忠犬7
厄災発現が確認されてから四日が経過した、自分達待機組は、キャンプの炊き出しや補給の準備の手伝いをしながら報告を受け取る。
第一報での乙種二七体、甲種三体。
先生が、監視地点から離脱する前に確認した情報だろう。
あのお方の事だから、丙種の数も把握して報告を上げているはずだ
それらは境界線の網の目をすり抜けて、侵入してくる。
だが乙種以上は阻まれる。
それ等は、境界線の薄い部分を探して侵入するので、襲来にはタイムラグが生じる。
現在、乙種は九体の討伐報告が上がって来ている。
各個撃破でうまく仕留めている、敵戦力が分散しているおかげで堅実な戦果を上げている。
懸念されるのは甲種の三体……。
一体はワイバーン、竜種に属する魔物で全長は一〇米程、巨体だが飛行能力を持ち、炎の息を発っする危険な存在だ、皮膚も矢を通さず、硬く堅牢である。
二体は鈎爪獣、フック・ビーストは全長は七、八米程の怪物だ。
体毛は無く皮膚は鋼鉄のように固いという、顔は南方に住む犀という生き物に似ているが体格は熊のそれだ。
四足歩行で巨体なのに素早く動き、突進力と前足の鈎爪を武器にする。
これら三体の甲種の魔物は、未だに確認がされていない。
前線も、焦燥感に駆られている事だろう。
自分はキャンプを見渡すと実に静寂で整然としている、グランディルの民の、意識の高さが伺える。
「先生達、大丈夫かな……」
フォルが自分の隣に立つと、囁くように呟いた。
先生達と離れて一週間程か……。
フォルがこれほど長い間、先生達と離れるのは初めての事だったな、天涯孤独の身の上では不安な事だろう。
「二人とも戦闘には参加していないのだ、問題など無かろう。先生は地下書庫で仕事、フッフールさんは宿屋で読書三昧だ」
君の傍には自分がいるだろう、それでは足らぬのか?
いや、違うだろ……あの二人は出会った頃からフォルを大事にして来たのだ、会いたくなるのも当然だ。
「先生は兎も角、フッフールさんはすぐ近くに宿泊している、少しなら抜け出して会いに行っても構わんぞ」
「ありがとう、でも、まだいい」
彼女なりの責任感だろう、今は目の前の仕事を優先するか。
「報告! 第一騎士団より甲種、フック・ビーストを討伐との報告有り。損害軽微なり、殉職者無し。繰り返す、第一騎士団より甲種、フック・ビーストを討伐」
広場に役人の声が響き渡った。
避難民達が沸き立ち、歓声が上がった、朗報だ……これで前線の者達も士気が上がるだろう。
自分達はベイオウルフ亭に戻ると、ささやかながら祝杯を挙げた。
あくまでも質素に……まだ厄災は終わっていない、甲種も二体残っている。
続けて、乙種五体の討伐の報告が入った、順調に数を減らしている、だが大型の魔物はこれから増えるはずだ、予断を許さない。
すっかり日が落ち、気温が急激に下がる。
季節は冬に入っている、前線も寒さに耐えているはずだ。
寒さが本格的になる前とはいえ、野営には厳しい季節だ。
自分も襟で首元を覆いながら、早く厄災が終わってほしいと願った。
と、ドアが勢い良く開いた、走り込んできたのは青年だ。
役人では無いな、愚連隊の者か、揉め事か?
「南門に魔物が侵入した!」
青年から、意外な言葉が発せられる。
城下に侵入を許しただと……どうやって近付いた? 陣の隙を付いた? いや、まさか……河を下って来た?
そんな知恵があると言うのか? 魔物に?
「丙種複数、乙種四体」
乙種4体! そんなバカな‼
我々だけでは明かに戦力不足だ。
途端、フォルが走り出した。
長スカートと外套を脱ぎ捨て、いつものシャツと半ズボン姿になると、カウンター下に置いてあったナイフを収めたベルトを掴み、勢い良く飛び出して行く。
「学者様!」
ミントが叫ぶ。
「続くぞ、武器を持て!」
自分が声を上げると、冒険者達は一斉に準備を整える。
「フォルが先行してくれた、そこまで急ぐな、体力を温存して向かうぞ」
フォルの足なら南門まで4分程か、彼女が時間を稼いでくれる。
「それで、いいんですかい?」
ボクスの疑問は当然だ、彼はフォルの強さを知らない。
商業地区を横切ると、先にフォルが見えた、魔物の数が多い。
防戦に徹しているようだが、足元には魔物の残骸が幾つか転がっている。
光源が月明りしか無く、視界は悪いが何とか視認する。
フォルは囲まれないように動き回っているが、狭い路地では限界があるか。
敵をフォルから退けるのが先決か、自分は多連装弾を仕掛ける。
複数の生成した風の礫を飛ばす術だ、殺傷力は低いが、敵を散らせるのに向いている。
「打て! 打て! 打て!」
詠唱と共に風の礫が一つ、また一つと飛翔し、フォルを取り巻く魔物を弾き飛ばす。
フォルがナイフを振って合図を返す。
「ありがとう、マシィ、愛してる!」
バカ者! 変な所まで先生の影響を受けんでいい!
それにしても、南門を守っていたゾンシュダンの冒険者達は?
骸は見当たらない、逃げたのか? いや、南門の待合室から微かに明かりが……中に避難した?
フォルに加勢もしないのか? 呆れたものだ。
「アドレー、出来るだけ多くの敵に行動阻害を掛けろ、皆はフォルの援護だ!」
待合室に目を向けると、人影が動く、やはり立て籠っているのか。
「やらんで良いから、やられるな!」
自分は皆にそう叫ぶと、待合室のドアに駆け寄った。
「援軍に来た! 貴様らも戦え‼」
ドアが開くと、かの冒険者達は呆然としていた。
まったく、こんな時に……。
「娘一人に戦わせておいて恥を知れ、しっかりしろ、うつけ共!」
……。
地面が揺れ、待合室の天井から埃が落ちる。
続いて鈍い音が響いた、離れた所からの音?
なんだ? 今度は何が起きた!
そういえば乙種がいない、報告では四体侵入した筈だ。
「マシィ君、城よ、ここは私達に任せて、フォルと城に向かって!」
アドレーが叫ぶ、そうか、本体はそちらか!
アドレーもこの三か月で、随分と頼もしくなった物だ。
「行くぞフォル、体力は温存だ」
フォルと並び、城に向かって走る。
「いいの? 急いだほうが……」
フォルの顔から困惑の色が見える。
「城には公国騎士団がいる、彼等は精鋭だ、そこまで急ぐ必要は無い」
フォルは無言で頷くと、自分の走るペースに合わせた。
中央の橋に到着すると、城壁下の広場に魔物の姿を確認する。
広場は街頭で照らされている、目を凝らして状況を確認する。
「シルバー・ベアー、マウント・ジャイアントが各二体。騎士団の人達と交戦中」
フォルが囁く、獣人は視力は人並みだが、イヌ種は夜目が効く。
シルバー・ベアは、体長五米を優に超える巨体の魔獣だ。
硬い銀色の体毛と毛皮を有し、鋭い牙と爪を有する。
マウント・ジャイアントは、全長四米程の人型の魔物だ。
二体とも棍棒を武器にしている。
公国騎士団が応戦しているのが見えるが、敵の数が多い。
防戦一方か、神殿に残存した騎士団は、出動して無いのか?
フォルが突撃する、自分は橋の中央で待機する。
自分の攻撃系魔術はほとんど効果が無いだろう、元より風属性はそれには向いていない。
行動阻害も、自分一人だけでは効果が薄い。
だがやるしかない、呪文をゆっくりと詠唱し、出来るだけ魔力を込める。
「清浄せしむる畏き翠、すだくあしにて、所狭し、掴し纏めて縛せ」
これは厳しい、詠唱ごとに魔力がごっそり削られていく。
「奪え!」
マウント・ジャイアント一体の動きが、明らかに鈍った。
良し、効いたぞ、早く仕留めてくれ!
フォルは? やはり防戦か……ナイフでは乙種には勝てないか。
彼女は激しく動き回り、魔物を牽制しながら撹乱をしている。
騎士達が打撃を与えてはいるが、明らかに劣勢だ。
公国魔術師達は? 騎士達の防御をしているのか。
自分の魔力も少しずつ回復して来た、あと少ししたら、もう一度奮起して術を放つ。
!
何かが頭上を通過した、橋の上に落ちた影が、真っ直ぐ城に向かって行く。
影はそのまま、城の周りを回っている。
自分は空を見上げた。
暗い中でもシルエットで、それが何なのか理解した。
ワイバーン。
甲種の魔物がこちらに現れただと!
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