忠犬4
う~ん、わたしがひったくりを捕まえた事が目を引いてしまったか。
こっそり、おばあさんの手荷物を取り返すべきだったか?
それだとわたしがひったくりみたいだ、なんか嫌だ。
商業地区の外れは人は少なく、アドレーは遠慮無しに大声でわたしに注意をする。
「獣人は嫌われてるのよ、騒ぎを起こしちゃ駄目でしょ!」
アドレーは腰に手を当てて、目を吊り上げる……美人さんだから中々迫力が有るね。
わたしは彼女を宥めようと、笑顔で手をひらひらさせた。
「大丈夫だよ、バレて無いから」
「ほとぼりが冷めるまで、別の所に行くわよ」
なにか美味しい物を食べたかったけど、仕方が無いか。
アドレーに付いて行くと、やがて河が見える場所に出た。
ここは街の一番南端のようだ、城壁の南端、河にはレンガの橋が架かっていて、北側にはもう二本、同じような橋が見える。
河幅は一〇〇米位かな、今は水位が低いけど、増水しても大丈夫なように、深く作られているんだね。
「グランディル城下の河の西側は行政地区になっているの。一番北にある建物が官行所よ。真ん中の大きいのがグランディル城、南側は貴族用の住宅地よ」
アドレーの説明に合わせて、それぞれに視線を移す。
これも、わたしには縁がなさそうな場所だね。
それにしても、中央にあるグランディル城がすごく目立つ。
その建物は高い所にあり、石造りでとても丈夫そうだ。
大きな建物だが、神殿みたいな彫刻や飾りが無い、実用が一番といった感じだ。
「なんであんなに高い所に建てたんだろ、お城に入るまで大変そう……」
「中央の橋から直接入れないようにする為よ。渡っても城壁が有るの。南北からも壁に隔てられてて侵入は困難な造りになってるのよ。城主のニジア様は人類を救った英雄、カーク・グランディルの後裔なのよ。ご本人もとても勇猛な方だと聞いているわ」
アドレーは目尻に力を込め、真剣な眼差しで城をじっと見つめた。
「あの城はね、四〇〇年前からずっと人類を守り続けてきたの。そして、これからもね……。私達、グランディルの民の誇りなのよ」
そう語るアドレーの視線に、わたしも重ね合わせた。
グランディル城、何か不思議な感じがするお城だ、古いからというのとはちょっと違う、何か暖かい感じ……。
「ボーっとして無いで、ちゃんと覚えなさいよ。街まで侵入される事は無いだろうけど、万が一の備えは必要なんだからね」
うん? アドレーは何の話をしてるの……。
わたしは首を傾げる、考えてみたがサッパリ見当も付かない。
「厄災よ、私達は街の守備をするのよ……まさか、境界様から何も聞いて無いの?」
「え? わたしも出るの!」
厄災って、最近出来た大きい瘴気だまりの奴だよね。
先生と交代で監視してるけど、何か月後かに弾けて魔物が沢山出て来るって……。
「マシィ君からも聞いてないの? 言っちゃったのまずかったかしら?」
「違う! マシィは先生が話したと思ってるんだ。先生は多分、忘れてる!」
先生はそそっかしい人だ、絶対そうだ!
大事な事はちゃんと言ってよ!
***
アドレーお勧めの、とても美味しいというお菓子屋さんに連れてこられた。
釣看板には『樫の木堂』とある、落ち着いた感じがするお店だ。
食べ物屋さんに入るのってすごく緊張する、一人だったら絶対に無理だ。
注文はアドレーにお任せする、彼女は仕立ての良い服を着ていて身綺麗だ、良い所のお嬢様なのだろう、そんな人のお勧めだから美味しいに違いない。
彼女が注文したのは、生クリームをパイ生地で挟んだケーキだ。
果物も挟んであって、何層にもなっている、見た目も綺麗で凄く美味しそうだ。
手を合わせて頂きますをする。
フォークで切り分けようとしたがパイ生地が固くて潰れてしまう。
「横に倒すと切り易いわよ」
アドレーはフォークとナイフで挟み、形が崩れないように丁寧にケーキを倒すと、その上から切り分けている。
なるほど、そんな食べ方があったか。
わたしも真似をして切り分け、口に運ぶ。
濃厚なクリームと果物の酸味の絶妙だ、鼻に抜ける香りがとても心地良い。
サクサクのパイ生地は、バターの香りと最高の相性だ。
ふわっとしたクリームに、パイ生地の口当たりが面白く、噛んでいて楽しい。
「美味しいー! こんな食感、初めてだよ。どうやって作るんだろ?」
「興味あるの?」
わたしは料理を作るのが好きで、お菓子も作ってみたいと話したら、アドレーは席を立つとカウンターに向かった。
「あのお菓子のレシピを、教えて貰えないかしら?」
な! いきなり何を言い出すの? 店員さんがびっくりして困った顔をしてるよ。
「うちは、この店に材料を下ろしてるの、分かるでしょ?」
わたしは慌てて駆け出すと、アドレーの袖を掴んだ。
「お店の人に迷惑だよ!」
「何? あんたが知りたいって言ったんでしょ」
「ダメだってば!」
わたしは首を横に振り、袖を強く引っ張る。
「無理を言うもんじゃありませんよ、ウエイスのお嬢さん」
階段の方から声が聞こえた、その主は……。
「さっきは助かったよ、女の子だったとはね」
ひったくりに襲われたおばあさんだ……ここの人だったんだ。
「ごめんなさい! すぐ出て行きますので」
わたしは何度も頭を下げる、顔を知ってる人に、迷惑は掛けられないよ。
「待ちなさいな、礼くらいさせてくんかの。話を聞いてたが、お前さんは菓子作りに興味が有るようだが?」
「はい、ですが……」
おばあさんは顔をほころばせると、わたしを手招きした。
「遠慮は無用だよ、作っている所を見せてあげる」
このおばあさん、良い人なんだ……だったらなおの事、甘える訳にはいかない。
わたしは意を決してフードを脱ぎ、細い髪と獣の耳を露わにした。
これを隠したままは良くない。
途端、おばあさんの顔色が変わった、分かってた。
おばあさんは厳しい顔をして、わたしから目を逸らした。
「すまないね、さっきの話は無しだ。今日は帰っておくれ」
おばあさんの声に険しさが籠る、当たり前の反応だ。
「ちょ……なによソレ! あんた……」
アドレーが声を荒げた、わたしは彼女のマントを引っ張り首を横に振った。
わたしはおばあさんに頭を下げ、そのままドアノブに手をかける。
お菓子の作り方、知りたかったな……仕方ないよね。
「待ちな! 最後まで話をお聞きなさい」
おばあさんが声を荒げ、わたしに近付くと、耳元で囁いて来る。
「あさって、うちは定休日なんだ、来られるかい?」
わたしはポカンとした、どういう意味だろう?
「道理は通すさ、だが獣人が厨房にいるのを他のお客さんに見られたく無いんだ」
「でもご迷惑じゃ……」
「私もグランディルの女だ、二言は無いさ。直々に教えてやるよ」
おばさんの目は冷たく、声も厳しいままだ、だけど……。
「よろしくお願いします」
わたしは深々と頭を下げた。
やっぱりいい人なんだ、本当は好意に甘えてはいけないのだろうけど。
「なによ、それ……こんなの、おかしいわよ」
アドレーは腕を組んで、不機嫌な怖い顔をしていた。
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