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大賢者は何もしない ~面倒事は弟子と助手に任せる~  作者: エビテン


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闘犬7

わたしは一角が完全に動かなくなったのを確認すると、その体から滑り降りた。

達成感も高揚感も無い……只々疲れた。

戦いの緊張が解け、左膝と右手が疼き出す。

骨が砕けてるんだ、青黒くなって腫れて来ている。

膝が動かず、つんのめると先生が駆け寄って来て支えてくれた。

先生の胸に頭が当たる。

わたしの目の前に、先生の胸元があった。

服に、大きな穴が開いていて、血の跡が滲んでいた。

だけどその下の裸の胸には傷一つ無い。

上手く急所はそれたのだろうか? それで一命を取り留めて、自分に回復魔術を掛けた?

「頑張ったな」

先生の言葉に、わたしの心の中のタガが外れた。

意思に反して、涙が席を切ったように激しく溢れ出し、頬を伝う。

先生が、優しく微笑む。

「強くなったくせに、泣き虫は相変わらずか?」

「死んじゃったかと思ったー!!」

「おれは不死身なんだぜ……」

先生は頭を優しく撫でてくれた。

みんな無事だ、本当に……良かった!

みんな……そうだ、マシィは?

わたしはマシィの姿を見つけると、先生から離れた。

足を引きずりながら、うずくまっているマシィの元に向かう。

マシィの傍に、二つの人影が見える。

一人はタレットさんだ、地面にへたり込んでいる、待ってろって言ったのに。

だけど剣を持ってきてくれたのは助かった、それでチャラかな。

もう一人は生存者の魔術師の女性だ、地味な感じだが可愛らしい人だ。

彼女はタレットさんの背中を抱きしめていた、なるほど、そういう間柄か。

タレットさんが取り乱してた理由が分かった、だけど人に剣を向けるのはダメだ。

体を横たえうずくまっているマシィの頭の下に背嚢を敷き、服を緩める。

「……フォ、ル……ヤッた、のか?……」

顔色が真っ白で目も虚ろだ。

わたしは安心させようと笑顔を作る。

「仕留めた、マシィが頑張ってくれたおかげだよ」

「さ、すが……フォル、だ……」

マシィは苦しそうに笑みを溢す、呼吸が浅い。

昨日の魔術師さんと同じだ。

魔力枯渇。

あれほどの魔物を相手に、強力な術を立て続けに使ったのだ。

かなり無理をしたのだろう、

時間が立てば、回復するのだろうか?

仕方ないよね、マシィに嫌われちゃうかもしれない、だけど、放っておけない……。

「鼻で息をして」

わたしはそう語りかけると、彼の唇に自分のそれを重ねた。

ここから魔力を流し……あれ? どうやるの!

「舌と舌を合わせて、先端からゆっくり送り込むんだ、慎重にな」

先生が膝を付いて座ると、アドバイスをくれた。

そうだ、急に魔力を流したら反発してマシィを傷つけてしまう。

ゆっくり、ゆっくり、丁寧に。

身体硬化術の習得で、魔力の繊細な操作が出来るようになった。

先生が頭を掻きながら、マシィに顔を近付けた。

「君も無茶するねぇ、まだ厄災の時の事、引きずってるのかい?」

マシィが首をかすかに動かした、厄災の時って何かあったのかな?

そんな中、わたしが怪我をした手と膝から痛みがスーッと引いて行った。

先生が治癒魔術を掛けてくれたみたい。

その後、先生はそそくさと一角の方に歩いて行ってしまった、素材回収に向かったのだろう。

少しずつしか魔力を送り込めないんだな、枯渇状態から回復させるのが精々だ。

これは使い勝手が悪い、常用は出来ない、魔力回復薬を使った方が早い。

うちはみんな、魔力が強いから常備してない、今後は備えておくべきかも。

さて、どのくらい送り込めばいいんだろう?

わたしはゆっくりと唇を離すと、様子を確認する。

マシィの顔には赤みが差し、落ち着てる……良かった。

許可も取らずに、勝手な事をしてしまった、怒ってるかな?

「ごめん……」

「救命措置だろ、礼を言う。ずいぶん楽になった」

わたしはホッとする、でも意識されてない事に何かモヤっとした。

真面目な人だから、取り乱すかと思ったのに!

マシィは横になったまま、虚ろな目で胡坐をかいて俯いているタレットさんを見る。

「君達はどうする? 領主の依頼に失敗したのだ、おめおめと帰れぬであろう?」

タレットさんは肩を落とした。

「冒険者ランクの降格……だけではすまんでしょうな。だが帰りますよ、俺にも、カリナにも、家族がいます」

この魔術師さん、カリナさんていうのか。

「処分は大丈夫だと思うぜ」

先生が袋をを抱えて歩み寄って来た、素材回収は済んだらしい。

「モナーク辺境伯名義の依頼はあくまでも『特種討伐』だろ。そんな物はいなかったんだから、依頼は無効だ」

「先生、それはいけません。偽証すると言うのですか?」

マシィの主張は最もだ、これほど大事になって、人もたくさん死んでいる、ウソを通すのは無理がある。

先生は袋をまさぐると、大きな青色の、三〇珊(サンチ)はある魔石を取り出した。

「魔石の大きさが足りない、あれは甲種の魔物だ」

うそ……あんなに手ごわくて、みんな殺され掛けたのに?

「成り損ないだ、本物の特種だったら、全く歯が立たずに全員やられてたよ」

特種ってそんなに強いの? みんなで必死に闘ってやっと勝てたのに……。

先生がわたしを凝視する。

「特種は災害認定が常だ、あの程度のヤツにソレが必要だと思うか?」

先生の言う通りだ。

わたしが弱かった……それだけなのだ。

「という訳だ、タレットさんだっけ? おれはグランディル側にはそう報告する。そこからヴァーサターム王国の王城と神殿騎士団に伝わる筈だ。アンタらに咎(とが)は及ばんと思う」

先生は荷物を差し出す。

「あんたらにやるよ、特種では無かったとはいえ、その成り損ないから採取した素材だ、ひと財産ですよ」

タレットさんは首を横に振る。

「俺達に受け取る権利は無い、あいつは、一角を仕留めたのはそこの獣人だろ」

「じゃあ、あんた達は受け取らなくていい、仲間の遺族に分けてやってください」

タレットさんは唖然としたが、顔を伏せ肩を震わせる。

その足元には涙が落ち、地面に染み込んでいった。

先生は地面に膝を付けて腰を下ろすと、タレットさんの目線に高さを合わせる。

「モナーク領内では買い叩かれるかもしれない。おれが口を利くから、グランディル城下で換金するといいです」

魔術師のお姉さん、カリナさんはタレットさんの肩を抱き、先生に伏せがちに視線を向ける。

「有難うございます、本当に……でも、宜しいのですか?」

「おれは割と金持ちなんですよ」

先生はわたし達の方に顔を向けた。

「二人とも、すまなかった。ちゃんと危険性を説明して、待機してるように言うべきだったな。おれの言葉っ足らずのせいで世話を掛けさせて待って、ごめんな」

先生に謝られてしまった、勝手な行動をして怒られると思ってたのに……。

「おれは先に戻るよ、各所に報告をせにゃイカンし、騎士団にここに来るよう、折り紙も飛ばす、君達はどうする?」

マシィは首を先生に向けた、見た感じ、だいぶ回復してる。

「自分達は犠牲者を埋葬してから戻ります。彼等を、あのままにはして置けません」

そうだね、ちゃんと弔ってあげないと。

先生の飛行具を見て、目を丸くしているモナークの二人を他所に、わたしは落としたナイフを回収しに行く。

アスナ工房って所の高価なものらしい、失くしちゃダメだ。

一角から大剣を取り出し、鍔を付け直してタレットさんに手渡した。

「もう、わたしに向けちゃダメですよ」

ばつが悪そうに受け取るタレットさんが、ちょっと面白かった。

そして……カリナさんに、もう一人の犠牲者の元に案内してもらう。

わたしとマシィの背嚢から、折り畳み式のシャベルを取り出す。

マシィには休んでいてもらい、タレットさんと共に四人の遺体を埋める為の穴を掘る。

タレットさんは無言で、夢中になって地面にシャベルを突き刺す。

考えないようにしているのだろう。

この辺りはオオカミが出没する、掘り返されないように深く掘る必要がある。

彼の仲間たちが、安心して眠れるように……。


毎週日曜日と水曜日、お昼12時に投稿しています。

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