毛のない犬4
わたしは、はにかんでるハスラはほっといて、マシィにコーヒーを入れる。
「マシィは、カンゲシってどんな草か知ってる?」
「亜高山帯に自生する多年草だな、ハスラが探知した座標はソレか?」
おお、知ってるんだ、さすがマシィ。
「君にあげたポケット図鑑に載ってただろ。この辺りにも自生してたのか」
「あの……」
ハスラは、おずおずとした様子で口を開く。
「多分、この辺りでは少ないのだと思います、探知結果でもまばらでしたし。だから境界様は、それを指定したのだと……」
マシィを前に、更に声が小さくなってる。
わたしはコーヒーを運ぶと、マシィの隣、ハスラの対面のソファーに腰を下ろした。
マシィはわたしが置いたコーヒーに口を付ける、あんな苦いモノを砂糖もミルクも無しによく飲めるなあ。
「それで、其方の能力が予想以上に高かったから確認に出て行かれたのか。探知魔術は、その対象を熟知しているほど精度が上がる。其方の植物の知識と鍛錬の賜物という訳だな」
マシィの言葉に、ハスラは目をぎゅっとつぶって俯いている。
「ハスラも其方も調合師を目指しているのか? オーリン殿の弟子という事はそうい事だろ」
「ですが、私は庶民なので……」
「オーリン殿の亡くなったご主人も平民からの叩き上げだ、優秀であれば神殿所属の調合師の道は開ける。精進次第だが、其方なら出来るだろう」
ハスラはもじもじしてる、マシィは話を続けた。
「オーリン殿の元で学んでいるのだったな。自分は魔法薬の作成は門外漢なのだが、作成者によって効果に差が生じるのが不思議に感じているのだ。薬草などの材料を原液に浸して術を施す単純な物なのに、何故あれほど違うものが出来るのか?」
そういう物なのか、わたし達獣人族は魔術が使えないので、サッパリ分からない。
「まるで天ぷらみたいだね、アレも食材に衣を付けて揚げるだけなのに、腕の差が出るし」
と、わたし。
「薬によって原液の調合は調整しますし、使用する薬草も最適な形に加工します、これには経験と勘が必要なのです」
と、ハスラ。
「天ぷらもお店は綿実油ってやつ使うらしいけど、家では食用油と胡麻油のブレンドだね。お茄子とか硬いお野菜は切り込みを入れるみたいな感じかな?」
と、わたし。
「素材を原液に浸けて置く時間とかで、かなり変わってしまいます」
と、ハスラ。
「衣は冷やしておく、みたいな?」
と、わたし。
「最も効果的に薬効を発揮出来る、最適のタイミングで術を行使するのは、技術が必要なのです」
と、ハスラ。
「分かる! 揚げ時間って重要だよね」
と、わたし。
「それに調合師の魔力や性格もファクターになります。私が師匠と全く同じ作り方をしても出来上がるのは別物になるのです」
と、ハスラ。
「わたしと先生が同じ素材と油で揚げても、同じ味にならないんだよな……」
と、わたしが呟くと、マシィは何やら怖い顔でわたしを見る。
「フォルは、少し黙っててくれ」
なんかイライラしてる……。
マシィは深呼吸をすると、改めてハスラに向き合った。
「境界線付近で採れた野草の性質は、どうやって見極めるのだ?」
ハスラは少し考えて、口を開いた。
「植物に触れ、精神性を感じるのです、瘴気は精神世界のソレを含有していて」
「集合的無意識か? それを感じ取ると……」
「生命的嗜好性の含有量は個体によって相違があります。また稀に死的嗜好性も存在して……」
何やら難しい話になって来た、わたしにはチンプンカンプンだ。
その言葉に、わたしは眠気に襲われる。
ウトウトしていると、ドアのバン! と開く音で、睡魔が吹き飛ぶ……いや少し眠ってたかな?
イスに掛けたまま振り向くと、先生が息を切らして立っていた。
「ご歓談中、失礼!」
マシィも先生に顔を向けると、涼しい顔で話し掛ける。
「どうでしたか?」
「大した物だ、距離は群生している部分のちょうど真ん中あたりだったよ、全部がドンピシャだ」
先生は飛行具で回って全てのポイントを回って確認して来たんだ、距離はどうやって測ったんだろう?
ハスラは壁側の長ソファー、わたしとマシィは玄関側の一人用ソファーに腰を掛けている。
先生はわたし達の後ろに立ち、ソファーに体重を預けると、真っ直ぐとハスラを見つめた。
「君の探知距離は、有効実行数字一桁米なのは確認した。その精度での探知距離は?」
先生の勢いに、ハスラは驚いて目を丸くしたまま口を開く。
「気温や高度などファクターによって変動しますが、大体三から四粁程です」
「恐るべき距離だな……では、精度を下げた場合の探知距離は?」
「一〇粁位です」
「呪文からして君は土属性だな、では地中、鉱物の探知は可能か?」
「ご存じと思いますが、地中は魔素に阻害されるので高精度なら五〇〇米位、下げた場合は二粁が限界です。鉱物は生物と違い探知基準が論理的曖昧なので原則として不可能です」
ハスラは落ち着かない感じで答えるが、先生はわたしとマシィの頭の間からグッと身を乗り出した。
「精度を下げた場合、どんな不具合が起きる?」
「えっと……索敵目標がに位置にブレが生じて、正確さが低下します。小さな目標は拾い切れません」
ハスラの答えに、先生はソファーの背もたれの上で肘を抱える。
「まあ、そうなるか……では、魔物や動物は感知は出来るか? 植物と比べてどうだ?」
「個体の大きさによりますが、大きな物なら離れてても拾い易いです。特に魔物は、魔力を有している分、拾い易いです」
「乙種なら四粁位は探れるか?」
ハスラは静かに頷いた。
先生はぐっと押し黙る。
「アドレーと組ませたら、遠距離攻撃が可能になるかもしれん」
と先生。
「彼女に、貫通力の高い術を習得させれば使えるかもしれませんね。遠距離からなら詠唱時間を長くしても反撃は受けませんから」
マシィも話に乗る、魔術は詠唱時間を長くするほど、効果を高く出来るらしい。
先生は頷いて見せると、再びハスラに目線を移す。
「君のアンダーとトップバストのサイズとカップ数は?」
「六十四珊と七〇……」
そこでハスラは慌てて口を押さえた、先生は目を細める。
「見た所、カップはCからDだな、とするとトップは……」
ハスラは俯いて、固まってしまった。
「フォル……」
マシィがわたしに目配せすると、軽くうなずいて席を立つ。
わたしは先生の後ろに回ると、その左腕を後ろに取り、右腕を首に回してグッと力を込めた。
「ガッ……」
マトモに極まった、余りの痛みに声も上げられない状態でそれが分かる。
チキンウィング・フェイスロック。
これがこの技の名前である。
腕の逆関節と首を同時に極める関節技だ。
この技は取り押さえるとよりも苦痛を与えるのに適している。
見た目は地味だがとても痛い、声を上げられないほど痛い。
わたしが獣人の腕力で締め上げているのである、脱出も不可能だ。
悶絶する先生を、マシィは真っ直ぐと目線を合わせる。
「先生、今のは看過出来ません、相手は年頃の女性なのですよ」
先生は開いている方の右手でわたしの締め上げてる腕をぱんぱんと叩く。
何か言いたいらしい、少し力を緩める。
「彼女は一三歳にして、アレだけの物を持ってるんだぞ、あと五年、いや三年もすればそれは見事な……グゲ……」
ハスラはすっかり脅えている、それを見てわたしは再び力を込める。
「わたしなら、幾らでも見せてあげますよ」
「お前の薄い物見てどうする? フッフールもだが、お前らはふくよかさが足りないんだ。おれに必要なのは、豊満な……ガ!」
わたしは静かに力を込めた。
「どうする? 折っちゃおうか」
マシィは首を横に振る。
「そこまでせんで良い」
マシィは先生に顔をぐっと近付けた。
「自分が聞きたいのは、そんな言葉ではありませんよ。この後どうすれば良いのか、お分かりですね?」
わたしが拘束を外して開放すると、先生は正座した状態で体を折り、床に額を擦り付けて、ハスラに平謝りをしたのだった。
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