ドッグラン20
自分の目の前で繰り広げられた、先生とフォルのバジリスク討伐。
そこで垣間見たフォルの、否、犬種のトイ族の本質。
先生が語った獣人族最強の意味を、自分は肌で感じた。
フォルは今……木に座布団を巻き付け、撃ち抜く練習をしている。
なんでも、魔力を叩き付けて貫くのだそうだ。
先生がシルバーベアーを仕留めた時に放った一撃は、頑強な毛皮を突き破り、肉を切り裂き、肋骨を砕いて内部組織を破壊したのだそうだが……。
それほどの破壊力を、たった一人の力で発揮出来る物なのか?
シルバーベアーは乙種指定、討伐なら複数人で仕留める物だ。
自分の魔術など、たやすく弾かれてしまうだろう。それを一撃で仕留める程の威力、か。
だが、木に巻かれた座布団はいまだ健在である。
自分も『魔力を流す』という不可思議な現象に関心がある。
自分が知る上では、それは先生とフォルにしか使えない。
他の獣人族にも可能なのか? ほかに出来る人類が存在するのか?
こうしてフォルの鍛錬を見学してはいるが、何も分からん……。
「いつになったら座布団に穴が開くのだ?」
話し掛けると、フォルは眉を寄せて唇を尖らせた。
「……イジワル」
目を細めて、いかにも弱っているといった面持ちだ、順調では無いのが伺える。
「先生にコツなどは教わっておらんのか?」
「気長にやれって言われた……」
あの方は粗雑だ、むしろ感覚的な事は教えにくいのか……。
だが、フォルが行き詰っている部分を解決すれば、何かが分かるかもしれない。
「フォル、まずは一つづつ解決していこう。その先に光明が見えるかも分からん」
そう言って、彼女に手の平を向けた。
「座布団にしているように、ここに打ってみてくれ」
フォルは目を丸くして驚いている、と首を横に振った。
「怪我しちゃうよ。弱いっていっても、木の皮が弾けるくらいの威力は有るんだよ」
「構わん、その時は魔法薬で手当てをする。まずは『魔力を流す』という状態を知りたい」
フォルは躊躇いがちに、自分の手の平に己のこぶしを添える……。
!
手の平に衝撃が走り腕全体がしびれた……肘から先が麻痺し、まるで失ったかのような感覚になった。
思わず、腕を押さえて膝を付く。
見ると、手の平がボロボロになって血が滲んでいる。
麻痺している為、痛みをほとんど感じないのが、せめてもの救いだ。
「ごめん……加減したんだけど!」
「自分がやれと言ったのだ、気にするな……」
慌て、狼狽するフォルを嗜めると、懐から魔法薬を取り出し、口で栓を抜いて振りかけた。
フォルにハンカチを巻いて貰うと、感覚が次第に戻って来てズキズキと痛み出す。
魔法薬の効果で痛みも時期に引く筈だ、そう願いたい。
だが成果はあった、質量のような物はほとんど感じなかったが、明らかに力を有している。
打撃によるソレとは明らかに異なる、何かを感じた。
「大丈夫? 痛い?」
フォルは、心配そうな顔で自分に視線を向ける。
「君は魔力を感じると言ったが、自分にはそれが理解出来ないのだ」
痛みを誤魔化す為、フォルを安心させる為に何でも良いから話をする。
「魔力という物は……魔術を使えば喪失感が有る。使い続ければ喪失感が蓄積されて、やがて限界が来る。それは体力、走り続けると疲労感が蓄積されて、動けなくなるのに似ている」
フォルは、自分の言葉に耳を傾けている。
「体内に循環する魔力を溜める、とは何なのだ? まるで体力を足に溜めれば高く跳べる。精神力も然りだ、頭にそれを溜めれば速く計算が出来ると言ってるような物だ」
痛みが徐々に引いて来る、魔法薬が効き始めたようだ。
「おかしな話だろ? 我々は体力や精神力を感知出来ない、体調の変化でそれを間接的に認識しているのだ、魔力も同じだ。少なくとも自分にとってはな。なのに君と先生は魔力を物質のように語る。体力や精神力は物質では無いのだ」
語りながら一つの着想を得た、痛みもかなり引き、血も止まったようだ。
立ち上がるとフォルに向き直る。
「フォル、循環する魔力は認識出来るが溜めるという感覚は分からないのだったな」
フォルは首を縦に振って肯定をする。
「では、丹田……だったか? それをバケツに見立てるんだ、魔力が固形だか水分だかは知らんが、それをバケツに詰め込むのをイメージしてみろ」
フォルは少し考え込んだかと思うと、意を決したように目尻に力を込めた。
「分かった、やってみる」
フォルは木に巻かれた座布団にこぶしを当てがい、動きを止める。
暫しの沈黙、息が詰まる緊張感と共に座布団が震える。
ボン!
これ迄とは違う、鈍く重い音が響いた……以前とは違い、力が籠っているのを感じる。
フォルは満面の笑みを浮かべて、自分に振り返る。
……まさか、こうも容易く出来てしまうとは。
「でもすぐ魔力が溢れちゃう……まだまだ鍛錬が必要だね」
一つ分かった事、魔力は体力や精神力とは違う、運動量を持った何かであるという事だ。
「魔力とは……先生やフォルあるいは獣人族には認識出来る一方、その他の人類、ヒト族や妖精族には知覚が出来ない、その差は何か?」
思わず口ずさんでしまったが、フォルが首を傾げる。
「先生のお師匠様も魔術は一切使えなかったって言ってたよ」
「ほう、その師匠も獣人族だったのか?」
「ヒト族だって」
……フォルは何を言っているのだ?
「聞き違いでは無いのか? ありえんだろ」
「獣人の耳は伊達じゃないから、先生がそう言ってた!」
又だ! どうしてこうも非常識が、次から次へと湧いて出るのだ?
「ヒト族で魔術が使えないなんてありえんのだ、力量の差はあれど、女神と精霊から与えられた力なのだぞ」
先生の奇妙な魔術、魔術が一切使えなかったヒト族、そして獣人族……。
自分の身辺はおかしな事ばかりだ!
それとも、自分は何かを見落としているのか?
「フォル!」
「ハイ!」
つい声を荒げてしまった、フォルはその剣幕に驚いている。
自分はフォルの手を乱暴掴むと、強引に引っ張る。
先生の魔術は、女神の使者である大賢者の『特殊性』だと解釈していた。
先生の魔術の異質な特徴の一つは無詠唱。
魔術とは、呪文の詠唱を行使して精霊の助力を得るが、先生はそれをしない。
つまり、精霊の力を借りていない。
道具の多用、通常は精霊の各属性に委ねるから、道具はそれらの外にあるので使わないのが常。
つまり、属性が無い。
そして、奇妙な魔道具の使用だ、先生はそれらに『魔力を流す』事で効果を引き出す、これはあのお方にしか出来ない。
魔術の原理が我々とは明らかに違う、それが大賢者以外にも可能だとしたら。
ほどなく玄関脇に到着する、そこに置いてある物のシートを取り外す。
飛行具、先生にしか扱えない魔道具の一つだ。
イスとペダルが付いているパイプを、ハンドルが付いた二本のパイプが挟むように散り付けられている。
普段は折りたたまれているソレを組み立てる、この作業はそれほど難しくない。
「フォル、これに乗ってみろ」
「え! まずいよ、先生の怒られる……」
「自分が責任を取る、いいから乗れ」
フォルは躊躇いがちにシートに掛けると、困惑気味にハンドルを握る。
「よし、そのまま魔力を流して見ろ」
フォルはぐっとハンドルを握り込むと、目尻に力を込めた。
途端、バン! と車体が跳ね、フォルが勢いよく後方に放り出された。
「あだだだだー!」
フォルは頭を押さえて転がり回る、どうやら頭をしたたか打ったらしい、受け身が間に合わなかったようだ。
「ぎゃあああ!」
玄関のドアが勢い良く開き、駆けだして来た先生が目を剥いて悲鳴を上げた。




