ドッグラン12
今日の山歩きは遠距離なので、わたしはお留守番だ。
先生と山歩きに出るのは、午前中で戻ってこられる距離が短いルートの時だ。
お留守番は大体三回に一回ほど……月に一度、先生は飛行具を使い泊まり掛けで出掛けている。
朝食後はフッフールのお手伝いと日課の芋の皮剥き。
マシィにお勉強を見て貰ったり、フッフールと山ハイキングで体力づくりをしている。
空いた時間はひたすら武術の鍛錬だ、一人で鍛錬してると、つい考え事も多くなる。
マシィも朝から城下に出掛けていった、冒険者ギルドでお仕事らしい。
賢者になる為のお勉強と、先生の仕事のお手伝いと……冒険者としてのお仕事。
スゴイな、マシィって……。
わたしがここで暮らす様になった頃、彼は獣人を、わたしの事を嫌っていた。
お屋敷の使用人の皆と、同じ反応だったからすぐに分かった。
でもマシィは、打ち解けたら優しく接してくれるようになった。
お屋敷の人達はそんな事、無かったのに……。
マシィもお屋敷の人達もヴァーサターム王国の人だ。
しかもマシィはとてもえらいお貴族様らしい、わたしがいたお屋敷の当主様よりもスゴク偉いお家だって先生が言っていた。
マシィはお勉強を見てくれている時、わたしが飽きて来ると、楽しい話をしてくれる。
失敗したクッキーを美味しいと言って食べてくれたり、この間はケーキを買ってきてくれた。
最近は城下に行った時は、何か買ってきてくれる事が多い。
鶏肉の串焼きはすごく美味しかった、一緒に屋台に行こうと誘われたから、頑張ってお金の計算を覚えたい。
木の幹に巻いたマットを蹴りながら考える。
わたしは、あの時マシィを……。
わたしは一人で鍛錬している時、つい考えてしまう。
***
「どうした? 身が入ってないぞ!」
先生が山歩きから戻り、わたしの鍛錬に付き合ってくれている。
今日は投げ技の練習だ、庭にマットを敷き稽古をつけて貰っている。
先生の襟を掴んで投げの体制に入ったところで、あっさりと返されて裏投げを食らってしまった。
頭から落とされてくらくらする、わたしは倒れた状態で回復を待つ。
「タイミングがバラバラだな……今日はここ迄にしよう」
先生が背を向けると、わたしは慌てて立ち上がる。
「待ってください、ちゃんとやります!」
「おれは仕事だ、やっとかないとマシィに怒られる……」
先生は振り向きもせず、わたしに背中を向けたまま小屋に入ってしまった。
取り残されたわたしは、マットの位置を整えると一人で受け身の練習を始めた。
***
夕方になると、マシィが帰って来た。
不機嫌な顔でリビングの長椅子で髪を掻きながら、何かの書類を見ている。
「冒険者共ときたら……あの者達は報告書も満足に書けんのか!」
マシィはわたしが入れたコーヒーを口に付けると、赤色のインクで細々と 書類に書き込みをする。
「フォル、やはり教養は大切だ。連中を目の当たりにすると、それを痛感する」
「わたしじゃ……やっぱり無理?」
マシィはわたしから顔を逸らすと、再び報告書に目を落とす。
「君次第だろ……」
ポツリと呟くマシィ、前みたいにわたしが冒険者になる事は反対して無いみたいだ。
それとも、説得を諦めたのかのだろうか?
「おいおい、そんな事してたら、冒険者共は君に甘えるようになるぞ」
先生がマシィの向かい側に、ドカっと腰を下ろした。
「相手は君と同じ、ビギナーランク、新人だろ? 連中にやらせないとダメだ、報告書の作成も新人訓練の一環なんだから」
先生の指摘に、マシィは顔をしかめて考え込んている。
先生はソファーの背もたれに肘を乗せて、こぶしに頭を乗せた。
「マシィ、君は何でも自分でやろうとする、他者を使う事も覚えるべきだ」
「そうかもしれません、ですが彼等を見ていると煩わしくなってしまって」
先生は鋭い眼光でマシィを見据える。
「難儀だねえ、おれだったら書類の手解きにかこつけて、女の子を誘うのに……魔術師は女の子も多いだろ」
「断ってますよ、彼女達からは純粋さを感じません」
「なんでだよ! くぅ~これだからハンサムは……」
涼しい顔をするマシィだが、わたしは何故か嬉しくなった。
そうか女性は遠ざけているのか。
***
わたしは三体目、最後の化蜘蛛の胴部にナイフを突き立てる。
山歩きの帰りは大体、境界線の内側付近なので、強い魔物はめったに現れない。
化蜘蛛は鬼蜘蛛を大きくした様な見た目の魔物で、攻撃が直線的なので楽な部類だだ。
三体同時に相手をしたが、先生の手を借りずとも、危なげ無く仕留めた。
魔物は骸骸になると結晶化しても脆くなる。
魔石を手早く回収していると、先生は頭を掻きながらわたしの元に歩み寄って来た。
「なあフォル、たまに攻撃で躊躇するような動きををするよな?」
魔石を手にした瞬間、わたしの動きが止まった……先生に気付かれてしまった。
「お前、最近変だぞ、何か悩みでもあるのか?」
わたしはゆっくりと立ち上がり、いつもの眠そうな目だが真剣な面持ちの先生に顔を向ける。
先生は近くにあった倒木に腰を下ろすと、わたしは対峙する形で正面に立つ。
「アレのせいでわたし……おかしくなるんです」
「アレ、とは?」
先生は首を傾げると、手を組むと顎を乗せる。
「アレが起きたのは今までに三回……一番最近は第二段階達成の時、気が付いたら先生の顔に一発を入れてました」
先生は何も言わずに、わたしの話に耳を傾けている。
「二回目は鍛錬初日、先生に回し蹴りを受けて気を失ったあの時……先生の攻撃に手も足も出ない事にイラついていたら、カッとなって飛び込んでました」
わたしはそこで息を飲む。
「そして最初……騎士団長が来て、わたしが弟子入りをした日……わたしは……マシィに裏切られたと思い込んで……怒りに身を任せて……喉笛をかみ切ってやろうと……思いました」
いま、思い出しても体が震える、もしフッフールが抑え込まれなかったら……
「感情が高ぶると、わたし、歯止めが利かなくなるんです、アレは危険なんです……」
先生は暫らく押し黙り、目線を外さずに私を見つめていたが、訝しむ表情になって口を開いた。
「それで?」
え? どういう事! 先生の予想外の言葉にわたしは動揺する。
そんなわたしを見て、先生は怪訝そうな顔をして首を傾げた。
「まさか、それで話は終わりなのか? 本当に?」
先生は膝に肘を置くと、そのままうな垂れてしまった。
「深刻ぶりやがって……そんな下らない事かよ、心配して損したぜ……」
ヒドイ! わたしは真剣に悩んでるのに……。
何か言ってやろうと考えていたら、先生は顔を上げて口を開く。
「そんなもん、訓練でどうとでもなるんだよ! 何の為におれがいると思ってんだよ‼」
わたしは驚き、先生を見つめたまま呆然と立ち尽くした。
「どうにか……出来るんですか?」
「問題点を理解してるんだから、むしろ楽だ」
先生は立ち上がると、わたしに背を向けて歩き出したので、慌ててその後を追う。
「いままでは感情が高まった時に起こってたんだろ? だったらその引き金を特定の条件に割り当てればいい」
「そんな事が出来るんですか?」
「闘争心が沸き立った時に、発動するようにすればいい」
そんなに都合良く、行くモノなのだろうか?
「お前、料理は好きか?」
最近は先生に作り方も教わり、簡単な物なら任されるようになっていた。
「はい、おいしい物の作って、みんながそれを喜んで食べてくるのは嬉しいです」
「冒険者じゃ無く、料理人の道もある訳だが、それじゃ駄目なのか?」
「獣人が作った食事なんて、誰も食べたがらないと思います」
以前のマシィがそうだった、獣人は嫌われているのだから無理に決まっている。
「冒険者も同じだろ、なのにお前は、マシィの反対に食い下がった」
わたしはハッとした……そうだ、わたしは何故か、冒険者になりたいと強く望んでいる。
先生は振り返るとわたしの表情を読み取ったのか、何かを確信した顔になる。
「それは、お前が戦いを欲しているからだ」
その時だ、複数の気配を察知した、先生も気付いたようでそちらに顔を向けている。
すごく気持ちが高ぶる、そうなのだ……わたしは、戦いたい!
わたしは息を飲み、意を決した。
「先生、わたしに……一人でやらせてください」
覚悟を決め、先生に強い視線を送ると神妙な面持ちでわたしを見返してくる。
「弱いヤツだけど数が多いぞ」
わたしが首を首を縦に振ると、先生は手近な木に登った。
両脇のナイフを抜くと順手に握り、敵を待ち構える。
「フィーンドか、悪鬼とも呼ばれている。小柄で力も弱いヤツだが気を抜くな」
先生が、木の上から敵を視認した様だ。
「好きなだけ暴れてみろ」
「わたし、先生も襲うかもしれませんよ?」
「そうなら愛情いっぱいに可愛がってやるさ!」
口元に笑みを浮かべた先生の顔と、冗談交じりの言葉に安心感を覚える。
気配が近付いてくる……。
ヒドイ匂いだ、足音の軽さで小柄なヤツだと分かる……
全部で八体……山の斜面を利用して身を隠し、ヤツらはゆっくりと近付いて来る。




