忠犬3
わたしの元に、差出人不明の折り紙が届いた。
名は書いていないが、獣人の嗅覚がアドレーの臭いを嗅ぎ分けた。
『グランディル城下を案内してあげるから、すぐ来なさい』とだけ書かれている。
アドレー、昨日の対・魔術演習で戦た女の人だ。
知り合ったばかりの人からのお誘い……う~ん。
先生に手紙を見せたところ、行って来いと言われた。
マシィが付いて来たがっていたけど、先生に仕事をしろと止められてた。
うん、お仕事は大事だ。
わたしは転移陣に向かうとグランディル城下から四粁離れた森にある出口に繋がっている石の前に立つ。
使い方は覚えた、魔力を流して起動させる。
瞬間、空気がもわっとなり耳がキーンとした。無事に移動出来たようだ。
グランディル城下に転移陣は、東の神殿内、グランディル城前、付近の森と三か所設置してある。
東の神殿は怖いので、森に設置してある転移陣を使った。
先生から、いつでもすぐに利用出来るようにと言われているので、空の転移陣に魔力を充填する。
小走りで門に向かうが……おお、大きい。
街は壁に覆われている、高さは四、五米位あるかな?
門の前に騎士が立って見張っている、どうしよう……通してくれるかな?
怖いから騎士には近付きたくない。
「この城壁どのくらい長いんだろ?」
思わず呟く、どこか忍び込めるところは無いだろうか?
「全長は約五粁あるわよ」
背後から声が⋯…この臭いには覚えがある。
振り返るとアドレーが手紙をひらひらさせて見せる。
「マシィ君から折り紙が届いたわ、外から来るから迎えに行ってやれって」
「良かった~、忍び込まなくて済んだよ」
「あんたの身体能力なら、楽に出来そうね……」
アドレー声は呆れたふうだ。
「さっさとマシィ君から貰ったマントを着なさい。獣人が街を歩いてたら目立つんだから」
『マシィ君』って呼んでるんだ……。
わたしはマシィから貰ったフードの付いた赤色のマントを身に付ける。
長スカートで尻尾を隠すと、獣の耳と髪を隠す為にフードを被り、わたしが獣人だと分からないようにする。
「獣人の世話を焼くなんて本当はまっぴらなのよ。けどあんたは境界様の弟子だって言うし、獣人でも特別に扱ってあげるわ」
アドレーは腕を組むと、わたしから目を逸らした。
「私はこの街で生まれ育ったから詳しいの、マシィ君より役に立つんだから」
獣人に対する反応は普通だ……でも、面と向かってはっきり言う人は珍しい。
それに、いろいろと言い訳みたいに聞こえる、変な人だ。
門番の騎士に先生から貰った通行手形を手渡す、以前から作ってあったらしい。
わたしの身元を示すものだ、先生が引受人になっている、なんだか嬉しい。
すんなり入門の許可が下りた、やっぱり先生の名声は凄い、フードを取れと言われなくて良かった……。
アドレーは素通りしている、冒険者だから騎士と面識が有るのだろう。
城壁をくぐると、そこには背の高い建物が所狭しと並んでいた。
壁の長さは河の東側、約五粁とアドレーが言っていたから中はかなり広い筈だ。
「わ~大都会だ……」
道幅も、二輛の馬車が楽にすれ違える広さだ。
歩きながら、きょろきょろと辺りを見廻し、建物を見上げる。
「田舎者丸出しね……みっとも無いわよ」
アドレーに窘められたが、見るのが止められない。
こんなの初めて見た。
グランディルは辺境都市って聞いていたけど、凄く発展してる。
ほどなくして広場に到着した。
「正面にあるのが東方神殿よ」
これが『東の神殿』か……
アドレーが、建物を見上げる。
「グランディル公国の境界線の護りの要よ。だから僧侶の他に、騎士や魔術師、聖女が沢山在籍しているわ」
立派な建物で、なんかいろいろ彫刻がされてる。
「神殿の左側が官行出張所、宿泊施設。右が酒場と料理屋ね。礼拝や商売に来た人が利用するの。料理屋の隣にあるのが冒険者ギルドよ」
周りもカッコ良く整備されてて、広場の真ん中には立派な泉がある。
石段から水が流れ落ちていて、とっても涼しげだ。
「その泉は只の飾りじゃ無いのよ。厄災とか、災害時の避難民の生活用に使われるわ」
そうか、付近の村から避難してくる人達用の用水なんだ。
「魚が泳いでるよ」
「河から水を引いてるから、入り込んだのね」
神殿前の広場は、かなりスペースがある、厄災の時は、ここに沢山のテントが立つのだろう。
「ここから北側は居住区になっているけど、余所者がうろついても怪しまれるだけだから、南側に行くわよ」
そそくさと歩くアドレーについて行く。
「街の南側は商業街と、河に面している部分は職人地区になってるの。人が多いからはぐれないようにね、それと目立つ事はしないでよね」
広場の南側に入る道付近に面したところには、野外市場が並んでいる。
沢山食べ物が並んでいて、ゆっくり見たいけどグっと我慢してアドレーの後について行く。
「この建物が商工会、商業ギルドよ。この街で商売する時はここに登録するの」
まあ、わたしには縁が無い所だね、立派な建物だけど入る事は無いかな。
商業地区……道が広くてとても清潔だ、嫌な臭いが全くしない。
人が沢山いて賑わってる、こんなの初めてだ。
お店も沢山あって、いろんな物が売ってる、アクセサリーや時計、高そうだな。
あんまり興味は無いかな。
武器屋とかは無いのだろうか? アドレーに聞いてみる。
「武器や防具は職人地区ね、工房の店頭に並べて有るのよ。見たいの?」
わたしは首を横に振った、先生から貰ったナイフが有る。
それよりも気になるのは食べ物屋さんだ、どのお店からもいい匂いがする。
さっき通り過ぎたパン屋さんから漂って来た香ばしい香り、すごく美味しそうな匂いだった。
なんだかお腹が空いて来たな、なんて考えてたら……アドレーがいなくなってる!
はぐれた? まずい……人が多くて見つからない……いやいや落ち着こう、気配と匂いを探って。
その時だ、女性の弱々しい悲鳴が聞こえた。
目を向けると、おばあさんが倒れていて、人混みを掻き分けるように走り去る人が見て取れた。
なんだ、ただのひったくりか……これだけ人が多ければやり易いよね。
おばあさんは……怪我はないみたい、近くにいた人が助け起こしてる、ほっといていいね。
さて、ひったくりさんは……身体強化を使って逃げてるな、おかげで感知出来る。
魔術を使ってても遅い……ヒト族って不便だよね。
わたしは軒先に飛び乗ると、目視でひったくりを確認。
軒先を飛び移りながら、距離を詰める。
ひったくりがいる所にジャンプして、目の前に立ち塞がった。
襟を掴んで引き込む。
肩に担いで投げに入った。
まずい!
地面は石畳だ。
このまま落としたら、大怪我させてしまう。
落とす寸前で、襟を引き上げる。
勢いはついたままだから、ひったくりは背中を強打する。
良かった、頭は打って無いな。
ひったくりは口を大きく開けて苦しんでいる。
息が出来ないのだろう、大きな怪我もなさそう。
わたしは彼から、おばあさんから奪った巾着を取り戻す。
アドレーが人を掻き分けて来るのが見えた、良かった、見付けてくれたんだ。
「何やってるのよ、目立つなって言ったでしょ!」
アドレーが声を潜めて呟く、顔が近い。
そして腕を引っ張られるが、わたしはそれを振りほどいた。
「待って、おばあさんに手荷物を返してくる」
わたしは彼女の手首を掴み、逆に引っ張っていった。
ええと、おばあさんは……見つけた、道の端に寄って困った顔をしてる。
独特の香料の臭いがするからすぐに分かった、巾着からする匂いと同じだ。
おばあさんに巾着を差し出すと、目を丸くしながら受け取ってくれた。
アドレーにぐいっと腕を引っ張られる。
口をあんぐりと開けてるおばあさんに手を振った、良かった、無事に手渡す事が出来た。
商店街の外れ、人込みが切れる所までまで連れて来られると、ようやくアドレーは手を放してくれた。
「あー、何か食べたかったのに……」
美味しそうなお店が沢山あったのに……残念だ。
「何呑気な事言ってるのよ! 獣人ってバレたらどうするの?」
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