闘犬10
翌日、わたし達は普通の生活に戻った。
今日は先生とわたしの二人で、中断していた分の山歩きを消化する事となった。
わたしが午後過ぎに戻ると、リビングで先生がモナーク組と何か話をしていた。
今後の身の振り方を相談しているらしい。
わたしは作り置きのサンドイッチで襲い昼食を済ませると、鍛錬の為に庭に出た。
『石穿』……この技が使えていても一角には勝てなかっただろう、だが戦いようはあったはずだ。
小屋の庭にて、いつもの訓練に励む。
わたしは気に巻き付けた座布団にこぶしを添えると、集中を始める。
魔力を限界まで溜め込んで……。
放つ!
……座布団に変化は無い。
……また失敗した。
「やはり、魔力が漏れるか」
マシィが、腕を組んで背後に立っていた、ずっと見られていたのは気付いてた。
わたしはがっくりと肩を落とす。
「打つ瞬間、こぶしに意識を集中すると、どうしてもね」
マシィは考えるように、顎に手を置く。
「自分は、君のその説明から、液体のような物を想像していたのだが。魔力枯渇の時、君からそれを流し込まれただろ、あれは液体とも個体とも違う、別物だと感じた」
「魔力の流れは、分かるようになった?」
「そんな簡単な物では無いよ」
マシィは目を細め、肩を竦めた。
「じゃあ、もう一回試して見る?」
わたしは唇に指を当てて、彼を見つめる。
「バカ者、あれは緊急措置だ。むやみにやってはイカン」
あっさり却下されてしまった、お堅いなあ。
「それで、思い付いたのだが……魔力が液体のような物で無いのなら、圧縮出来るのではないか? 以前、バケツに例えて上手くいっただろ。そこに落し蓋のような物でグッと押し込む想像をしてみろ」
落し蓋をバケツに……待てよ、落し蓋って木で出来ていて、料理の荷崩れを防いだり味を染み込ませる為に使うものだよね、スキマ有るし……いや、バケツに落し蓋って……。
いやいや、そんな事はどうでもいい、都合良くぴったりの蓋でバケツに詰め込んだ魔力を閉じ込めるイメージををする。
いつもと感覚が違う、今までより魔力を多く詰め込めてる感じがする。
詰め込んで落し蓋、詰め込んで落し蓋、詰め込んで落し蓋、詰め込んで……。
!
限界まで詰め込んで技を放った。
が……。
不発だった。
「タイミング良く蓋を開けられなかった!」
溜めた魔力が体中に散ってしまった、失敗だ!
マシィが心配そうな顔で見つめている。
「でも何かを掴めた、練習すれば何とか出来そうだよ」
わたしは笑顔で返した。
「あの時、この技が使えてればね……」
わたしは一角との戦いを思い出す……石穿さえ修得してれば、効かないまでも、何かが出来たかもしれない。
「フォル、あの時の事だが」
マシィが怖い顔をしている。
「君はあの時、自身は死んで、自分を逃がそうとしたな。二度とするな」
マシィ、気付いていたんだ。
「約束しろ、出来ないと言うなら、今から君とは赤の他人だ、二度と口を利かん」
真剣な顔で随分子供っぽい事を言う。
「わかった。約束する」
そんなマシィにわたしは即答した。
わたしはバカだ。
彼は優しい人だと分かっていたのに。
マシィをを護ってわたしが死んだら……彼の心が死んでいただろう。
それでは無意味だ。
わたしが強くならなければ、強くなって……生きて彼を護れるように。
わたしは初めて、誰かの為に強くなろうと思った。
わたしはマシィが大好きだ、他人になんてなりたくない。
***
それから二日が過ぎ、神殿騎士団から先生宛に折り紙が届いた。
また呼び出しらしい、進展があったのかな?
わたしが山歩きから戻ると、先生は帰って来てた。
リビングとダイニングには壁が無い。
リビングにはモナークの冒険者三人、ダイニングは先生とマシィが自分の席に座っている。
わたしもダイニングの自分の席に座ると、フッフールがみんなにお茶を配膳して席に着いた。
先生が立ち上がる。
「関係者はそろったな、では話を始めるぞ」
どうやら、わたしの帰りを待っていたようだ、先生は軽く咳払いをした。
「今回の特種出現騒動だが、誤報であったという事で片が付いた。モナーク辺境伯は病床にあり情報伝達に支障があった、と説明があった。ヴァーサターム王国の王立審議会からはモナーク辺境伯領には厳重注意、辺境伯の補佐官の解任が命じられた。冒険者ギルドに出された一角獣の討伐依頼は特種では無かった事により実質無効となった。だが中央神殿騎士団に討伐完了報告があった事を加味し、予定されていた報酬と同額の違約金を払うよう冒険者ギルドに命じた、以上だ」
場が静まり返った。
「……それだけなんですか?」
マシィが震える声で呟いた。
「それだけですか! 何の処分もされていないでは無いですか!」
マシィが目を見開いて、先生を睨み付けた。
「辺境伯としての勤めも果たしていないどころか、自領の民まで被害が及んでいるのですよ! 壊滅した村もあるのです、何人も亡くなって……」
その言葉でわたしは、気付いてしまった。
ああ、やっぱり……マシィは優しい。
「犠牲者なんて出て無いんだよ」
わたしはマシィに語り掛ける。
「だって、辺境伯領騎士団は出なかったんでしょ?」
マシィは息を飲んだ、理解してくれたかな。
犠牲になったのは平民だけだ。
マシィ怒りで顔を真っ赤にして、は勢いよく立ち上がると、玄関に向かう。
先生が立ち塞がり、手を広げて進路をたった。
「待ちなよ、どこに行く気だ」
「中央神殿の騎士団です、転移陣をお借りします」
「どの立場でだ? 神殿学院研究員のとしてか? それともライルラック侯爵家の貴族か?」
マシィが言葉に詰まっている。
「君なら分かるだろ、今回の決定は国王も承認しているんだ。それに異を唱えるのは、王国貴族として忠義に反する行為だぜ。それに君は成人した貴族と認められているんだ。ライルラック侯爵家は、モナーク辺境伯領に野心有りと見做されるかもしれない。当家は神殿学院所属の君を使って、神殿騎士団に働きかけたと見られる可能性がある」
「クッ!」
マシィは悔しそうに顔を歪ませ、自室に走り込んでいってしまった。
空間に静寂が広がる、なんか気まずい。
先生は玄関のドアに寄り掛かると、溜め息を付いた。
「ちょっと早いが晩飯にするか。フォル、あとでマシィの部屋に持っていってやれ」
「良いお方なのですね……貴族なのに」
タレットさんが呟く……そうだ、マシィはモナーク辺境伯領の貴族達とは違う、一緒にしないでほしい。
その後、先生とわたしで手際良く調理を済ませると、マシィの部屋に向かう。
「お夕飯、持ってきたよ」
マシィはベッドの上で、頭の後ろに手を組んで横になっていた。
「みっともない所を見せてしまったな」
わたしは紙の包みを、彼の顔の前に差し出す。
マシィは受け取ると、身を起こして不思議そうにソレをじっと見つめた。
「開けても?」
わたしが頷くと、マシィは包みを開いた。
「刺繍入りのハンカチ? この花はハシドイ……」
四隅にハシドイの花の刺繍をあしらったハンカチだ。
「スタンダード・ランク昇格祝いと、お誕生日のプレゼントだよ。マシィ、一六歳のお誕生日、おめでとう」
わたしは少しはにかみながら説明をすると、マシィは優しく微笑んだ。
「実家にも何本か植えられてるよ、春に花を付けるのだ。いつか、君にも見せてやりたい」
わたしは腰に手を当てると、笑みを返した。
「わたし獣人だよ、お貴族様のお家に入れてくれるの?」
「もちろんだ、家族に紹介するよ」
そんな日が来るのかは疑わしいが、わたしの心は弾む。
「ちゃんと使ってよね」
「バカを言うな、大事に保管するつもりだ」
「もう……幾らでも縫ってあげるから」
そんな大層な物じゃないよ、使って貰った方が嬉しい。
「ではもう一枚、縫ってくれ。そちらを使おう」
それじゃあプレゼントの価値が無くなっちゃうよ。
わたし達は顔を見合わせると、お互いに笑い合った。
「餓犬」の章はこれにて終了です。次回より新章「毛のない犬」をスタートです。
ここまで読んでくださって感謝です。
挿絵を描いてみました、手書きです。
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