毛のない犬3
わたしが獣人だと知ると、ハスラはオーリンおばさんの後ろに隠れてしまった。
「コレ! 失礼だろ……怖くないから」
オーリンおばさんは呆れ返って、溜め息を吐く。
「本当ですか? 噛みませんか?」
ハスラはおばさんのローブを掴み、震えながら訪ねる。
「どうなんだい? フォル」
おばさんが、わたしに話を振って来た。
「お望みなら」
わたしは口を獣化して、ハスラに向かって牙を剥いた。
あらら……わたしの牙を見たら、ハスラは顔を引きつらせて更に隠れてしまった。
「その物騒なモノを、さっさとしまいな!」
おばさんに怒れてしまった、場を和ますための冗談のつもりが裏目に出た。
「この子の村、ベルメ村の近くに獣人達が住み着いてね」
まさか、その獣人達が村に悪さを働いてるの?
「誰か噛まれたの?」
獣人の牙は危険だ、わたしでも牛の骨くらい粉々に噛み砕ける。
もし獣人が村の人達に迷惑を掛けているのなら、わたしが同族として何とかしなければ。
だが、ハスラは首を横に振った。
「獣人さん達が村に交代で常駐するようになって、魔物から守ってくれてるんです。ベルメ村は境界線に近いから」
ん、どういう事?
「魔物と戦ってる時の、獣人さんが……」
ああ、その時の戦いっぷりを見て怖くなっちゃったか。
オーリンおばさんが、ハスラを厳しい目でみつめた。
「獣人族は温厚な者が多いんだ、むやみに怖がるもんじゃ無いよ」
おばさんが窘めてくれた、わたしに対する態度を改めろという事だろう。
「そこで、フォルに頼みたいことがあるんだ」
そこってどこだろう? おばさんはわたしに微笑みかけて来た。
「この子はちょっと変な研究しててね、あんたの力を借りたいんだ」
研究? 彼女、わたしと同い年なのにスゴイ事してた。
「瘴気の浸食を打ち消す魔法薬を研究してるんです。私の村は稀に瘴気症になる人がいて、調査したんですが……」
え? 調査?
「恐らく境界線近くにあるせいで弱まる時に、共鳴して森の瘴気が活性化すると仮説を立てました」
カセツ? 境界線のこちら側でも瘴気は少なからず存在するけど、ヒト族はソレを認識出来ない。
森や山岳の深い所に、瘴気だまりは出来る、そういった場所に魔物がいるのはその為だ。
ハスラの村では境界線の影響で、浅い部分でも人体に影響するレベルの瘴気だまりが出来るって事か。
「体調を崩しても、数日で回復するので薬品などは不要なのですが、私は瘴気を浄化する薬を作ろうと思ったんです」
さっきまでオドオドしてたのに、何だか良く喋るね。
好きな事にはどっぷりってタイプかな?
「それで、瘴気を計測する魔道具を開発して……」
カイハツ?
その後も、いろいろ話をしてくれてるけど、全く理解が出来ないぞ。
「……行き詰まってたんですが、古い文献に、瘴気症の作成に使われてた野草の記述があって……」
おっと、夕飯の事を考えてたら聞き逃してしまった、まあいいか。
ハスラは自信なさげに小さい声で、長々と話しをしている。
いつ終わるのかねえ?
「驚いたかい、この子は天才なんだ」
わたしはうん、うんと首を縦に振った。
ハスラは手の平をこちらに向けて、首を横に振った。
「そんな……わたしなんて師匠に比べたら、まだまだです」
いやいや、オーリンおばさんは伝説の調合師だよ?
わたしはオドオドしたハスラに顔を向ける。
「同い年だし敬語はいらないよ、わたしはハスラって呼ぶから、フォルでいいよ」
ハスラに対して前置きをする。
「で、その薬草を探してるのね? どんな草なの?」
「切雪草って名前の草みたいです、高山植物だけど瘴気の影響を受けて変質したモノが欲しいんですが……」
敬語は変えるつもりはないらしい、こういう喋り方をする子なのかな?
「つまり、生えてるとしたら魔界寄りの場所って事だね。でも、わたしは知らない草だね」
わたしは、オーリンおばさんを見る、何か知らないかな?
「あたしもグランディルでは見たこと無いねえ、境界さんに聞いて見たらどうだい?」
うーん、先生なら知ってるかな?
と、いう訳でハスラを連れ城下に東にある転移陣を使い、山小屋に戻る。
ハスラは、ずっと落ち着かない感じだったが、わたしの足に付いて来ていた。
村育ちらしいから、足腰は丈夫なのかな?
一瞬で山の上に着く転移陣に驚いてたけど、説明も面倒なのでそのまま小屋に入る。
玄関をくぐると先生は翻訳のお仕事を済ませ、ちょうど厨房で下ごしらえをしている最中だった。
グラタン皿が用意して用意してあるけど、お米を使うのか。
今日は寒いし、今夜はドリアかな?
わたしとハスラを見て、先生が鋭く目を細めた。
「一人分、増えるか?」
……下ごしらえをお手伝いしながら、先生に事の次第を話した。
先生は下ごしらえを済ませ、リビングに待たせているハスラの向かいのソファーに座る。
「初めましてハスラさん。どうも、大賢者っていうケチな者です」
先生が変な自己紹介をする、訳してた本に影響されたのかな?
「この人が! し、失礼しました……」
まあ初対面なら驚くよね……先生は見た目は子供だし、とぼけた顔だし、身の丈もハスラとほとんど変わらない。
しかも初対面が夕飯の仕込みだもんね、エライ人には見えないよ。
「で、切雪草だったね、随分前から見掛けなくなったな。需要も無いし、気にして無かったけど」
「ジュヨウ……ってどういう事ですか?」
わたしは先生に訪ねる。
「欲しがるヤツがいないんだ、大厄災の時は命の危険がある位に瘴気に侵される……なんて事は良くあったが、境界線が出来てからはそんな事も少なくなったしな」
ハスラはしょんぼりとして俯いてしまった、多分予想していたのだろう。
でも、『随分前から見掛けなく』って事は、昔は有ったんだよね?
「以前はどこに生えてたんですか?」
わたしが訪ねると先生は背もたれに体を預け、天井を見ながらいろいろ思い出している様子だ。
「グランディル領内のカイル山脈なら、南部の森林限界あたりに群生してたかな」
この小屋の付近だね、確かに見た事無いな。
「何で見掛けなくなったんですか?」
単刀直入に、先生に聞いて見る。
「さあな。植生が変わったか、境界線が出来て風向きとか気温に変化が起きたのかねえ」
先生にも分からないのか……無理っぽいな。
「そこに連れて行ってください!」
ハスラが身を乗り出す、この子、大きい声も出せるんだ。
先生もハスラの突然の大声に驚いている。
「落ち着きなって、君は何でそんなモノ研究してるのさ。今どき瘴気症にやられる奴なんていないだろ?」
「山の向こうに行きたいんです」
山? それって境界線の向こうって事?
彼女は境界線付近の村の出身だって言ってたから、山と言えば境界線があるここ、カイル山脈だろう。
先生は鋭い目でハスラを見る。
「君は魔界に行きたいのか? その為に瘴気に対抗できる薬を作りたいと?」
「雲を掴むような話ですが……」
先生は腕を組んで考え込んだ。
「だが、探したところで見つかる物でも無いんだぜ。何年もこの山を見て回ってるおれが見かけた事が無いって言ってるんだ」
「私、探知魔術が使えます、すごく練習しました」
「ほう。じゃあ、この小屋付近に生えてる、カンゲシが群生している場所を言い当ててみな?」
ハスラはすくっと立ち上がると、胸の前で祈るように両手を組み、目を閉じた。
「豊穣なる尊き橙色、大地にすだく、あまたに摘め拾え、示せ」
呪文だ、わたしには何を言ってるのかさっぱりわからない。
呪文の文言を聞き取れば、その相手がどんな魔術を使おうとしているのかが分かるので、対処し易くなるぞ、ってマシィには言われたけど。
覚えるのは苦手だし、殴っちゃった方が絶対早い。
「北をゼロで固定……二一度、八三二米……四二度、一五六九米……九八度、四六七米《メートル》……一〇二度、四五九米……二〇二度、七七米……二三三度、三二七六米……二八一度、二四〇一米」
ハスラは、すらすらと座標だろう場所の位置をまくし立てた。
先生は背筋を伸ばして腕を組んだまま……薄い笑みを浮かべている。
微動だにしないな……固まってる?
と、先生は膝をポンと叩いた。
「あい分かった、ちょっと待っててくれ」
そう言うと先生は、勢いよく立ち上がると外に飛び出して行った。
キーンとう甲高い音が聞こえて来る、飛行具を使ってどこかに行っちゃた?
「驚いたな」
マシィがリビングに現れた。
「探知魔術なんて、周辺を索敵をするモノなのだが、其方はかなり遠距離まで正確に把握出来るのだな。フォル、こちらのご婦人は?」
マシィはわざわざ私に聞いて来る。
確か、貴族が先に名乗る訳にはいかないから、わたしに話を振って相手に先に自己紹介をさせるんだけ?
面倒だな……。
それを察したようで、ハスラはいきなり立ち上がる。
「わ……私はハスラと申します、と、歳は一三歳、オーリン・ハスキングの弟子でベルメ村出身です」
「そうか、オーリン殿の……ご丁寧な自己紹介、痛み入る。自分は、大賢者の助手、中央神殿、学院所属、研究生、ライルラック侯爵家、三子ルースの四子、マシィと申す」
マシィは先生が座ってた場所に腰を下ろすと、顎に手を当てた。
「其方の魔術の技量、見事なものだな。それだけでもオーリン殿に見いだされただけの事はある」
「……有難うございます」
ハスラは小さい声でそう言うとソファーに腰を下ろし、俯いてしまった。
人見知りかな? 先生の時とは反応が違う。
えらい貴族だからかと思ったけど、大賢者の方が上だしなあ。
顔が真っ赤だ、ああ、なるほどね。
マシィはハンサムだからなあ……その上、家柄も良くて頭も良い。
最近は背も伸びて、男らしくなって来たし。
年頃の女の子は緊張するよね。
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