忠犬10
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魔物によるグランディル城襲撃の翌日、自分は倦怠感に包まれていた。
緊張と恐怖から来るものだろう。
しっかりせねば、まだ厄災は終わっていないのだ。
臨時で間借りしているベイオウルフ亭の食堂のテーブルに着くと、フォルがレモン水を出してくれた。
朝の早い時間、皆が目を覚ます前に戻って来たようだ。
フォルは待機する冒険者用の朝食と、避難民用の炊き出しの仕込みをしていた。
昨日、あれだけ活躍したのに、休んでいても誰も咎めないだろうに……。
頭巾とスカートで獣人の特徴を隠している、戦いの中でここに居る冒険者達には、知られてしまったのに。
冒険者達が食堂に顔を出すと、皆はフォルを前にして困惑の表情を浮かべ、距離を置いている。
案の定だ、潮時だな、自分はフォルの元に向かう。
「フォル、解任だ……君は小屋に戻って、先生の世話を焼いてくれ」
フォルは、寂しそうに笑う、彼女も分かっていたのだ。
「自分が戻った時、すぐにでも君の温かい料理を食べられるようにしてくれ」
「ごめんね、マシィ……」
フォルは何も悪くないのに……自分が不甲斐ないばかりに。
「学者様、そりゃあないぜ」
待機組の一人が声を上げる……彼はたしか、サーマンだったか。
「そうですよ、確かに戸惑っちゃいますがね。ここの親父の飯は食い飽きてるんだ」
「神殿の学者様が受け入れてるんだ、まあ、勘ぐったりもしましたが、今更でしょ」
なるほど、不埒な想像もされていたか、それも仕方が無いのかもしれぬ。
だが、昨日のフォルの戦いを目にした今、彼女がこの場にいる『理由』を理解したのだろう。
獣人への忌避感は簡単には払拭出来まいが、受け入れる努力をしてくれている。
粗食に慣れた彼等にとって、フォルの料理は破壊力があると見えた。
合間に出される、彼女が最近凝り始めたデザートもポイントが高いようである。
その後は騒動も無く平穏に過ぎ、四日後……厄災終息宣言が出された。
確認が報告されていた乙種以上の魔物は全て仕留められ、丙種は多少残存しているようだが、それらは発見され次第、騎士団と冒険者ギルドが対応する事となる。
とにかく、厄災は終息したのだ。
解散……とはならず、冒険者達は広場のキャンプの後片付けに駆り出された。
任務はまだ続いている、打ち上げもお預けだと皆が嘆いていが、自分はその時には精一杯労うつもりだ。
フォルは先に帰すにした、広場の現場復帰は一般人も交じる、彼女を人目に晒したくない。
脅威は去ったのだ、フォルがいなくても問題は無い。
自分は現場指揮に回る、もう暫らくは山小屋に帰れない。
それらも何事も無く終了すると、例の南門防衛のゾンシュダン組の冒険者達が帰還前に自分の元に顔を見せた。
彼等から亜麻袋を受け取る、中身は南門を襲撃した、魔物から回収した魔石だ。
三〇個以上は有る、彼等の討伐分は抜いてあるとの事だが、かなりの数だ。
半分はフォルが仕留めた物で、彼女に渡してほしいと……意外と律儀だ。
しかも、礼と称して焼き菓子の詰め合わせまで預かった……本当に律儀だ。
菓子を預かった事で、フォルが作り方を教わっていたという店の事を思い出した。
『樫の木堂』という名の店だったか。
アドレーに場所を聞き、さっそく足を運んだ。
店主を呼び出すと、神殿のローブが逆に誤解を与えてしまった。
獣人のフォルと懇意にしている事が、神殿に問題視をされたと警戒されたのだ。
自分はフォルの身内だと説明して、誤解を解く。
フォルが、自分を話題にした事があるらしい。
どんな内容だったのか気になるが、店主の心象か悪くなるような話では無いようである。
落ち着いたらまた遊びに来てほしいとの伝言を預かり、新作の菓子を土産に手渡された。
小屋に帰る前に、荷物を取りにいったんギルドに戻ると、そこには公国騎士団の団員が待っていた、
曰く、魔物の襲撃の際にフォルの貢献に、感謝を伝えてほしいとの事だった。
あの時のフォルのけん制のおかげで被害が少なく、しかも戦いやすかったと。
この騎士からは、獣人に対する忌避感が薄いように感じられた。
公国騎士団は、グランディル人で構成されているはずだが?
信仰は獣人に対する忌避感に直結している、だがこの者からはそういた印象は受けない。
何故だ? 先生の影響か……。
だが騎士は一つだけ、ぎくりとする言葉を口にした。
「かつて女神に仇名した獣人……まだ子供でありながら、彼女のあの戦闘能力。あれ等と戦った我等の祖先はどれほどの恐怖を味わったのか……。成人の、戦闘訓練を受けた獣人の部隊との戦闘……考えるだけで背筋が凍ります」
彼は率直な感想を話しただけなのだろう。
だがそれこそが、フォルを取り巻く問題なのだ。
彼女を見知った冒険者達や、樫の木堂の店主のような人も、フォルの温厚な人柄に絆された事だろう。
しかし、獣人を忌む我等がフォルを敵に回したら?
自分は頭の中でその仮定を掻き消した。
起こってもいない最悪の事態に、思いを巡らすなど詮無き事だ。
公爵は箝口令を布いたが故に、公式に礼が出来ない事に心を痛めており、騎士団から私的な礼という事でチョコレートの詰め合わせを預かった。
これは……荷物が増えたな。
菓子折りが三個か、持ち帰ったらフォルよりも、先生とフッフールさんの方が喜ぶだろうな。
そこで騎士に聞いた話だが、城に侵入した魔物は、なんと筏で河を下って来たとの事だった。
その残骸が発見されたが、大きさからマウント・ジャイアントが作成し、他の魔物を乗せて丙種は南門に、乙種は城を襲ったと。
騎士によると、過去にも同様の状況があったらしいが、これほど大規模では無かったらしい。
故に警戒が薄かったと……。
不運ではあったが、援軍に恵まれたと騎士は語る。
自分は……たいして役に立てなかった、胸が締め付けられる思いだ。
そして……引き上げる前に、世話になったベイオウルフ亭に挨拶に向かったのだが、また箱が一個増える事となった。
フォルが皆に受け入れられていた事が、意外に感じた。
いや、自分の時とは条件が違うか……あの頃と比べフォルは随分印象が変わった。
不潔で古傷だらけで痩せ細っていて……警戒心も強く、彼女には余裕が無かった。
今は温厚で良く笑うようになり、見目も整えられていて清潔感が有り、何より美人だ。
アドレーによると、自分も要因になっていると言うが、とてもそうは思えない。
今回の一件で、自分自身に新たな課題が生じた。
それは、かなり困難な内容だ。
元時点では不可能……だが、かなえて見せる、そうでなければ……。
自分はフォルの隣に立つ資格を失う。
だが今は、とにかく疲れている、早く帰ろう。
今夜は冷えそうだ。
早く帰って、フォルの温かい食事が食べたい。
急ぎ小屋に帰ったが……そこにはリビングでフッフールさんがドーナツを食べながら読書をしていて……先生とフォルは見当たらない。
「あいつらなら、出て行ったわよ」
フッフールさんが先に教えてくれる、本を汚さないようにか、フォークでドーナツを食べている。
「何かあったのですか?」
「さあ……多分」
帰って早々これか……やれやれだ。
フッフールさんは本にしおりを挟んでテーブルの上に置くと、立ち上がってコーヒーを入れてくれる。
「マシィがここに来て、もう一年ね」
言われて気が付いた、そういえば今頃だったか。
「いろいろ……ありましたね」
この一年は本当に慌ただしかった、本当に……フッフールさんがドーナツの皿を差し出してくる。
「退屈するより、いい」
「長寿のエルフ族としての見解ですか?」
フッフールさんは何も答えず、視線を窓に移した、自分もその視線の先に目を向ける。
「寒いはずですね……」
窓の外に雪が舞っていた、グランディルは北部の海からの暖流の影響で、冬でも比較的温暖の為、雪は少ない。
ここは山の上だが、この時期では積もる事は無いだろう。
これから本格的に寒くなる。
「もう何も起きてくれるな……」
雪が演出する静けさに、漠然とした不安を覚えた。
厄災編「忠犬」は、次回がエピローグとなります。
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