忠犬8
絶望感が自分の心を満たして行く。
乙種四体だけでも苦しい状況だと言うのに、新たに甲種の魔物にまで対処しろというのか。
甲種、ワイバーンの襲来……。
ワイバーン。
全長は優に一〇|米《メートル|》に達する、竜種の魔物である。
他の竜種のように前足は無いが、代わりに大きな翼を有しており、高い飛行能力を有する。
巨体ではあるが高速で飛行し、旋回行動半径も竜種の中では、最も小さいと来ている。
皮膚は鱗を有していない為、竜種の中では比較的防御力は低いが、硬く厚い皮膚は十分な強靭さを持つ。
どうする? 城外の友軍は間に合う筈が無い、神殿に待機している騎士団だけでは戦力は足りない。
公国騎士団は、一部隊4個小隊規模で二〇人、精鋭とはいえ数が少ない。
待機組の冒険者と合流しても同じ、こちらは数は多いが所詮はビギナー・ランク……。
それで、甲種一体と乙種四体を相手にするのは無理がある。
自分は何をすべきか?
見ると、城壁から矢が放たれる。
備え付けられたバリスタから射られた複数の巨大な矢を、飛竜は容易く回避した。
気温が低いというのに……トカゲの癖に素早く動く、可愛げが無いヤツだ。
ワイバーンは城壁前の広場の頭上でホバリングして空中で制止をする。
個体なのに器用なヤツ、ヤツの下顎から火花が光った途端に口から炎が伸びる!
ドラゴンブレス、広場上空から下部に向かって、炎の柱が真っ直ぐ騎士達を掃射された。
その炎は一〇〇米以上の長さが有る、なんて射程距離だ!
騎士達は回避するが、炎の柱は生き物のように追尾している。
その時、一人の騎士が飛び出すと、炎に向かって両手で握りしめた大剣を、水平に振り切った。
長さは二米は有るであろう刃から発っせられた斬撃が、炎を消し飛ばすと、そのままワイバーンを弾き飛ばした。
斬撃であんな事が出来るのか?
騎士……では無い、騎士と同じ装備を身に付けているが、兜は被っていない。
金色の髪……英雄、カーク・グランディルも同様の髪色だったと伝えられている。
中原には存在しない、彼の後裔が有する髪。
そして大柄な、鍛え上げられた体躯。
他の騎士達と比べて二回りは大きい、身の丈は二米は有るか?
全身鎧を纏っているのに、その肉体が厚い筋肉で覆われているのが分かる。
あのお方がニジア・グランディル公爵、その人なのか。
勇猛な戦士と聞いてはいたが……。
だが、飛竜は体制を立て直すと再び広場上空を旋回し始めた。
ほとんどダメージが入っていないか、ワイバーンは高い位置にいる。
直接攻撃で無いと無理か、距離が有り過ぎる。
やはり、甲種は手ごわい、しかも飛翔しているだけに厄介だ。
宮廷魔術師達も、乙種四体の対応で手一杯なのだろう。
フォルは? 魔物達に牽制を掛けているが、反撃までは手が回っていない。
ニジア公爵は兜を付けて戦線に加わるが、敵が多すぎる。
「何よ、あれ……」
振り返ると、その先には真っ青な顔をしたアドレーが立っていた。
南門の魔物は片付いたか、他の者達も駆け付けて来る。
突撃するべきか? いや、無駄だろう、損害が増えるだけだ。
騎士達の動きが見るからに鈍って行く、体力は無尽蔵では無い。
このままではじり貧だ、何か策は無いか?
ワイバーンが再び空中で制止し、火炎放射の準備に入った。
ドラゴン・ブレスか。
飛竜が首を振り上げた、そのまま振り下ろし炎を……。
吐かない?
突如、ワイバーンは細かく震え始めると激しく暴れる。
羽ばたいていないにも関わらず空中で制止している?
あの感じは……風系の行動阻害だ。
自分が先ほど使用したものとは桁違いの威力だ、複数人で術を掛けている?
宮廷魔術師達は騎士の援護をしているはず、神殿の術師は、それほどの数は残留していない。
違う。
自分は、単騎でこの威力が出せる人物を知っている。
「耳を塞げ!」
広場の方から、聞き覚えのある声が響く。
大音響の破裂音。
胴から千切れ飛ぶ、ワイバーンの首……。
二つの塊が、広場に落下するのが見えた。
鈍い響きが轟き、土煙があがる。
そして静寂……。
魔物までもが動きを止めている。
その場にいた誰もが、何が起こったのか理解は出来なかろう。
自分とフォル以外は。
あの魔術は見た事がある。
低伸穿かっこ仮り。
先生……来ないと仰っていたのに。
勝敗は決した……まだ乙種が残っているが、自分は勝利を確信していた。
何故ならば……あの轟音の中で動くのを止めなかった者が約二名。
公爵とフォルだ。
公爵は轟音に怯んだシルバー・ベアに突進すると、その脇腹に大剣を突き立てた。
刃は深く付き刺さる、隙を付いて致命傷を与えるのに成功したのだ。
もはや死に体、公国騎士団がじきに仕留めるだろう。
フォルは……自分が勝利を確信した理由、遠く離れていたが見えたのだ。
獣化して牙を生やしているが……それとは別の、あの『嗤い顔』。
狂暴な、ケダモノの笑み……フォルの闘争心が頂点に達した証だ。
フォルはマウント・ジャイアントが動きを止めた隙を突き、ヤツの膝を蹴って下顎の左牙を掴んだ。
右足で体を支え、喉元にナイフの切っ先を添えると膝蹴りで柄頭を打ち、固い皮膚を貫いた。
石槌。
あの技の名前だ、鋭い刃物の先端を利用し、打撃で貫く技だ。
フォルの練習は目にしていたが……武の技と言うより、正に曲芸のそれだ。
だが、まだヤツは倒れない。
フォルは牙を掴む手を持ち替えると、右手にナイフを抜き、山巨人の耳の穴に刃の先端を差し込んで、再度『石鎚』を喰らわせる。
決まった! 刃渡り三〇珊のナイフが根元まで突き刺さる。
ゆっくりと崩れ落ちるマウント・ジャイアントからナイフを引き抜き、傍にいたシルバー・ベアの首に飛び乗った。
「突撃!」
自分は、茫然とした顔で後ろに控えている冒険者達に、号令を掛けた。
彼等は自分の声で我に返ると、広場に向かって駆け出して行く。
走り出した彼等に、躊躇した様子は見られない。
甲種のワイバーンの撃墜を目にし、乙種も一体はフォルが沈め、もう一体は今まさに騎士達の手で葬られようとしているのだから。
「アドレー、フォルのシルバー・ベアの顔面に炎弾を撃て!」
「そんなの……乙種に効く訳、無いじゃない!」
「構わん、急げ!」
アドレーは慌てた様子で杖を構える。
「赫々たる尊き紅よ、仇なすあしを、さがもち排せ、討て!」
詠唱の完了と共に、炎の弾が発射された。
ヤツは今、うなじにしがみ付いたフォルを、振り落とそうと暴れている。
その鼻先に、炎弾が奇麗に命中した。
アドレーは制弾力だけは高い、さすがである。
不意を突かれたシルバー・ベアーは、大きく上体を起こし、仰向けに地面に倒れた。
その隙を、あのフォルが逃す筈が無い。
フォルは体を翻すと、剥き出しになった銀熊の胸元に、ナイフを突き立てた。
防御が比較的弱い部分だ、ナイフの刃は根元まで突き刺さり、その切っ先は確実に心臓を貫ているだろう。
ほぼ同時に宮廷騎士達が、公爵によって致命傷を与えられたシルバーベアを仕留めたようだ。
残りは一体……状況は逆転した。
自分は広場に向かって、ゆっくりと歩を進めた。
「随分と信頼してるのね」
アドレーは自分の横に並ぶと、呆れを交えた声で話しかけて来た。
「フォルを知っているのなら当然だ」
「あの子、私との模擬戦は全然本気じゃ無かったのね」
「だが勝てたのは、隙が付けた事、援護が有ったから故だ」
広場に到着すると、最後の一体も仕留められていた。
フォルに絡んで来たゾンシュダンの冒険者が、神妙な面持ちで自分の元に歩み寄って来た。
「学者様、ここで見た事も他言無用なのですか?」
「そう申した筈だが?」
彼の表情からして、納得出来兼ねているのが伺える。
「あの獣人の娘は、乙種を二体も仕留めたんですよ! それでもですか?」
「二言は無いぞ」
そう返すと男は押し黙り、その後は口を開く事は無かった。
現場には、フォルの姿が見当たらない。
さては先生だな……あのお方も、まだフォルを隠して置きたいのだろう。
獣人は疎まれている、故にフォルの、あの尋常ならざる戦闘力が危険視される恐れがある以上、認知されるのは避けるべきだ。
ここに居る冒険者達にも箝口令を布いておかねばな、公国騎士団の方は先生が話を通す筈だ。
時期が来れば……いや、そんな時が果たして来るのか?
そうでは無い、自分が作るのだ。
その為に冒険者になったのだから。
だが、この戦闘で……自分は何も出来なかった。
そんな自分が、フォルの隣に立つ資格が有るのだろうか?
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