忠犬6
厄災が近い、自分の周りも慌ただしくなり、神殿と冒険者ギルドは準備に追われている。
商業地区は愚連隊が監視に当たっている、彼等は非公式の組織だが商工会から手当てが出ているらしい。
商業ギルドの私設自警団のような物で、違法を働く行商人を襲撃したりするのだとか、アドレーから聞いた限りでは必要悪だと言う。
広場でも避難民の受け入れ準備が進んでいた、孤児院の子供達が走り回っている。
彼等もまた役所からの手当てで動いている、グランデイルの孤児院は自活しているとの事だ。
先生も野営の準備をしている、厄災が発現するまで、テントを張って間近で監視するらしい。
「先生は、厄災時は何をなさるのですか?」
これは気になる所だ、ギルドのまとめ役、エキスパート・ランクの冒険者のジョーグによると、厄災で発生した魔物は一気に襲ってはこない。
総力戦になるのでは無く、境界線から城下の間に区間での邀撃戦、あるいは待ち構えての迎撃戦となる。
故に日数がかかり、討伐は困難を極める。
最中での先生の身の振り方に関心が向く、この方もお強い、かなりの戦力になる筈だ。
「おれか? とりあえず地下書庫でのんびりさせて貰うよ。貯まった本でも読みながらね」
途端、体の力が抜けた……参加なさらないのか?
「城下では皆、必死で準備をしているのですよ! なのにあなたは、地下に籠ってのうのうとするのですか?」
たまらず異を唱える、今回は子供のフォルも出るのだ、なのに師である先生が何もなさらないというのは許されぬ。
先生は自分の剣幕に、眠そうな目をさらに細めた。
「防衛戦はグランディルの民の使命だ。本来おれには無関係なの」
先生は手をひらひらさせた。
「厄災の前兆、瘴気だまりは周りのソレもほとんど巻き込むんだ、だから境界線付近は暫らく静かになる、おれにとってはいい機会さ」
先生は野営の準備を進めた。
「地下書庫で本を読みながら、フッフールとイチャイチャさせて貰うよ」
「イ・ヤ・よ」
フッフールさんが先生の背後に立った、普段は無表情なのに怖い顔をしている。
女性にしては一七〇糎を超える長身で、小柄な先生を鳶色の瞳で見下ろしている。
彼女は肩ほどの長さのウェーブが掛ったブルネットの髪をかき分けると、先生の頭を鷲掴みにして力を込めた。
「地下で不味い干し肉をかじりながら過ごすのは嫌……私は城下に宿を取ったから、あんたは地下で貯まった本の訳をしなさい」
エルフの端正な顔で凄み、先がとがった耳を揺らしている、これは恐ろしい……。
「そんなぁ~、フッフール~……愛してるぜ、痛だダダダ……」
先生の頭を掴むフッフールさんの手が、小刻みに震える、更に力を加えたようだ。
「なら、私の為に本の訳を進めなさい。前の時もそうしたしょ?」
この光景はフォルの教育に良くない、彼女が外出中で何よりだ。
それにしても……先生は地下書庫、フッフールさんは城下の宿に籠るのか。
二人が加われば、かなりの戦力になるというのに。
だが先生が仰った、防衛戦はグランディルの民の使命、という言葉。
我々は先生に頼ってはいけない、のかもしれない。
厄災襲来まで、あと二週間……。
***
城下は慌ただしく動いている。
官行出張所には司令部が設けられ、広場には所狭しとテントが立ち、近隣の農村から集まった避難民でごった返している。
冒険者ギルドと騎士団は、城下の外に分担して陣を張って待機している。
先生は、瘴気だまりを観測できる場所にテントを張り、監視を続けている。
発現した時に、そこから合図を出すとの事だが、至近距離で大量の魔物が発生するというのに……かなり危険な役回りだ。
飛行具を持ち込んでいて、すぐに退避出来ると仰っていたが……やはり先生の胆力は尋常では無い。
合図を出した後に、出来るだけ詳しく魔物の種類と数を把握して、追って報告をするとの事だ。
先生は、戦闘には参加しないと仰られていたが、その貢献度は計り知れない。
先生がここ迄なさるのだ、グランディルの民が守れと言うのも納得だ、我らは一層奮起するべきか。
もっとも、自分は異国人なのだが……。
それを言い出したら東の神殿の構成員も、ほとんどが異国人だ。
境界線は女神の奇跡でもたらされた物であり、その防衛は信仰の証。
女神を信仰する国から、精鋭が集うのだ。
我々、ビギナー・ランクの待機組はベイオルフ亭を間借りしている。
ビギナーに混じってスタンダード・ランクのアドレーがいる事に、皆は困惑と共に納得をしている様子だ。
本人はその事に憤慨していたが、ミントが『最近は評判が良くなってる』と宥めた。
フォルは、先生のテントに食事を運んでいたが、数日前からは城下で炊き出しの手伝いに回った。
ミントとボクスに紹介した際に、最初は戸惑っていたがフードの中の顔を覗き込むと
「学者様が熱心な理由が分かりました」
と、納得をしていた、何を理解したのか?
グランディルの待機組は一五名、サンデコリーとゾンシュタンからの応援組は南門と北門の守備を割り当てられているのだが……。
南門のゾンシュタン組が、何故かここで油を売っていた。
「其方達は何をしている? 持ち場に戻れ」
自分は青のローブを纏い、首からはギルドの認識票を下げている。
一目で神殿関係者すなわち貴族で、冒険者ギルド所属と分かるようにしてある。
彼らは粗雑な態度を見せたが、自分の姿を確認すると背筋を伸ばした。
「いいじゃないですか、まだ始まってないんだし。それに魔物は街までは来れんでしょ」
貴族を前にして席も立たずに言い訳か、無礼も甚だしい連中だ。
何だ、酒まで飲んでいるのか?
「御託は良い。皆、役目を果たしているのだぞ。従わぬのなら正式にゾンシュダンギルドに抗議を入れる事になるが?」
「へいへい、分かりましたよ~」
彼らは億劫げに席を立つと、大袈裟に肩をすくめた。
「出来たよ~」
厨房から、フォルが大鍋を抱えて出て来た、炊き出し用の料理が完成したようだ。
「坊主、チビの癖に力あるじゃねーか」
ゾンシュダンの一人が、フォルに興味を示してしまった。
「ん? 何だ女なのか」
男はフォルのフードを引き剥がした。
「な! 獣じ……」
大柄のミントが男の後ろに回り、口元を押えて羽交い絞めにした。
フォルはとっさにフードを被り直す、他の物には見られてないか?
取り巻きのゾンシュダンの冒険者達が剣に手を掛ける。
さすがに抜かない、その位の分別はあると見える、本来なら柄に手を掛ける事すら御法度だが。
ボクスとアドレーが、フォルを庇うように立ちはだかった。
アドレーは両腕で杖を構えて対峙するが、ボクスは両腕を下げて戦意が無い事を示している。
フォルは……その場に座り込み、フードを押さえて震えている。
他の冒険者達が、騒ぎに気付いてどよめき始めた、この場を収めねば……。
「静まれ! 事態が目前ぞ、状況を弁えよ! 其方達もさっさと持ち場に戻れ!」
声を張り上げて事態を制すると、ミントが押さえ付けている男に近付き、耳打ちをする。
「見た事は他言無用だ、口外したら命は物と思え、貴様の身内にも危害を及ぼすぞ」
低い声で囁く、ミントが拘束を解くと、男は慌てて走り去った。
「ごめん……マシィ、ごめん」
フォルが床に座り込んだまま、絞り出すような声で呟いた。
アドレーがフォルを抱きかかえて、優しく宥めた。
「あんたは悪く無いわ。そうでしょ、マシィ君」
自分は頷いて返す、ボクスが憤慨した面持ちで出口の方を睨み付けた。
「スタンダード・ランクがあれか。ゾンシュダンのレベルも知れた物だな」
アドレーが同意だと言わんばかりに、首を縦に振った。
「あんな連中、フォルにかかったら瞬殺なのよ。無事に済んだ事を有難く思ってほしいわね」
ミントとボクスが目を丸くして互いを見つめ合った、言っている事は間違っていないが、物騒な話はしないでほしい。
その時だ、乱暴にドアが開くと、役人が走り込んで来た。
「厄災発現を確認の報告有り! 丙種多数、乙種二七、甲種三。甲種はワイバーン一、鈎爪獣二!」
遂に始まった! それにしても数が多すぎる‼
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