ドッグラン23
厄災が発現するのは三か月後? 自分には随分と猶予があるように思える。
そんなに先なのか……厄災は過去にも起きているのだ、まだ騒ぐような段階では無いように思えるが?
そう聞かされても、ギルド長は真剣な表情を崩さない。
「三か月ですか、秋の収穫時期の後になるのは不幸中の幸いですね、ですが冬にずれ込むとなると、防寒対策がいりますな」
なるほど、準備が必要になる訳か、農村からの避難民の受け入れや食料の備蓄なども必要なのだな。
「ですね、役所には周辺の村に周知をお願いしてください。それとサンデコリーとゾンシュタンの冒険者ギルドにも協力を要請するかもしれない旨を伝えておいてください。今回は今までの物より、規模が大きくなる可能性が有ります」
サンデコリーは北部にある港町、ゾンシュタンはそこと城下街の中間に位置する宿場町だ、それらの冒険者ギルドにも応援を要請する可能性もあるのか。
「予兆はどんな具合で?」
ギルド長は先生が示唆した可能性が気になるようだ。
「まだなんとも言えませんが、かなり大きくなるかも。厄介なのが生ずるか、細かく来るかは経過次第ですが」
先生にはこれまでの経験で、瘴気だまりの変化に対して予想が付くという事か……。
経過により、生ずる魔物の数や強さも変わってくると。
山歩きとは、意外にも重要だったのだな。
「承りました。逐次、報告をお願いします」
「ええ、変化が見られたら、その都度状況をお知らせします」
先生は真剣な表情でうなずいた、どうやら話は済んだようだ。
まだ、先行きが不透明なのだ、現状で詰めた話も出来る物でも無いだろう。
「ではギルド長、次の議題に移って宜しいですか?」
先生はそう言うと、ティーカップに口を付けて喉を潤し、鋭い視線をでギルド長に送る。
「単刀直入に伺いますが……アドレーはポンコツですか?」
「ビックリすほど、ポンコツです」
ギルド長は即答した。
「魔力が強く、術も正確なのですが、如何せん戦闘のセンスが壊滅的です。それでいて強気な性格から、他の冒険者からも敬遠されがちです」
ギルド長は真剣な面持ちで、先生に真っ直ぐな視線を送った。
先生の表情から呆れの色が見える。
「高度な魔術の使い手なら、ポンコツでもパーティーに招き入れたいっていうのが普通だろうに」
「彼女程の実力を持った魔術師は貴重です、成長を見越してポンコツでもスタンダード・ランクに昇格させたのですが……戦闘時は兎に角、的外れな術をおかしなタイミングで使うのだそうで、しかも魔物にビビッて怯んでしまう事もあるとか」
「それは危険ですね。その上ポンコツは勝気な性格も起因していると来ている」
アドレー本人がいる前で……二人とも容赦がない。
当のアドレーに目を向けると、俯いて震えている……何とも居た堪れない。
「まさにポンコツのなせるワザです」
このギルド長の言葉がトドメとなったのか、アドレーが勢いよく立ち上がる。
「ポンコツ、ポンコツ言わないで!」
両のこぶしを固めてアドレーが叫ぶ、その目尻に涙が浮かんでいる。
先生はを付くと目を細めて、立ち上がったアドレーを見上げる。
「おれには、君の御父上に対する責任もある。それに彼は、君が失敗するのを望んでいるだろうし……マシィ」
先生が自分に視線を移した、嫌な予感がする……。
「彼女の面倒を見てやってくれないか? 君は教えるのが上手い」
案の定だ……厄介ごとを押し付けて来られた。
「先生はやらぬのですか?」
「おれは賢者であって魔術師じゃねえ。正直、教えるのも下手だ」
「自分も魔術師は本職じゃありませんが……」
目を細めて先生を恨みがましい視線を送る。
「君は冒険者だろう」
詭弁もいい所だ、ただでさえ抱えている事が多いのに、この上『子守り』までしろと仰るのか?
「待ってください境界様! 私がコイツの下に着くの? いやよ‼」
アドレーが異議を唱えるが……上位貴族の自分に対して『コイツ』と来たか、粗暴な言葉遣いは許したが……。
先生は涼しい顔をして足に肘を預け、頬杖を付いた。
「じゃあ、冒険者を廃業するか? 父上は大喜びするぞ。ギルド長、マシィの評価はいかがですか?」
先生の問いに、ギルド長は腕を組んで目をつぶった。
「素晴らしいの一言です。術も迅速かつ正確、戦闘センスも高く、度胸もあります。依頼で訪れた村での交渉事も、実に見事だったと聞いています。上位貴族で敬遠されてはいますが威圧的で無く、共に依頼を受けた冒険者からはすこぶる好評ですな。難があるとすれば、優秀過ぎて他の初心者ランクの成長に悪い影響が有る事でしょうか」
アドレーの酷評からの高評価……むしろ居た堪れない、さすがに彼女が気の毒に思えた。
「決まりだ、マシィ、アドレーを頼んだぞ。今後は彼女も同伴で依頼に参加してくれ、宜しいですね、ギルド長」
「アドレーが使い物になれば、我が冒険者ギルドにとっても大きな益となります」
クッ……とんとん拍子で話が進んでしまった。厄介ごとを押し付けられてしまったか。
先生は歯を見せて笑みを浮かべると、ポンと膝を叩いた。
「決まりだ、話は以上だな。そうだ、ギルド長に頼みたい事があるのですが」
「なんでしょう?」
訝し気にギルド長が言葉を返す。
最後の最後で、何か予感したのか。
先生は一呼吸、間を置くと指を組んでギルド長を見据える。
「防衛戦に、おれの弟子を起用して頂きたいのです」
「境界様のお弟子さんをですか?」
ギルド長は目を丸くし、明らかに動揺している、先生の弟子、フォルが獣人である事を知っているのだろう。
先生はテーブルに目を落とすと、やがて口を開いた。
「もちろん、前線に参加させろとは言いません。後方で、雑用で構いません、アイツに厄災を見せておきたいのです」
「いや、ですが……」
ギルド長は狼狽え、困惑している……獣人であるフォルを組み込むことに抵抗を感じているのであろう。
「お願い出来ませんか? まだ子供ですが役に立ちますよ」
先生の言葉に、ギルド長は押し黙ってしまった、考え込んでいるようだが、恐らく断る言葉を探しているのだろう。
先生はそんなギルド長に対して、鋭い目で強く睨み付けた。
「おい、襲撃された商隊から瀕死の女児を保護したって手紙を出した時、詳細も聞かずにアイツをおれに預けたよな。あれは盗賊ギルドが子供を運んでいた事に厄介の臭いを感じたからじゃ無いのか?」
先生の言葉遣いが、先ほどまでの丁寧な態度とは打って変わって荒い物になった。
「ビノー、あれは貸しだと思ってるぜ、頼みを受けるのが筋ってもんだろ!」
先生の罵声に、ギルド長は明らかに怯んでいる。
しかも名前を呼び捨て……先生は以前、自分には市民のギルド長の顔を立てろと仰ったのに。
「裏方でいいんだ、融通しろや。少なくとも、おれはその位の頼みが出来る程度は、冒険者ギルドに貢献してる筈だ」
「……考えさせてください」
絞り出すようにギルド長は言葉を発した、先生は厳しい顔で彼を睨み付ける。
「いい返事を期待してるぜ、ビノー」
もはや脅迫だ、先生がこれほど強硬な態度に出るのは珍しい、何かお考えがあるのか?
恐らく、先生にとってこれが本題だったのだろう。
まだ厄災の兆候を発見したばかり段階で、わざわざギルドまで足を運ぶ必要も無い筈だ。
それにしても……。
三か月後に到来する厄災……ただでは済まなそうだな、という予感がした。
フォル修行編「ドッグラン」はこれにて終了です。
次回からは厄災攻防編「忠犬」となります。




