餓犬3
剣士さんに先導され、わたし達は原生林を南に進む。
山を下ると、なだらかな場所に出た。
こういった場所は危険だ、魔物にとっても襲撃しやすい地形である。
ここに来るまでに、大ネズミと甲虫と遭遇した。
大ネズミは大型犬ほどの大きさのネズミの魔獣、甲虫とは全長五〇珊ほど、カナブンとガムシを足して二で割ったような形で、強靭な顎を持つ。
マシィの魔術の助けもあって、楽に仕留められた。
さすが……冒険者ギルドで重宝されてるだけはあるね。
それにしても……ここまで大型の魔物の気配は無し。
何かおかしい、大きいだけに遠距離でもわたしの探索網に引っかかる筈……隠れているのだろうか?
「ねえ、マシィ。『特種』ってどういう魔物なの?」
「なんだ、先生に教わらなかったのか?」
マシィはポカンとしてる。
「難しい言葉が多くて……イデンシ、シンカ? とかセーシンセカイ? なんだっけ」
わたしの返答すると、マシィはため息を付いた。
「あのお方の専門分野だからな、君には内容が難しいか……まあいい、掻い摘んで話そう」
わたしは微笑みで返す。
「魔物というのは疑似的な生命体、要するに生物を真似ている、これは分かるな?」
動物と魔物は違う物だって位、わたしの頭でも分かる。
うんうんと首を縦に振る。
「生物というのは、その親から特徴……持ち味みたいな物を受け継いで生まれるのだ。親の親、親の親の親と引き継がれて行く。だがそれは生活する場所に合わせて、少しずつ変わっていく。結果として、より強い生物になっていくのだ。例えば、寒い場所なら太って体温を保ち、肉食獣から逃げる為に足を速くしたり、などだな。進化によって適応力を向上させるのだ」
『テキオーリョクのコウジョウ』は、先生からも聞いたけどさっぱりだった……さすがマシィだ、分かり易い。
「一方、魔物は瘴気から生まれる。瘴気が生物を真似て魔物を作る。生物はそうだな……例えば熟練した料理人は知識と経験で料理を作るが、瘴気はレシピのみを見て料理を作るような感じか……。故に、稀にだがソレを読み間違い、おかしな物が出来上がる事がある」
わたしが料理好きだから、それに例えてくれた、これも分かり易い。
「そうやって生まれたのが特種だ。失敗した料理を捨てるように、そうした魔物は生まれる前に分解される。乙種以下はそうなるが、甲種は強い生命力で生き残るものもいる」
マシィは肩をすくめた。
「我らにとっては迷惑な話だ。可笑しな生まれ方をして、強い生命力で生き残ったからこそ、強靭で変わった性質を持つ個体となり、我らの前に立ち塞がる」
そうやって誕生した魔物は、より脅威になる、と……そんな物には出会いたく無いな。
随分歩いたけど、まだ大型の魔物の気配は無い。
「フォル、気配を探ってくれ」
マシィの指示に従い、わたしは感覚を研ぎ澄ます。
魔物は獲物の魔力を追跡する、大型の魔物、甲種クラスは獲物を捕捉すると執拗に追跡するが、捕捉までの過程が雑らしい。
大きいからこそ、小さな『餌』には目をくれない、つまり個人で動いている内は発見され難い。
だから、敵に捕捉される前に発見し、身を隠せばやり過ごせる。
遮蔽物を利用して、魔力の発信源を小さく出来るという訳だ。
わたしや先生のように気配を消さなくても、見付け難くすればいい。
マシィが同行してくれたのも、わたしのこの能力があるからだろう。
「周囲に敵影無し。大丈夫だよ」
マシィに報告すると、軽くうなずいて返す。
「少し休憩しよう、いいなタレット」
剣士さんはタレットって名前なのか。
彼は武器以外の荷物は持っていない、逃げる時に捨てて来たのだろう。
わたしは木の幹にもたれ掛って腰を下ろしているタレットさんに、予備の水筒を差し出す。
じろりとわたしを睨み、手に取ろうとはしない……困ったな、水分は補給してくれないと。
「飲め、我らが困るのだ。貴様を置いて戻っても良いのだぞ?」
マシィの言葉に、タレットさんは水筒をひったくると、乱暴な態度で口に運ぶ。
やっぱり、喉は乾いていたんだ。
わたしはタレットさんの向かい側に、離れて座っているマシィの隣に腰を下ろした。
なんかマシィは、怖い顔をしてタレットさんを睨んでる。
居心地が悪いな、何か話しかけないと……。
「おかしいよね? 大型の魔物が侵入したのなら、人里に向かうと思うんだけど」
体が大きいからこそ、人が集中している場所を狙う……そういう習性だと先生に教わった。
「特種は普通とは生態が異なる場合が有る。そのせいでは無いのか?」
マシィは考えるでも無くそう答えた。
「まだ腹が減っていないだけだ」
タレットさんが吐き捨てるように呟くと、顔を歪ませる。
「村が三つ、壊滅しましたよ……」
タレットさんの言葉に、マシィは目を見開く。
「なんだと? それなのに辺境伯は周知もせず、冒険者ギルドに討伐依頼を出したのか……そもそも、辺境騎士団は何をしている?」
「そんなもん……屁の役にも立ちませんよ」
マシィは顔を真っ赤にして、歯を食いしばる。
「モナークはそこまで堕ちたと言うのか!」
怒りに震え、大声で叫ぶと、マシィはおもむろに立ち上がる。
「出発するぞ、さっさと要救助者を連れ帰って、先生が戻られるのを待つ!」
マシィは立ち上がり、早足でずんずん当進んで行く。
わたしも急ぎ、その後を追うが……その背中は、怒りに打ち震えているのを感じた。
……別の理由で、また空気が重くなってしまった……。
「マシィ、落ち着こうよ。ここは敵地だよ」
「自分は冷静だ、ただモナークが許せぬだけだ。あの田舎貴族め……貴族の矜持を何と心得る」
まずった、火に油かな? 彼も貴族だった、わたしには良く分からない理由で怒ってる?
わたしの疑問を察したのか、マシィは口を開く。
「辺境伯というのは伊達では無いのだ。国境線、ヤツの場合は境界線の防衛が任務だ。ヤツの所業は国家に、ひいては国王陛下に対する背任行為だ。貴族として許される物では無い」
「マシィにも、そういうのあるの?」
「自分には侯爵家の、ライルラック家の一員としての責務がある。賢者になる事で家を盛り立てる」
……貴族って大変なんだ、威張り散らしているだけじゃ無かったんだな。
マシィは優しい人だけど。
「ここだ」
ターレットさんが声を上げた、ここが特種『一角』に襲われた場所らしい。
周囲には複数の人の臭いと、獣臭が残っている。
この獣臭が一角の臭いか、とりあえず覚えておこう。
わたしは血の匂いを辿る、その先にあった、人であった物……。
全部で三人、無残な……全員に角で突き刺された者であろう『穴』が開いていた。
彼らを岩場に集める、埋葬する為に。
ターレットさんが、力無く膝を付いている。
「……すまん、みんな、すまん……」
肩を震わせるターレットさんは……。
突然剣を抜き、その切っ先をわたしに突き付けて来た!
「お前のせいだ! お前が近くにいたから、こんな事になったんだ!」
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