忠犬5
自分は急ぎ、予約した店に向かうと、何故かミントとボクスは、入り口の前で待っていた。
季節は秋、日が落ちるとさすがに肌寒いというのに、何をしているのだ?
「二人共どうしたのだ? 先に入店していれば良いだろう」
「いやあ、こういう高級そうな店は、敷居が高くていけねえ……」
ボクスが頭を掻きながら、困惑した顔をしている。
いや、この店はそれほどでも無い、二人がくつろげる水準と考え選んだのだ。
もちろんドレスコードも無い、二人の服装は簡素な襟付きのシャツに麻のズボンだが、全く問題が無い。
「今夜は冷えそうだ、さっさと中に入ろう」
二人を促して入店し、ウエイターの案内で一番奥の個室に通される。
席に着いた二人は、どうにも落ち着かない様子だ。
楽に出来るよう個室を選んだというのに。
「二人ともご苦労だったな、収穫期は大活躍だったのだろ?」
彼等の緊張を解く為に話題を振る、これでは料理の味も分からぬだろう。
「からかわないでくださいよ、まあ俺らは農村出身ですから、それなりで」
ミントが苦笑いをする。
ミントとボクスは同村の出身と聞いた事がある、同い年で共に城下に出て来たと。
今年で一八歳のはずだ、中途半端な年齢で冒険者になったのは、何か事情が有るのかもしれぬ。
だが、そこまで踏み込むのは礼に反する。
「自分は農業に疎いのでな、やはり其方達のような経験者は重宝されるだろ?」
「ミントは水属性だから収穫物の乾燥に回されてんだ、俺は土属性だから収穫の方っす」
なるほど、農作業も属性によって得手不得手が有るのか、いろいろ興味が湧いて来る。
「土属性が収穫というのは分かるが、水属性なのに乾燥に回るのか?」
「ゆっくりと水分を抜くんです、もちろん火属性と風属性も駆り出されますよ、それぞれの属性でまとまって、多人数で交代でやるんです」
ミントの説明で納得する、収穫は大変な作業と聞く、村総出の作業となるらしい。
冒険者も駆り出されると聞いたが、そういう事なのか。
ほどなくして前菜が届く、中々きれいな盛り付けだ。
グランデルでは、二〇歳にならないと飲酒は禁止なので茶が出される。
自分はグラスを手に持つと二人に向けて掲げた。
「では二人の、二か月遅れの昇格確定を祝って、乾杯!」
「学者様には敵わんなぁ、乾杯!」
ボクスが苦笑いをしながらグラスを掲げると、ミントも続く。
本来なら彼らは先月にはスタンダード・ランクに昇格していたはずだが、厄災騒ぎで査定が後回しにされたのだ。
二人は評価が高い、査定は形式上の物だ。
「其方等には不運であったが、自分にとってはありがたい話なのだ」
前菜の、野菜と生ハムを乗せたパンを摘まみながら、自分は二人に思いを話す。
「今回の厄災防衛戦では、我々ビギナー・ランクは城下で待機となる訳だが、立場上で自分がまとめ役にと、ジョーグからお達しがあった。昇進が遅れたから其方達も城下での待機組だ。二人がいてくれるのは心強い限りだ」
「お貴族様ってのも大変っすね、でも俺達なんかでもお役に立んすか?」
ボクスが謙遜する、自分はスープで喉を潤すと感慨深げに口を開く。
「其方達には感謝をしているのだ、貴族の自分を受け入れてくれた事に……。他のパーティーの依頼にも参加したが、やはり距離を感じるよ」
「俺達も助かったんです、弓使いのギヤがパーティから離脱して困ってところで」
ミントが笑みを溢す、だから前衛二人しかいなかったのか。
「でも学者様は神殿の人っすよね。こういった場合、学院の学者はそちらで待機になるんじゃ?」
ボクスの疑問は最もだ、自分も学院研究生なのだから。
「自分の所属は、あくまでもヴァーサターム王国中央神殿だ、ここでは冒険者の立場が優先される」
そう、東の神殿にとって、自分は部外者なのだ。
主菜が運ばれてくると、二人は目を丸くすると、ミントが自分の顔を凝視する。
「いいのですか? こんな高そうな物を」
「日頃の感謝のしるしだ、遠慮なく食してくれ」
草履ほどの大きさの牛フィレ肉のステーキだ、そこまで高級な物でも無い。
彼等はボリュームが有る物を好むと思い選んだ、自分の分はその半分の大きさだ。
「アドレーの件でも、迷惑をかけているからな」
「いやあ、だいぶマトモになったっすよ、あの問題児が……学者様、何したんすか?」
ボクスが感心したかの顔をする。
「自分は何も……先生の、大賢者様の弟子のおかげだ」
アドレーは対・魔術訓練でフォルに完膚なきまでに、大敗した。
それに対し、自分がフォルをあっさりと仕留めたのを見て、魔術の活用法に真剣に向き合うようになってくれた。
……アドレーは何故か、フォルと共に打倒、自分を掲げているが……。
彼女が事も無く、フォルと仲良くなったのも驚きだ、城下を案内した時に何かあったらしいが。
アドレーにとって、フォルの菓子店での態度が気に入らなかったらしい……後ろ向きで最初から諦めていると……。
何故が自分が愚痴を聞く羽目になった。
だがフォルは当の菓子店に、ほぼ毎週通っている。
定休日に、菓子作りを習いに行っているらしい。
アドレーから聞いた話では、当初は一度切りだろうと予想したが、店主に気に入られたらしい、教えている間に打ち解けたのだろう。
店主はフォルが獣人だと知った時、辛辣な態度を取ったのだとアドレーは憤慨していた。
アドレーも獣人を嫌っていたようだが、他人のそれを目の当たりにして、何かを悟ったのだろう。
現在はフォルと良好な関係を築いている。
城下の食べ物屋で、何故か自分に勝つ方法を議論しているとフォルから聞かされた。
「境界様の弟子、ですか。どんな人なんですか?」
ミントが身を乗り出す、アドレーの変化を見て興味を覚えたか。
「素朴で温厚な少女だ。気立ても良い……いつもこまめに家事をしている働き物で、その上努力家だ。勉学が苦手なのに、必死になって励んでいる」
自分はフォークを皿に乗せ、少し間を置いた。
「そして……そしてだ……二人には話して置きたい。その弟子なのだが、厄災防衛戦に参加する事になった」
「冒険者でも無いのにっすか? これまた無茶だな、魔術に長けてる子で?」
ボクスの疑問は当然だ、普通なら避難民の側に回るのだから。
「いや、魔術は使えない、だが体力があるから裏方仕事をやらせる」
「その程度の話ですか、だったら改まって言う事では無いですよね?」
ミントは訝しんだ、何か不穏な事柄を察したようだ。
「武に長けているのだ、不測の事態が起きた時に、戦力になる」
自分はここで、言葉を切った。
「獣人なのだ」
二人は、フォルに何を思うだろう。
「学者様、それって?」
「其方達には面倒が被らぬよう、努力はする。今回の厄災防衛戦は規模が大きくなると予想されていて、冒険者ギルドはサンデコリーとゾンシュタンの冒険者にも応援を要請する」
ここで一旦、言葉を切った……胸中が穏やかならぬ。
「城下待機に余所者が混ざるのだ。派遣されて来るのはスタンダード・ランクだろう、自分が貴族の権威を振りかざした所で、押さえられぬかもしれぬ……」
何かあったら……自分は構わない、だがフォルは?
フォルは強い、冒険者達に後れを取る事は無いだろうが、彼女は自分を抑え込むだろう。
だが決して傷つかない訳では無い、そんなフォルを見たくない……。
「そんな顔は止めてくれよ、飯が不味くなりまさ」
ボクスが薄く笑みを浮かべ、優しく目を細める。
「俺達は獣人は知らないが、学者様の事は存じてますぜ、なあミント」
「あなたが獣人の娘の話をしている時の顔は、とても優しかった。おれはそんな学者様を助けたい」
自分は幸運だ、この二人に出会えた事を女神に感謝する。
「ところで学者様、昇格した後なんですが、俺達を誘ってくれてるパーティが有るんです」
ミントが改まる、そうか、二人は優秀だからな、もう誘いが来ていたか。
「学者様も一緒にどうですか? あなたの腕ならスタンダードと混じっても十二分です」
自分はコーヒーで口を潤し、軽く微笑んで見せる。
「ありがたい話だが、良いのか? 今だとアドレーもおまけで付いて来るぞ」
二人はお互いの顔を見合い、苦笑いをする。
厄災防衛戦まで、あと一か月……。
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