何も、変わらんでしょう」
「おれも、そう思うけどね。でも邪推するヤカラもいるって事だ、それに……」
先生は表情を曇らせ、いったん言葉を区切る。
「君の研究対象だ。獣人の歴史研究……中央神殿では心証が悪かろう?」
「知った事では、ありませんよ。学術とは開かれているべきでしょう」
先生は肩を竦めた。
「まあ、その位の威勢の方が賢者らしいのかもな。保身に走って理念を投げ出すようなヤツには、向かない仕事だ。で、地下書庫の資料は読み進めてるんだろ、君の心象は?」
地下書庫の資料……統合戦争。
かつて、獣人が神殿と敵対したとされるが、その内容は伝えられている話とは真逆と言える。
「資料は、神殿に都合に良く、書かれてます。なのに当時の神殿が、獣人を恐れていたのが隠しきれてませんね」
資料など、改ざんされるのが当たり前だ、なのに獣人族の猛攻が、脅威が、伝わって来る。
「当時の人々にとって、獣人は恐怖の象徴であったようですね。以前、公国の騎士が言ってましたよ、獣人の戦闘部隊と戦う事を想像すると背筋が凍ると」
厄災襲来時、グランディル城でフォルが魅せた戦闘能力。
それを間近で目撃した、公国騎士の素直な感想。
そして自分が持つ、兼ねてからの疑問。
「フォルは今、十三歳です。それでいてあの戦闘能力、もはや頭打ち……という事は無いのですか?」
フォルはまだ子供のように見えるが、トイ族は小柄な種族だ。
もう身体はそれほど成長しないだろう……だから戦闘能力も、成長の伸びしろは既に無いのでは?
だが、先生は首を振る。
「以前にも話したようにフォルは天才で古代兵器、それに加えてトイ族は獣人族最強だ。あの程度で収まる訳が無いだろ。しかもおれが仕込んでるんだ、千年前の統合戦争の時の獣人より、はるかに強くなる」
まだまだ、伸びると言うのか?
「そうだな、おれの元で五年……つまりは後四年もすれば。フォルは人類の手に負えなくなる」
これはまた、大きく出たな……先生はソファーから腰を上げるとダイニングに向かうとコーヒを入れる。
「いいかい? 例えば、国家間の戦争においても、その戦術は魔術が主軸だ。魔術師達のソレは勿論、騎士らが使う身体強化術も然りだ」
先生は自分の前にコーヒーを置くと再び腰を下ろした。
「有難うございます。ですが、獣人族は魔術を使えませんよ?」
「使えないのは君達が言う所の魔術だ、現にフォルは大量の魔力を有していて、それを活用してるだろ?」
自分は腕を組むと、少し考えを廻らす。
「鋭敏な耳と鼻、強靭な筋力、高い反射速度。それに加え、先生がフォルに教えた、魔力を活用した武の技、『豪甲』とそれを活用した『石槌』。先生が一角獣戦で使った『破杭貫』も教えたのでしょう?」
『豪甲』は魔力で身体の一部を硬化させる技、『石槌』はそれを利用して刃物を突き立てる技、『破杭貫』は魔物の硬い皮膚を突き破る技だ。
これらの技が、フォルの戦いの幅を広げたのは事実だ。
「そして一撃必殺の『石穿』、習得に手間取ってはいますが」
先生はコーヒーで喉を潤すと、呟くように口を開く。
「軍事力が魔術頼みである以上、それを必要とせずに戦える獣人のフォルには勝てなくなる。多勢とはいえ、将来的には東の神殿の騎士と魔術師が総出で掛かっても、フォル一人に勝てなくなる」
「獣人も魔術を行使出来ないだけで、魔力を使ってる訳でしょ、条件的には変わらないのでは?」
「魔力の使い方が違う、獣人のソレは実に自然に使えるんだ、それに……」
先生はコーヒーを口に含み、間を置いた。
「獣人には、その先が有るように思える」
「それは一体……?」
「さあ~て……おれもそれを見てみたい」
また、思わせぶりな……。
「ここ最近、おれの周辺にずば抜けた才能を持つ若者が複数現れたのも、本当に偶然なのかねえ」
先生はフォル以外の人物を言っている。
「アドレーですか?」
「彼女は正直、化けたね。今後の精進次第では達人の域に達するかもしれん。おれにとっては君とフォルだけでも驚きなんだが、そこにハスラも現れたって訳だ」
自分も含まれるのか? 正直、先生は買いかぶり過ぎだ、それは、ともかく……。
「先生は随分ハスラに協力的でしたね?」
「ああ、自発的に魔界を探検する為の薬を作ろうってんだ、力も貸したくなるさ。君だってそうだろ?」
先生とフォルは、瘴気渦巻く魔界の地でも活動出来る。
自分はその事実に焦燥感を抱いていた、何か取り残されたような感情……。
人類の入踏を阻むその土地に入れる、二人の方が逸脱しているのだが、そうと分かっていても歯痒い。
「おれは前に、フォルに話したんだ。いつか一緒に魔界を探検しようって」
先生は自分に、真っ直ぐとした視線を向けた。
「ハスラの薬が完成すれば、君も探索メンバーに入れられる」
先生はそんな事を考えていらしたのか……。
「それも……先生ご自身は、主導なさらないのですね」
「おれは、あくまでも裏方よ。ハスラが開発した薬で、君達賢者とフォル達獣人が、魔界の謎を解き明かしてくれるのなら、おれは小屋で寝ながら果報を待つさ」
先生が動けば事は早いはずだ……だがそうは、なさらなかった。
グランディルはその民が守れ……その言葉と同様に、この地の事はその民に委ねるべき……そういう事なのだろう。
で、あるなら……もう一つの計画を勧めなければならない。
準賢者昇格試験を控えているというのに、相変らずやる事が多い。
「自分も準備を進めないとですね。スナフ導師にご相談したい事があったのですが、あのお方もフィールド・ワークに出られたままで、お会い出来なくて……」
スナフ導師とは、賢者としては珍しい、トロル族出身のお方だ。
先生は、呆気に取られたような顔をした。
「最近は中央の学院には顔を出していないのかい? あの人の専門は農学だぜ、真冬の今なら学院に戻ってるぞ? おれが請われて転移陣で送ってやったから」
「そうなのですか?」
先生は腕を組む。
「技術指導で学院から離れていたんだ、今頃はやることも少ないからな。にしても君の用って何だ? 農学に興味があるのかい?」
自分はかぶりを振った。
「トロル族が使う『闇魔術』の事が知りたいのです」
先生が目を丸くする。
「闇属性はヒト族はほとんど発現しないだろ。何か考えてるのかい?」
「ええ、まだ仮説ですが……。明日にでも中央神殿に足を運んでみます」
自分がフォルの隣に立てる術、藁にもすがる思いだが実現すれば……。
先生は窓の外に目を移した。
「明日ね……にしてもフォル達は少し遅いね、何かあったのかな?」
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