忠犬9
自分は、城塞前広場にいる冒険者達を集合させた。
「雑用をしていたから、皆もフォルを見知っていると思うが、ここで見た彼女の行動は他言無用とする」
それぞれが困惑の表情を浮かべると、互いの顔を見合う。
「学者様、それは命令ですか?」
ミントが代表して問いを投げ掛けて来た、自分は首を縦に振って肯定する。
「我等、公国騎士団も同様だ、ライルラック卿の言、皆も心得よ」
このお方は自分の事をご存じらしい、甲冑を纏った大柄な男性が歩み寄って来る。
やはり大きいな、身の丈は二米そこそこと言った所か。
全身が太く、鎧を纏っているのに、厚い筋肉で覆われた躯体が容易に想像出来る。
兜の面が下りている為、顔は視認出来ないが、うなじから覗く金色の髪が実に印象的だ。
自分は膝を付き、頭を垂れるが、公爵は手を上げて制止を促す。
「助手殿、お立ちなさい、礼は無用だよ。名で呼んでも?」
「どうぞお好きなように、恐れ多い事です、グランディル閣下」
「堅苦しいのは無しにしよう、マシィ殿。ご助力感謝する。まだ事態は収拾しておらぬので、礼は追って沙汰するよ」
英雄の子孫様は、なかなか気さくなお方のようだ。
彼はそう告げると、騎士達に顔を向ける。
「我々は現場の処理をした後、待機に戻る!」
「もちろん、御館様も手伝っていただけるんですよね?」
一人の騎士の言葉に、明るい笑い声が響く、彼は随分と慕われているようだ。
見ると宮廷騎士二十名の他、城門には魔術師が六名控えている。
魔術師はいずれも女性か、二〇代後半から三〇代と言った所か、優れた術者達なのだろう。
この少人数で乙種四体と渡り合ったのか、負傷はしているが重傷者はいない。
「ではマシィ殿、また今度な、御免!」
公爵はそう言うと、騎士達の元に歩みを進める。
終わったか、感慨深いな……自分は冒険者達に体を向ける。
「総員、ベイオウルフ亭に帰還せよ。ゾンシュダン組は南門にて待機、追って沙汰を待て」
ここで一つ、咳払いをして間を取った。
「自分は所用が出来たので、いったん離脱する。指揮はミントが取ってくれ」
「そこはスタンダードの私でしょ!」
アドレーが声を張り上げるも、自分は腰に手を当てると目を細めて彼女を見る。
「君には無理だろ」
皆の笑い声の中、アドレーは憮然としている。
「撤収!」
号令に従い、冒険者達は橋に向かった。
さて、自分は……最後尾に続き、橋を渡った後は彼等と逆の方向に向かった。
距離は近い、程無くして目的地に到着する。
豪華な旅籠を選んだのだな……関心を通り越して、呆れてしまう。
フロントで自分が知人だと告げると、スタッフ自ら案内をしてくれるようだ。
神殿の青のローブの効果か、信用を得るには持ってこいである。
昇降具も備え付けられてるのか、贅沢な建物だ。
部屋の前に立つと、スタッフがノックをして言伝をする。
中から良く知った声が入るようにと促す。
スタッフがドアが開けると、お辞儀をして帰って行った。
「夜分すいません、フッフールさん」
自分は声の主に挨拶をする。
「先ほどは助かりました、ワイバーンを拘束した術は見事でした」
フッフールさんがうなずく、やはりこの人だったか。
本を手にしたまま、フォルに膝枕をしている。
フォルは気持ち良さそうに寝息を立てていた、信頼できる人の膝で、深い眠りについている。
今日は大活躍だったからな、疲れたのだろう。
「それで……先生は何をしてらっしゃるので?」
部屋の端のテーブルで、先生は何食わぬ顔でコーヒーを嗜んでいる。
自分は両の手を腰に置く。
「地下書庫で、翻訳をなさってる筈でしょう? 何故、さぼって城下にいらっしゃるのですか?」
先生は頭を掻きながら、だらしなく微笑む。
「いやー、地下に籠って仕事してたら寂しくなっちゃってさ。でも君とフォルは忙しいだろうから、フッフールとイチャイチャしようとここに来たんだ。そしたら読書の邪魔だって追い出されてさ、仕方ないからグランディル城で暇そうなニジア公爵とだべってたって訳よ」
先生はおどけて見せた。
「では、あの場にいらしたのは偶然なのですか?」
「ああ、おれも公爵も完全に油断してたよ、敵襲の合図で慌てて準備したんだ。宮廷騎士の連中が時間を稼いでいる間に、フォルが援軍に来てくれて助かったぜ」
先生は目を細めた。
「ワイバーンまで現れて公爵が突撃した所に、橋の向こうにフッフールが見えたんだ。で、おれは急いで魔術の準備をしたってわけ」
先生はそこで言葉を切り、コーヒーで喉を潤す。
「ドンピシャのタイミングだったよ、フッフールがヤツの動きを封じてくれたから鉄の矢を当てられた。本当は胴体を狙ったんだが、ヤツが暴れたせいでちょっと外れた」
「贅沢言わない、あのデカ物を押さえるのは大変」
フッフールさんが不服そうに訴えた。
自分の中に、ずっと押さえ付けていた感情が込み上げてくる。
「本当に、本当に……」
あの時……南門に駆け付けた時、フォルが先行してくれて……。
いや、彼女がいてくれなかったら、かなりの損害を出しただろう、犠牲者が出たかもしれない。
城塞広場での戦い、フォルを突撃させた事、自分は彼女を死地に送ってしまったのではと。
そして……。
最悪の事態を想像してしまう、駄目だ、自分の作り出した恐怖に飲まれてどうする!
自分は……その絶望感、何も出来なかった事、不甲斐なさ、それらに虚脱感を覚えた。
もし、フォルがいてくれなかったら……。
もし、フッフールさんが駆け付けてくれなかったら……。
もし、先生が……。
……。
自分は、何も出来なかった。
視界が歪む。
感情を押さえる事が出来ない、涙が視界を塞ぎ、頬を伝うのが分かる。
自分の無力さが……情けない。
何が侯爵家だ、何が研究生だ……。
自分は、自身は只の、無能でちっぽけな存在にすぎないでは無いか……。
「そんな顔しなさんな」
先生が声を掛けて下さる、どんな情けない顔をしていたのだろう。
「自分は……先生達に……護られました……情けなくて……」
感情は抑えきれず、涙が流れ落ちる、なんと無様な事か。
「マシィ……君はおれにとって、かけがえの無い人だ」
視界がかすんで見えないが、先生の声は真剣な様子だ。
「この地を護れと言ったが、おれはグランディル公国が大嫌いなんだよ」
突然の衝撃的な告白、先生は何を仰っておられる?
「いや、おれはこの世界が大嫌いだ、君達が信仰する統御の女神も憎んでる。憎くて、憎くて……今、目の前に現れたら迷わず飛び蹴りを喰らわしてやる位に憎んでいる」
先生はここで、大きく息を吐いた。
「だが、おれは君達が好きなんだ、君も、フッフールも、フォルも……。君の師のリーブさんや、ニジアも、城下にはオーリンさんを始め、ここには大切な人たちが沢山いる。矛盾するかもだが、この世界は滅んでも構わんが、おれは……そんな人達の力になりたい」
先生はコーヒーを飲み干す。
「おれは出るつもりはなかった、けど、懸命な君達の姿を前に動かずにはいられなかった、皆が出来る事を全力でやったんだ、それはとても尊い事だ」
先生が椅子に座り直す音が聞こえた。
「だから友よ……胸を張ってくれ。君は気高い、その意思は何も恥じる事は無いんだ」
「マシィ、戻りなさい。まだやる事があるでしょ?」
フッフールさんに促され、自分は力無く部屋を後にした。
旅館を出ると、空を見上げる。
寒空で空気が透き通り、頭上に広がる満天の星々を見上げ、己の小ささを再確認した。
まだ、厄災は続いているのだ、しっかりしないと。
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