ドッグラン21
フォルが自分の目の前で、先生にしか扱えない飛行具を作動させた。
つまりは……魔力を流すという行為は、女神の使者たる大賢者の特権では無いという事だ。
先生は頭を押さえて悶えているフォルには一切、気に掛けずに、慌てた様子で飛行具の状態を確認している。
「よかったー、壊れてはいないな」
「こっちも心配してください!」
フォルは涙目で訴えるも、先生は涼しい顔をしている。
「お前の頭はツバ付けときゃいいが、この子は壊れたら治すのが大変なんだ」
先生は、まるでそれが生き物かのように、飛行具を優しく撫でる。
なにかが分かりかけて来たというのに、この二人は何を呑気な話をしているのだ?
「先生! フォルは飛行具を起動できました、使い方を教えるべきです!」
「お、おお、そうか?」
自分が思わず声を張り上げたので先生は面食らったようだが、今はそんな場合では無い。
「所用が出来ました、失礼します」
そう言って、その場を後にする。
懐の転移陣の軌道用の魔石を確認すると、急ぎ足で向かう。
行き先は城下だ。
フォルなら先生にしか出来なかった、転移陣の魔力チャージと作動も出来るようになる筈だ。
城下に、気軽に行けるようになるだろう。
自分は転移陣から城下の神殿に移動し、古着屋に足を運んだ。
訪れた古着屋はなかなかの品ぞろえだったが、子供服は意外と少ない。
フォルが城下に来られるようにするには、あの獣人の特徴である耳と尻尾を隠さねばならない。
フォルのサイズでその条件に合う物……。
尻尾は、フッフールさんが用意したロングスカートだけでは、尻尾自体は隠せても服の下から不自然にふくらむ。
「ちょっと……」
背後から女性の声がした、それよりも衣装だ、スカートの不自然さを隠すにはマントのような物がいいだろう。
ちょうどフードの付いた赤い子供用の外套を発見した。
西方沿岸州連合の童話にあった、人狼が老婆に化けて食料を運んできた孫娘を食べてしまう話、その少女が身に付けていたようなフード付きの外套だ。
「ちょっと、あんた……」
また先ほどの声か、まあいい、この外套なら耳と尻尾を同時に隠せるな。
赤色で目立つか? いや、着ている者より派手な色の外套が目を引けば、意外と獣人とはばれないか。
サイズは少し大きいが、フォルはこれから背が伸びるだろう、トイ族はほとんど伸びないのだったか?
「ちょっと、こっちを向きなさいよ!」
「何事だ、無礼にも程があるぞ!」
たまらず振り返ってしまう、貴族としては立場上、この手合いを相手にしてしまったら相応の対応をせねばならない……。
そこに立っていたのは小柄な少女だった、子供か?
いや、彼女は冒険者ギルドで見かけたことがある、確かスタンダードランクの魔術師の女性だ。
身の丈は一五〇珊程か、細身が故になおの事、小柄な印象を与えている、手にしている標準サイズの魔術師の杖が大きく見える。
整った顔立ち、自分を睨み付ける大きく濃い紫色をした瞳は、中々印象的で迫力がある。
膝までの長さがある癖の無い髪質、枝毛も無く、良く手入れがされているが伺える。
シミ一つない透き通るように白い肌、裕福な家の者なのだろう、冒険者だから平民の筈。
普通は庶民が付く職だが、まさか市民なのか?
白いブラウスの上に纏っている黒のマントが、薄い髪色を際立たせている。
薄い黄色に近い茶色、色の薄さからして魔力が強いのかもしれない。
自分もその影響で髪は薄青をしている。
少女……いや、スタンダードランクの冒険者なら年上か、彼女は鋭く睨み付けて来た。
まったく、いろいろと考える事があるというのに、今日はどうなっているのだ!
早急に勘定を済ませて帰ろう、自分は彼女に背を向けると外套を手に取る。
いざ勘定場に向かおうと歩を進めると、娘は自分の袖口を握って来た。
「話を聞きなさいよ!」
この行為に堪忍袋の緒が切れた、見逃してやろうというのに何を考えているのだ!
「無礼千万、許しがたい、ここで待っておれ!」
早急に勘定を済ませ、娘について来るように促すと、以前に見つけていた、甘味処に入店した。
フォルの為に探した店だというのに……何故見ず知らずの娘などと。
この店は閑静で、内装も趣が有り、落ち着けるので気に入っている。
ウエイトレスの案内でボックス席に腰を下ろすと、メニューは待たずに注文をする。
「自分はどら焼き粒あんとアイスコーヒー、この者にはロールケーキとアイスティーを頼む、それで良いな?」
声を落として娘を威圧すると、彼女は目を見開いて首を縦に振る。
よし、注文も済ませたし、本題に入ろう。
「其方、まず道理を弁えよ。貴族には許可を得たうえで、己から名乗りそれから要件だ」
「なによ! いいでしょ、別に」
「弁えよ、と申したぞ」
自分は声を落とし、怫然とした表情を向ける。
「アドレー・ウエイスよ」
自分は腕を組むと、彼女を睨み付けて威嚇をする。
「……です」
「自分はマシィ・ライルラックと申す」
「知ってるわよ、わです」
自分はこう言ったやり取りは得意では無い、だがこの娘は、アドレーは弁えるべき立場にいる事を理解する必要がある。
「其方の振る舞いは目に余る。もし、自分が其方の家に正式に抗議を申し入れたら立場を悪くするのだぞ。訴えた場合は投獄も有り得る。家族にまで塁が及ぶのだ、努々忘れるな」
「わかったわ、した」
言葉遣いがおかしいのは何なのだろうか、だが納得はしたようなので今は不問としよう。
「何やってんだよ……」
聞き覚えのある声……振り返ると後ろのボックス席から先生が身を乗り出している。
自分が声を発する前に、アドレーがテーブルに手を付いて勢いよく立ち上がった
「境界様!」
「よう、アドレー、久しぶり!」
なんだと、二人は面識があるのか? 先生は席を立つと手を掲げる。
「おねーさ~ん、おれは今川焼こしあんとアイスコーヒーね」
先生の注文内容……この店の餡子が、甘さ控えめで風味も良く上品な事をご存じなのか。
「何故ここに?」
自分が問うと、先生は当たり前かのように隣に腰を下ろした。
「マシィの様子がおかしかったら、慌てて追いかけてきたんだよ。そうしたら古着屋から女の子を連れて出てきたからさ、ナンパかと思って付けて来たんだ。現場を押さえたらフォルに言いつけてやろうと思ったんだが、何やら説教を始めたから声を掛けたって次第だ」
とんでもない誤解だ、それに何故フォルの名が出て来る?
とはいえ、動揺して舞い上がっていたのは事実……結果が今の状況だ。
頭を冷やそう。
「……で、何を揉めてたんだ?」
「聞いてください! コイツが……じゃなくて、このお方がギルドに来てから、違う、いらしてから」
アドレーは何かを訴えようとしているが、言葉遣いが混沌を極めている。
「其方の好きな言葉で話せ、煩わしくてかなわぬ……」
不本意だが聞き苦しくてかなわん……呆れ気味に、アドレーに許可を与える。
「そう? じゃあお言葉に甘えて……境界様、聞いてください! コイツがギルドに来てから、私に仕事が回ってこなくなったんです、神殿の学者だか何だか知らないけど、新参者にかっ攫られて、いい迷惑よ!」
先生はお冷を手に取り口に付けた、それは自分のなのだが……。
「なんだ、君はパーティに登録して無いのか? 美人で、魔力も強くて腕も悪くないのに、どこからも誘われていないのか? 普通なら引く手あまただろうに」
先生の指摘が刺さったのか、アドレーは押し黙る。
注文したメニューが届くと、先生はコーヒーにシロップを並々に注いで掻き混ぜた。
「親父さんを喜ばせるだけだぞ、見返したいんじゃ無かったのか?」
アドレーは顔を伏せ、肩を落とした。
「境界様には感謝しています、父を説得して頂いた事は……」
言いがかりの理由にはならぬが、何やら事情があるようだな。
「お二人はどういったご関係で?」
「この娘の父親、ウエイスさんとは旧知でな。彼は卸売りの商会を経営してて、神殿に多額の寄付をしている敬虔な信者でもある」
なるほど、やはり市民か。
で、あるなら家業に携わる筈だろう、普通なら危険な冒険者業など娘にはさせない。
「良家の娘なのに何故、冒険者などやっているのだ?」
「私は出来る女性なの!」
先生は今川焼にかじりつくと、視線をアドレーに向ける。
「でも干されてるんだろ?」
甘味を咀嚼しながらの先生の言葉に、アドレーは怯んだ。
先生は薄眼で彼女を見ながら、ポンとひざを叩く。
「わかった、続きはギルドで話そう。ちょうど用事があるしな」
先生はいつもなら、冒険者ギルドとは折り紙で手紙を送って、やり取りをしている。
わざわざ足を運ぶとは珍しい……。
「何か、あったのですか?」
先生は、途端に真顔になる。
「厄災の兆候を発見した。ギルド長と対応を協議をする」




