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大賢者は何もしない ~面倒事は弟子と助手に任せる~  作者: エビテン


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闘犬8

わたし達は犠牲者の埋葬を終えると、そのまま帰路に着く運びとなった。

「一角の遺骸はあのままで良いのですか?」

タレットさんがマシィに訪ねる。

「この後、到着する騎士団に任せる、特種出現の報告が上がっている以上、検証が必要だからな」

本来ならわたし達も残って、騎士団に説明しないとだけど。

この場にいる四人、モナーク辺境伯領の魔術師の女性、カリナさんは魔力を使い果たしている、マシィも同じだ。

わたしと、剣士のタレットさんが守りながら帰る事になる。

わたしはもう、くたくただ……丙種クラスの魔物相手なら戦えるけど、早く帰りたい。

荷物をまとめると出発する、みんな無言のままだ。

強敵、一角との勝利は、何の感情の高ぶりも無かった。

それは、わたしだけでは無いのだろう。

魔物と遭遇する事も無く、無事に山小屋に辿り着く。

少し迂回する形になったが、マシィがフッフールから教わった、安全で楽な登山路を使ったのが幸いした。

カリナさんも魔術師なのになかなかの健脚だ、エキスパート・ランクは伊達じゃないって事か

魔物に遭遇すること無く小屋が見えて来る、日が落ちる前に帰れた事にほっとする。

「おかえり! もうすぐ飯が出来るぞ。湯を沸かしておいたから先に風呂に入れ」

先生が出迎えてくれた、死ぬほどの大怪我したのに何故か一番元気だ。

「カリナ、無事だったか!」

昨日、担ぎ込まれて気を失った魔術師のおじさんが駆け寄って来る。

すっかり元気になったようだ。

「コルサ、あなたも……でも、他のみんなは……」

カリナさんが顔を曇らせて俯いてしまった。

あの恐ろしい魔物を相手に三人が生存、犠牲者は四人で済んだ。

被害はマシな方……だが当事者にとっては、そんな風には割り切れない。

わたしはいたたまれずに、その場を離れた。

川に水浴びに行こう、気温はまだ高い。

着替えと洗面用具を部屋に取りに行くと、川に向かった。

岩場に魔道具の虫除けを置いて服を脱ぐ。

泥と汗でかなり汚れていて、あちこち破けている。

何とか生き残れた、死を覚悟した、恐ろしく強かった。

勝てたのは先生とマシィのおかげだ、わたしは弱い……それを痛感した。

少し強くなったからって、いい気になっていたのかもしれない。

生存者を探しに行こうなんて……わたしは危うく、マシィを死なせてしまう所だった。

もっと強くならないと、何も護れない。

川の水をなるべく汚さないよう、石鹸は最小限にする。

擦り傷だらけの体に沁みる。

水に浸かって、少し落ち着いた感じがした。

水浴び……そういえば、あの人は何物だったんだろう。

川で出会った、女の人。

明らかに普通の人では無かった、魔物でも無い異質な何か。

でもあんな話、マシィ達に話しても信じてはくれないだろうな。

黙っていよう。

藪の方からガサっと物音が聞こえた、あの女の人じゃないよね。

この気配は……彼も水浴びに来たんだな。

「マシィ!」

わたしは彼に向かって手を振った。

マシィはわたしに気付くと、驚いて引き返そうとする。

いや、帰らなくてもいいでしょ、彼がいる岩場に跳躍して手を掴む。

「ちょっと、待ってよ」

「バカ者……そんな恰好で」

マシィが顔を逸らす、そういえば裸だった。

まあいい。

「汗を流しに来たんでしょ、そっちの岩陰に入りなよ」

マシィは視線を逸らし、困った顔をしながら溜め息を付いた。

「分かったから、川に戻ってくれ」

そう言って、岩場に降りて行った。

「絶対に、こちらには来るな」

行く訳が無い、何を言ってるのやら。

「そういえばモナーク領の冒険者さん達なんだけど、なんか装備がみすぼらしいような……」

わたしはマシィに素直な疑問を聞いてみた、すぐに返答が帰って来る。

「グランディルが異常なのだ。冒険者は所詮は平民、あの領は貧しいから尚更だ」

「なんでグランディルとモナークってそんなに差が有るの? 同じ境界線に面した場所なのに……」

「グランディル公国は境界線創成後、英雄カーク・グランディルが当時のヴァーサターム王国より爵位を授けられて、領地として与えられた土地なのだ。当時は大厄災で大地は荒野と化し、とても貧しい土地だったと聞く」

「昔はヴァーサターム王国だったんだ」

「そうだ、カーク・グランディルが境界線の効果が薄いこの土地を、護る為に所望したと言われている」

そうなのか、大厄災を戦い抜いた後も、自分から大変な仕事を申し出るなんて。

……偉い人だったんだな。

前にアドレーが、グランディルの民が四〇〇年この土地を守り続けて来たって言ってたのは、そういう事か。

「初代グランディル卿の功績は大きい。彼が活躍の場を広げれば、なおも武勲を立てて、豊かで大きな土地を収める王にも成れた……だが得たのはこの、ちっぽけな僻地だ。だが英雄はこの地の民と共に、この地を豊かにしていったのだ……それなのにモナークは」

マシィの声に険しさが混じって来る。

「モナーク領は、境界線から侵入してくる魔物から得られる魔石の利益と、王国からの補助金に甘えて、領内の開発を怠ったのだ。重税で搾取し、貴族共はのうのうと暮している。そのくせ、グランディル公国の発展を妬んでいる、処置無しだ」

「お貴族様なんてそんな物でしょ」

「爵位というのはお飾りでは無いのだ。役目を果たす義務がある。我がライルラック公爵領は穀倉地帯だ。王国の食糧庫として、その努力を怠った事は無い」

「それは、マシィが幸せだからだよ、あなたは恵まれてたから……」

彼の優しさは、生きて来た場所のおかげだろう。

「一族は皆、誇りを持って取り組んでいるのだ!」

マシィがいきなり岩陰から飛び出して来た。

「たとえ君でも、その発言は許さんぞ!」

学者さんなのに体が引き締まってるな、少し細いかな?

「ごりっぱさんが丸見えだよ」

彼は我に返ると、慌てて首まで水に沈めて後ろを向く、こんな可愛らしい反応を見たのは、初めてかもしれないな。

「マシィはどれくらい泳げるようになった? ここで競争しよっか」

「また今度な……話の続きは先生を交えてしよう。君と二人で話すと、調子が狂う」

マシイが押し黙る、何か考えてるのかと思っていると、こちらに話し掛けて来る。

「先生……今更だが不思議なお方だよな……何でも出来るのに、こんな僻地に籠って表舞台には立とうとしない。まるで初代グランディル卿のように……」

「やっぱり先生って、スゴい人だよね……一角に胸を貫かれた時、死んじゃったと思ったのに……その後もケロッとしてて、おれは不死身なんだぜ、って」

「先生が、そんな事を言ったのか?」

マシィが素っ頓狂な声を上げた、そしてまた押し黙ってしまったかと思うと、やがて話を始める。

「まあ今はモナークの件が先だ、あの地がどうなっているのか……自分も伺いたい事がある」

モナーク辺境伯領は、ここに来る前にわたしがいた場所だ。

嫌な思い出でも多いが、知りたい事も沢山ある。

どうしてグランディルとモナークでこんなに違うのか?

「どうしてだと思う?」

夕食後、先生にマシィと話した事を聞いてみたら、逆に聞かれてしまった。

モナーク冒険者組にはリビングで食事をとってもらった。

先生の作ったロールキャベツは、鶏がらスープで煮込んだ易しい味付けに、野菜の甘さと豚肉の濃厚さを引き立たせ、食欲を掻き立てた。

モナーク組の皆さんのお口に合ったようで、あっという間に平らげてしまった。

彼らには二階で休んでもらうという事になり、食後はすぐさま上がって行ってしまった。

疲れているのだろう。

そして、わたしとマシィが水浴びをしていた時の話をすると、先生に質問を返されたという訳だ。

「何故、グランディルとモナークにこれだけの差があると思う? はい、マシィ君答えて」

「え……と、政策の違いでしょうか」

マシィはドギマギして答えると、先生は挑発的な顔をする。

「具体的には?」

「産業や農耕技術の開発に、資金を出していないからです」

マシィが答えると、先生はウインクをしながら肩を竦める。

「違うな、双方の決定的な差、それは『意識』だ」

意味が分からない……わたしの頭で、話について行けるだろうか。

そんな心配をしているわたしに、先生はちらっと視線を向けたがすぐにマシィに戻す。

「君はライルラック侯爵領の識字率は知ってるかい」

「六割ほどです、我が領では光の日に集会所で学校を開いて、学力の向上に努めています」

先生は腕を組んだ。

「グランディルでは九割以上だ、風の日から土の日まで集会所で午前中に学校を開いている」

マシィは俯いてしまった。

「それが分からんのです。生活困窮者は、子供に学ぶ暇があるのなら働かせています。我が領とグランディルは一体何が違うのでしょう?」

「おれの故郷は昔、酷く貧しかったんだ」

先生の目が遠くを見つめる。

「おれの父は貧乏な農村の生まれで、五粁(キロ)先の学校まで通い、帰ったら鎌をもって三粁(キロ)先の林にウマのまぐさを刈りにいかされたそうだ」

先生が自分の家族の話をしてる、これは初めてだ。

「母は町育ちでな、子供の頃は物資不足で、家族の為に市場を走り回ってたって言ってたよ、もちろん学校に通ってた。俺の故郷では学校に通うのは『あたりまえ』の事だったんだ」

マシィは押し黙ると、考えをまとめたのか口を開く。

「それが『意識』ですか」

「そうだ。おれの故郷では、誰でも読み書きを覚える事が『当たり前』だったんだ。生活が苦しくても、親が出来る事は子にも学ばせる。グランディルでは、その『当たり前』を長い時を掛けて定着させたんだ」

先生はコーヒーで喉を潤す。

「学べば意識は次に向かう。グランディル初代公爵は民に、成長を促したんだ。そして民たちは、この国を誇れるようになる」

先生の話に、マシィは皮肉めいた笑みを浮かべた。

「この地は辺境なのに農耕も産業も、それに交易も発達してますね。それは東の神殿の影響では無いのですか?」

「逆だ、初代公爵の志があってこそだよ」

なんだろう? 先生は、英雄カークの話をする時はいつも優しい、それでいて寂しそうな顔をする。

カーク・グランディルってどんな人だったんだろう? なんだか不思議な感じがする。


毎週日曜日と水曜日、お昼12時に投稿しています。

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