忠犬2
アドレーの再教育、自分が下した彼女の問題点。
それは『責任感の欠如』と結論付けた。
先の戦闘でアドレーは、戦闘の流れを全く考慮しておらず、思い付きで魔術を行使していた。
魔術師の役割は『支援』、前衛を補助する事にある。
戦闘において、主体はあくまでも前衛なのだ。
故に支援職は前衛に対して責任がある、彼等を護り、補助をする事。
前衛にとっても背中を預けるからには、支援は信頼が出来る物である必要がある。
アドレーにはその意識が欠けている。
フォルとの対・魔術訓練、アドレーにとっては対・格闘戦になるのだが、そんな言葉は存在しない。
この訓練形式は、前衛職が魔術師や特殊能力を使う魔物との戦いを想定した訓練だからである。
狙いは、アドレー自身を攻撃目標にして対応させる事にある。
彼女が自身を魔術で護り援ける、支援職の役目を状況の中から身を持って体験させる。
要は『荒療治』な訳だが、我の強い彼女はこれくらいしないと理解出来ぬだろう。
先生の合図とともに始まった模擬戦、アドレーに向かってフォルは疾走する。
アドレーはフォルに炎弾を放った、模擬戦用に威力は押さえているようだが。速力はそのままだ。
彼女は『火』属性、直接攻撃には有利だが相手が悪い……案の定、フォルに簡単に回避される。
その分フォルの接近時間にロスが生まれた、アドレーは防壁を張って備えるが……。
フォルは大地を掴んだ両足に力込め、その防壁にこぶしを叩き込む。
こぶしは反発する防壁に防がれるも弾き飛ばされる事も無い、恐らくフォルは、こぶしから魔力を流して侵食しているのだろう。
そんな真似は、フォルにしか出来ない。
「オオォーー!」
フォルが咆哮を上げる、徐々に大地に足がめり込んで行く。
アドレーはと言えば両手で杖を握りしめて、脅え切っている様子だ。
フォルは獣化もしていて、雄叫びを上げるその口からは鋭い牙が見て取れる。
先ほどまでの、穏やかなフォルの緩んだ笑顔からの落差たるや。
鬼の形相で犬の鋭い歯を見せ付けれられ、目の前ででこぶしを突き立てられて咆哮を上げているのだ。
しかも僅かづつ、そのこぶしが防壁を侵食してアドレーの顔面に接近する。
「あれはさぞ、怖かろうな……」
先生が呟く、自分も同感だ。
「市民のお嬢様には酷ですが、良い薬になる事でしょう」
その時、フォルのこぶしが炎の壁を付き破った。
そのこぶしはアドレーの目元から二、三珊の所で寸止めされた。
力無く崩れ落ちたアドレーは、涙を流してしゃくりあげている。
「君ならどうしてた?」
少々呆れ気味に先生に問われる。
「自分なら防壁を張った直後に、次の術の準備をしますが。そもそも、防壁なんて貼りませんよ」
「それは何故だい?」
「今回、フォルはこぶしで魔術の防壁を侵食破壊しました。自分が相手だったら、彼女はそんな事せずに、壁を飛び越えて殴り掛って来ますよ」
「ちょっと! 何、呑気に解説してんのよ‼」
アドレーがこちらに怒号を飛ばして来た。
フォルに気圧されて腰を抜かしたようで、地面にへたり込んんだまま立ち上がれないようである。
「何よこの子! 強すぎるでしょ⁉」
先生も、ここ迄酷い結果は想定していなかったのか、困ったように頭を掻いた。
「さすがに納得できないだろ、もう一戦やるか?」
「やります、当然でしょ!」
涙を拭い、強がって見せている、中々負けず嫌いな性格である。
二度目は更にひどい物だった。
アドレーの弱さに、戦意を喪失したフォルは先程と同じ距離を取った物の、小走りでゆっくりと近付く。
アドレーはここぞとばかり追尾炎弾を発射するも、フォルは薙ぎ払って破壊する。
素手で魔術攻撃を退けるか……これはますます手に負えなくなって来たな。
フォルは困惑しきった顔で先生を見たが、気を折り直してアドレーに向かって一気に駆け寄り、勝負を決した。
「フォルの奴、かわいそうになっちゃったんだな」
先生がそう漏らし、自分に視線を送って来る。
「見本を見せてやってくれ」
先生に言われるまでも無い、はなからそのつもりだった。
フォルに声を掛けると互いに五〇米離れる。
対・魔術訓練の基本距離だ。
さて、自分は懐から秘密兵器の、拳大の亜麻袋を取り出すと、先生の合図を待つ。
勝敗は……あっさりと決した。
フォルがスタートしたと同時に、呪文の詠唱を開始、タイミングを見計らって用意した秘密兵器を投げつける。
詠唱に集中しながら別の動作をするのは中々難しい、習得まで苦労した。
秘密兵器の亜麻袋に対して術を発動、『追尾矢』を掛ける。
この術は飛翔する矢を風に乗せて、攻撃目標に誘導するという物だ。
投げ付けたからには袋は飛翔物である、それは矢と同様に扱える。
接近する袋に対し、フォルはかわす、もしくは弾こうとするだろう。
だが対処されるより先に袋を破裂させると、内容物がフォルに降り注ぐ。
細かい粉末状のチリぺッパー、真っ赤なソレが拡散すると、フォルはそのまま転倒し激しくのたうち回った。
風縛で仕上げだ。
チリペッパーを吸い込んで呼吸もままならない所に、風の渦でとどめを刺す。
「やめ、やめ!」
先生は慌てて訓練を止め、こちらに小走りで駆け寄って来る。
「君もえげつ無い事をするねぇ」
自分とすれ違いざまに呆れた感じでぼそっと呟く。
「まだ、負けてやる気はありませんので」
フォルの元に向かう先生の背中にそう返した。
「あの子が境界様の弟子なのね、ギルド長に厄災防衛戦の参加をごり押しした……」
アドレーが自分の傍らに立ち、フォルの方を見詰めた。
涙と鼻水で顔がひどい事になっているフォルに、先生が回復術を施している。
「弟子の噂は耳にしていたけど、まさか獣人だなんてね……」
アドレーは目を細めた。
「先生は以前、冒険者ギルドにフォルを特別扱いしろとは言えないと仰ったのだ。だが厄災への参加を無理やり捻じ込んだ」
「何かお考えが有るのかしら?」
「どうなのだろう、気まぐれなお方だしな。だが……備えとして、なのかもしれぬ」
先生は今回の厄災は、以前の物よりも規模が大きいと予想されている。
魔物の討伐に、スタンダード以上の冒険者と騎士団は城下の外に陣を張る。
グランディル城は公国騎士団が守り、東の神殿は騎士団一部隊が残るそうだ。
城下を守る冒険者はビギーナ―・ランクのみとなる。
ギルドと騎士団は、城下にまで魔物が押し込まれることは想定していない。
手薄にしてでも城壁の外で迎え撃つ訳だが、今回は規模が大きくなる。
万が一に備えて、戦闘力があるフォルを置いて置きたい。
三か月後、フォルは更に強くなっているはずだ、もちろん自分も助力をする。
少数精鋭と言った所か。
先生は積極的には、世情に係り合いになりたがらない。
だが正義感が強く、厄介ごとは捨て置けない質でもある。
もしもに事態に備え、あらかじめフォルを配置して住民を守りたい。
そんな思いが有るのでは無いか?




