忠犬11
わたしは寒いのが苦手だ。
先生に、『イヌのくせに』と笑われた。
犬種のトイ族だって寒い物は寒いのだ。
それでも春が近くなり、最近はだいぶ暖かくなった。
山歩きで着る防寒用の服がが一枚、また1枚と減っていく。
そのにほっとする……とは言え、麓に比べ山はまだ寒い、装備も多くなるしで面倒だ。
まだ雪が残っている場所が多い、長距離コースでは特にだ、暫くはアイゼンは必要だ。
冬場は採取出来る野草が少ない。
それでも春の草が見られるようになり、収穫出来る物も増えて来る。
季節事に野草も変わる、先生に教わりながら採取する。
最近、先生は戦闘に参加しなくなった、一応わたし一人でも乙種の魔物に対応できるようになったからだ。
わたしが乙種と戦闘中でも、素知らぬ顔で野草を摘んでいる。
今日は……月に一回の、飛行具での山歩きだ、わたしはお留守番かと思ったら……。
厚着をして来いと言われた、わたしも行くの?
目の前に飛行具が二機ある。
操縦は教わったけど……わたしの分を用意してくれた?
先生は何の説明も無く飛行具にまたがった、私も慌てて乗り込む。
ハンドルに掛けてあった保護眼鏡を付ける、寒さと風から目を護るのに必須だ。
操作は簡単だ、キルスイッチを切ってグリップに魔力をゆっくりと流すと浮上する。
ギヤを一速に入れ、左ハンドルのアクセルを回すと前進し始める。
スピードが乗ってきたらギアを変えて速度を保つ。
速度は時速五〇粁程に保つ、これでもかなり速い。
そして寒い……厚着をして来いって言うのはこの為か。
一〇〇粁以上の速度は出るらしい、わたしはまだ試したことは無いが。
先生が速度を下げ、わたしの横に並んだ。
「チェックするポイントを回りながら進むぞ。五時間くらいだ、疲れたらちゃんと言えよ」
けっこう長い、そんなに長時間飛行具を使った事無いけど、大丈夫かな?
小屋から離れたポイントは、境界線の力が強い。
大きな魔物に突破される心配は少ない、けど先生は常に警戒している。
チェックポイントでは、上空で制止して辺りを確認する。
二時間程飛び、チェックポイントで降りて一度休憩を取る、
水分を補給して携帯用のシリアルバーをかじると、再び出発した。
やがて、最北端に到達する。
海だ……。
見るのは初めてだ、断崖から見渡すそれは一面水たまりだ。
大きい……初めて見る海は、怖いと感じた。
「あの先にあるのがサンデコリーの港町だ」
先生は東の方を指差す、先には小さく町のような物が見える。
すごい、普通なら何日も、馬車でも三、四日掛る距離を、たったの五時間で来てしまった。
寄り道せずに、もっと速度を上げたなら、更に速く付いただろう。
すごい魔導具だ……。
麓が見渡せる場所に飛行具を下ろすと、先生はその先に指を差す。
「あの街はグランディルの貿易の要だ。他国の、特に南方の生産物が安価で購入出来るのもあの街のおかげなんだぜ。ゴムや砂糖、香辛料とかは、他の中原の国より遥かに安い」
はグッと伸びをした。
「今度はみんなで遊びに来たいところだが、フッフールは出不精だからな」
先生は、何事も無くといった調子で呟く。
「よし、避難小屋に移動するぞ」
そうだ、今日はお泊りなんだ、時間はお昼を回ったくらいだ。
「急げば日帰り出来るんじゃ?」
「割と疲れただろ。無理は禁物だ」
確かに、これから帰るのは気持ち的に、ちょっときつそうだ。
非難小屋は、林の中にひっそりと佇んでいた、かなり小さい。
簡易ベッドと小さなテーブル、暖炉と薪がある程度だ。
先生は窓を開けると、建物の空気の入れ替えをする。
中に荷物を運ぶ、といっても携帯用の調理器具と食材、少量だ。
「いつもはサンデコリーで食材は調達してるんだ、新鮮な海の幸が豊富だからな」
「何で今日は、そうしないんですか?」
先生は軽く柔軟体操をしながら、窓の外に目を向ける。
「後でな、お前には先に、見せたい場所が有るんだ」
どこだろう? 再び飛行具に乗ると、先生の後に付いて行く。
なんだろう、東に向かっている。
先生は境界線を抜けると、そのまま魔界に侵入した。
「瘴気が濃いな、フォル、大丈夫か?」
「はい、この位ならまだ耐えられます」
前から先生に言われて、瘴気に体を成らす訓練を少しづつしている。
先生によると、瘴気は体内の魔力を侵食するとの事で、それをコントロールすれば耐えられるようになる。
どのくらい掛るのだろうと不安になったが、物の数分で到着した。
境界線から数キロの距離……それでも人類にとってはかなりの距離だ。
そこには……石造りの砦があった。
こんなの所に人工物? 人が立ち入れない場所なのに……。
それは植物に覆われ、木の中に埋もれていた。
討ち捨てられ、既に護るものを失った砦……もの悲しく感じる。
その建物の上に、飛行具を下ろす。
「この建物は関所だったんだ。四〇〇年前に大厄災で亡んだ国のな」
そんなに前の建物なのか。
古臭い感じがしたのは、今の建物と形が違うんだ。
見張り台が四角いんだ、今の建物は丸い。
先生は崩れかけている壁に、そっと触れる。
「且つてはここに国が有ったんだ、それが瘴気に呑まれて……あっという間だった。何が原因なのか、今もって謎のままだ」
先生は壁にもたれ掛ると、わたしを優しい目で真っ直ぐに見つめる。
「お前も、瘴気の中で耐える事を覚えた。訓練を積めばもっと長く居られるようになるだろう、その時は……」
先生は、更に東の原生林に目を向けた。
「お前と一緒に、この地を探検したい」
何だろう、先生は凄く寂しそう。
「将来、フォルと獣人族達と、マシィと賢者達が協力して、魔界の謎を解き明かしてくれれば……なんてな。そんな事を期待してるんだ。それがおれの、最後の望みだ」
先生が遠くに感じた、すぐ傍にいるのに……まるでわたしの前から、いなくなっちゃうみたいな言い方。
「おれの故郷では誕生日はお祝いして送り物を送るんだ。その飛行具がそれだ。それと、ナイフも正式にお前にやるよ、アスナ工房製の一級品だ、高級なんだぞ」
先生は、わたしの腰からナイフを抜く。
「折れず、曲がらず。あの爺さんが作った技物は、お前の牙と爪となって護ってくれる。お前はもう、一人でもやっていけるだけの力を付けた」
不安が胸の中で膨らんで、わたしは堪らなくなって先生の腕にすがりつく。
「先生はどこかに行っちゃう?」
「すまん、変な事を言いすぎたな。違うよ」
先生はわたしの両肩を掴み、その目を合わせた。
「明日からは一人で境界線を回るんだ、今のお前なら任せられる」
先生はわたしに、ニコッとして言葉を続ける。
「フォル、誕生日おめでとう」
わたしは今日、一三歳になった。
「忠犬」の章はこれにて終了です。次回より新章「餓犬」をスタートです。
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