毛のない犬2
「さむーーーい!」
わたしは凍えながら毛布にくるまり、大声で叫んだ。
声に出した所で暖かくなる訳ではない、分かってはいるが叫ばずにはいられない。
山歩き中に急な吹雪に見舞われ、避難小屋にこもって三日、いや四日だろうか?
備え付けの薪は使い尽くし、暖房具で寒さをしのいでいる状態だ。
携帯食も、節約しながら食べてたけど残り僅か。
飲み水には困らないのが幸いだ。
溶かした雪をろ過して、煮沸して飲む。
それにしても、これだけ家を空ければ、先生が探しに来てくれると思ったのに……。
この吹雪の中ではさすがに先生でも無理なのか、なんせ一米先も真っ白で何も見えない。
無理して動き回るのは危険だ、風が強くて獣人ご自慢の耳と鼻が利かない。
体力を温存するべきだろう、わたしは毛布の中で体を小さくして、寒さに耐える。
寒い! 寒い! 寒い、寒い……。
去年は何日も吹雪が続く事なんてなかったのに……。
いつまで続くのだろうか……。
……。
いつの間にか眠ってしまっていた。
頭がぼーっとする、少し熱っぽい、風を引いたか。
携帯食のフレークバーを一本食べ、横になる。
ドアの方で、ドン、ドン、っと音がする。
何かが当たってるのか……。
ドン、ドン、ドン……。
風の音と何かが叩く音がうるさい、何が当たっているのだろう?
調べる気力もわかない。
「……ねえ……開けて」
……え?
「開けて……」
人の声、誰か来た?
か細い少女の声……声変わりして無い少年かもしれない。
大変だ、遭難したんだ、入れてあげなきゃ。
わたしは跳び起きるとドアに走り出そうとする。
そこで立ち止まった。
待って、もう何日も吹雪が続いてるのに、誰がここまで来られるのか?
声からして子供だ、そんな事は有り得ない。
匂いは吹雪のせいで判別出来ない。
わたしは気配を探る。
何も感じない?
体調が悪いせいか、それとも精神状態が。
わたしは固まった、何? 何が起きてる?
ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
突然、ドアが激しくノックされる。
「開けて、開けて、開けて!」
わたしは恐怖で戦慄した。
床に置いておいたベルトを腰に巻くと、いつでもナイフを抜けるよう、柄に手を掛ける。
「カギは掛けていません、自分で入って来てください!」
わたしはドアに向かって叫ぶ。
何者だ? 魔物か……魔物が喋る?
そもそも、魔力を感じない、魔物ならそれが有るはずだ。
待ち構えるも、ドアが開く気配は無い。
何故か入って来ない、来られないのか?
声も音もしなくなった、ただ風の音だけが激しく唸っている。
行ったのか?
わたしはホッとして床にへたり込んだ。
右手にナイフを抜くとジッとその刃先を見詰める。
良かった、訳が分からない物と戦わずに済んだ。
その時、わたしの耳元で声がした。
「そんなの、利かないよ」
わたしの意識は、そこで途切れた。
……気が付くと、わたしは床に倒れていた。
窓の隙間から日の光が差している。
「先生?」
先生が膝を付いて、わたしの顔を覗き込んで来る。
「起きたか、お前の事だから大丈夫だとは思ったが、念のため見に来たんだ」
わたしは起き上がり、横滑り出し窓を開けると空は晴れ渡っていた。
「なんだ、たった一晩で薪を使い果たしちまったのか?」
え?
一晩?……先生は何を言ってるの。
「しかも携帯食もほとんど食っちまったのか。吹雪は長引く事も有るから節約しなきゃダメだろ」
わたしの頭は真っ白になった。
先生の飛行具に乗り、帰路に着く。
リビングのソファーでぐったりしているとフッフールがホットレモネードを作ってくれた。
一口飲み、レモンの爽やかな酸味とハチミツの優しい甘さで、ようやくホッとする。
先生達に何日も吹雪が続いた事、よく分からない物が訪ねて来た事を話すと、夢でも見たのだろうと言われた……。
この反応は、予想はしてたけど。
わたしと向かい合う形でソファーに座る先生が、頭に手を当てる。
「聞いたような怪談話だな」
「怪談、ですか?」
ダイニングからマシィがそう溢した。
先生がコーヒに口を付けると、口を開く。
「怪談って言うのは民話や伝承などの怪異的な内容の話を差す。民俗学の研究分野の一つでもある。そういったモノだから類型化出来る内容も多いんだ。雪山に怪談話は付き物だ」
「と、言いますと?」
マシィが身を乗り出す、学問の分野と聞いて興味を持ったみたい。
……わたしにはチンプンカンプンだ。
「炭鉱とかダンジョンみたいな命の危険があるような場所に、漠然とした不安の理由を不可思議な話を添付するんだ。山は人間に畏敬の念などをもたらす象徴の一つだ、雪はその脚色に拍車を掛ける。ただでさえ雪山登山は神経をすり減らすからな。疲労や緊張感に恐怖が作用して、幻聴や幻覚を生みやすい環境が出来上がるって訳だ」
「わたしのもそうだって事ですか?」
わたしは苛立たしげに抗議する。
「そうですよ、体力自慢で思慮が浅いフォルが、緊張と疲労で幻覚を見るなんてありえません」
ん? マシィってば、わたしの事バカにしてる?
先生は手の平を上に向け、肩を竦めた。
「フォルは寒いのが苦手に加え、吹雪でご自慢の耳と鼻が効かなくなった。獣人にとって、心中穏やかでは無いだろ?」
確かに……感覚が使えないのは不安だった。
マシィは、顎に手を当てて考える。
「でもたった一日ですよ。一晩、夢にうなされると言うのならともかく、数日分の薪も食糧も使い切っていた……物理的に辻褄が合いません」
「まるで化かされていたみたいだよな」
先生も腕を組んで考え込む、マシィは何かを思いついたのかわたしを見る。
「アンデッド、死人系の魔物の可能性は? レイスやゴーストでは無いのか?」
マシィの話に、先生は手を胸の前で振った。
「あれらは喋らんだろ、それに魔物だったらフォルなら気配を感知出来る」
先生が反論する、わたしも同感だ。
弱っていても気配、魔力は感知出来る。
やっぱり、幻覚だったのかなあ……。
先生はわたしの顔を見ると、薄い笑みを浮かべる。
「考えても仕方無いんじゃない? せっかくならドアに手形がべったりってオチが欲しかったかな」
それはそれで怖い。
先生の提案でわたしは大事を取って、山歩きを一週間お休みする事になった。
その間は先生が山歩きに行って、代わりにわたしがハスキング薬品店に素材を届けに行く形となった。
冬場は採取できる野草が大幅に減ので、素材を届ける機会も少なくなる。
予定外の来店にでオーリンおばさんに驚かれたが、事情を話すと真剣な顔をして話を聞いてくれた。
「大変な目にあったねえ……境界さんも、こき使いすぎだよ。強いって言ってもまだ一三歳の娘さんだってのに」
あれ? 労わってくれてる? そいえば家の三人は誰も気遣ってくれなかったなあ。
オーリンおばさんは繁々と、わたしの顔を見つめた。
「で……その、みょうちくりんな物は、さっきの話と関係あるのかい?」
わたしが身に付けている、耳当てとマスクの事を言ってるんだろうな。
耳を塞ぐカバーが付いたカチューシャと、香水を染み込ませたカップ状の物で鼻と口が覆われている。
聴力と嗅覚を、制限する為だ。
先生によれば、獣人は感覚に頼り過ぎ、という事だが。
わたしはこくりと頷くと、オーリンおばさんは腕を組んで納得したよな顔をした。
「それで、効果はあったのかい?」
「だいぶ慣れましたが、最初の頃はかなり不安でした」
耳と鼻が使えない事が、こんなに不便だとは。
ヒト族もこんな感じなんだろうか? 大変だな。
「お師匠、伝票の確認をお願いします」
勝手口のドアが開き、ひとが入って来た。
女の子だ、わたしと同じくらいだろうか?
おばさんの事、師匠って呼んだね?
「お弟子さんが、いたんですか?」
「あたしが以前、滞在してた村の子でね」
可愛らしい少女だ、ちょっと垢抜けて無い所があって、美人という訳では無いが、目鼻立ちは整っている。
童顔で目は大きいが、控え目な顔立ちだ、髪色も良く見かける茶色、セミロングを三つ編みにしているのでより地味さが引き立つ。
「お客様がいらしたんですね、私、出直した方が……」
少女はおどおどしているがおばさんはその肩を抱えてわたしの前に押し出す。
「自己紹介なさい」
相手はわたしのような小娘なのに、少女は緊張した面持ちだ。
「オーリン・ハスキング様の弟子のハスラです……」
「フォルと同じ一三歳だ」
おばさんが付け足す、わたしと同い年か
次はわたしの番か。
「大賢者様の弟子のフォルと言います」
「大賢者……境界様!」
少女、ハスラはかなり驚いている、先生はやっぱりすごいんだな。
隠さない方がいいな、わたしはマスクと耳当てを外す。
オーリンおばさんのお弟子さんなら、今後も接点があるかもしれない。
「ちなみに獣人です」
「獣人! さん……」
わたしの正体を知ると、ハスラは驚く……と突然震え出した。
もしかして怖がってる? 嫌われる事はあったけど、これは初めての反応だな。
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