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大賢者は何もしない ~面倒事は弟子と助手に任せる~  作者: エビテン


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ドッグラン8

翌日、自分は師匠であるリーブ導師に、ご報告にと転移陣を使って中央神殿に向かった。

だが生憎と御所要との事だったので、部屋で時間を潰す為に図書館で本を物色した。

自分が中央神殿にいた時の部屋は、師匠が確保してくださっていた。

これは師匠が遠い異郷で暮らす自分に、いつでも戻ってこられる場を用意してくださっているという事だ、とてもありがたい。

図書館から部屋に戻る道すがら、歓迎したくない知人と出くわしてしまう。

「おお、これはこれは、賢者筆頭様のお弟子さんじゃありませんか」

その卑しげな声に振り向くと、見たくも無い顔がそこにあった。

「ド田舎の山に籠って、お子様賢者サマのお守りをしてると聞いたが、嫌気が差して戻って来たか?」

「ラッター殿、ご無沙汰だな……」

こんな男が自分と同じ、青いローブに赤いサッシュを巻いている「研究員」である事に腹立たしさを感じる。

この男は相変わらずだ、いやらしい笑みを浮かべている、無意識的やっているのだろうがそこがまた浅ましい。

「マシィさんよお、僕は侯爵家令息のそなたが羨ましいよ、田舎でのうのうとしていても許されるんだから……こっちは必死に勉学に励んでるというのに」

それはそなたの頭が悪いからだろう、と思うが口には出さない、余計なことを申して絡まれると厄介だ、この男は中身のない話を延々とするのが得意なのだ。

情報を整理して、説明をするという知能が無いというのも困り物である。

「で、あのお子様賢者サマ、今度はメス犬を飼い始めたんだって? 何とも酔狂だな」

自分はこの言葉に何故か激高した、無知蒙昧な痴れ者が、何を抜かすか! 

我慢だ……自分の感情を抑え込んで聞き流す。

「すまぬ、今は急ぎの用がある故、御免!」

そう言って、その場を後にする。

まったく、下衆を相手にするのは精神衛生上良くない。

「挨拶も碌にしやがらねえのか、お高く留まりやがって……」

背後から聞こえてくる言葉を聞き流し、自室に急いだ。


***


あれから数刻、所用を済ませた師匠にお会いした、賢者筆頭のお立場で多忙のご様子だ。

師匠に手短に冒険者になる事と、その理由を説明した。

「そなたも思い切った事を考えるな、大賢者様の影響かの……」

「先生……いえ、大賢者様に(そそのか)された訳ではありません」

「そういう意味では無いのだが、まあ良い……大賢者様が反対しておられないのならマシィの好きにすれば良かろう、そもそも、あのお方は反対などせぬか……。わたしはそなたも大賢者様から良い影響を受けてほしいと願っている」

うん? そなたも……とは、他にも誰かの事を差しておられるのか?

まあよかろう、言質を取った所で、ついでとばかりに質問をする。

「師匠は『統合戦争』というのをご存じですか?」

「大賢者様に教わったのか?」

「口を滑らせた、と言ったご様子で……なので詳しくは話をして下さりませんでした」

師匠は長く蓄えられた顎髭をいじりながら、考えをまとめているご様子だ。

「あれは古い戦いだからな、文献が余り残っていないのだ、記録も後年に記されたものが多い」

「自分が読んだ資料も後に書かれた物でした、残っていないのは、処分されたからなのでしょうか?」

師匠は軽く、剥き出しの頭皮を撫で回す。

「焚書の記録などは目にした事は無いな、それに隠す理由も無かろう。統合戦争は千年も昔の話で、当時の我等はまだまだ未開だったが故、資料が少ないだけだ」

それもそうなのだろう、戦争なんてどんな理由でも始まるものだ。

「自分が調べた限りでは、邪教徒との戦い……のようでしたが」

「資料を鵜呑みにしてはいかんぞ、後年に書かれたものは特にだ、私の見解では神殿による異教徒の排除と考えている、が、信頼に足る資料が少なすぎる、どういった過程で争いになったのやら、分かってないのが現状で、推測の域は出んよ」

神殿勢力と古代文明人との戦い……先生は古代文明人の方が劣勢だとおっしゃっていた、それなら神殿側が仕掛けたか、煽った可能性もある。

獣人を生み出した古代文明は……神殿の政策によって滅ぼされた可能性。

良くある話だ。

「師匠は、獣人の出自を知っておられましたか?」

「信頼に足る資料が見つかっていない以上、仮説にすら届かず憶測でしか語れぬ。それは専門家としては、あってはならぬ事だ」

先生も、自身が知っている事が正しいとは限らないと仰っていた、師匠もほぼ同じ見解なのだろう。

その他の事も師匠にお訊ねしたが、先生から聞かされた内容とほとんど大差が無かった。

だが収穫はあった、師匠の反応からして、別に秘匿されている訳でも無く、禁忌でも何でも無いという事が分かった。

では何故、先生は勿体ぶったのだろう?

結局、過去は歴史の渦に飲まれて消えていき、獣人に対する忌避感だけが残ったという事か。

だとすると女神の呪いも怪しい話になるが、だからといって自分に出来る事も無い。

「師匠の、獣人に対する心象を聞かせて頂けますか?」

師匠は顎髭をいじりながら俯くと考えをまとめ、やがてポツリと口を開かれた。

「不幸な種族だ……フォルと言ったか? その獣人の娘は大賢者様に見いだされたのだ、私は彼女の幸せを願っているよ」

師匠は目を閉じて優しい笑みを浮かべる、胸が熱くなった、このお方は本当に人格者だ。

師匠にお礼をし、去り際に一つ思い出した事があったので、先生が焼いたクッキーを渡すと、ついでにお伺いしてみる。

「ローパブ導師は、大賢者様を嫌っておいでなのでしょうか?」

「何かあったのかね?」

師匠は苦々しい表情をされた、お心当たりがあるようなので、自分は話を続ける。

「弟子の、ラッター研究員に散々な嫌味を言われましたよ、あの者は主体性が無いから師匠のローハブ導師の影響かと」

「そなたも災難だったな、ローハブ殿も困ったものだよ、あの方は生真面目すぎる……」

師匠は目尻に皺を寄せ、ため息を付いた。

「生真面目……それが何故、嫌う理由になるのですか?」

「大賢者様はな、最高神祇官とも関係は良好、各国の学院出身の賢者には国政に影響力がある地位についている者もおって、彼らにも慕われておる。つまりは大賢者様は世界中に影響力が有るのだ、ご本人は煩わしく思っているのだろうが」

師匠の言葉はにわかには信じがたかった、普段より近くで接している先生は、ずぼらでいい加減で女性に弱くて料理を作るのが好きで……。

「大賢者様とはそれほどのお方なのですか?」

「あのお方にとっては、賢者筆頭の私や、最高神祇官、各国の王族や宰相も只の友人なのだろう。だが……大賢者様がお困りになって助けを求められたら、私は全てを投げ出して駆け付ける。そしてそれは、私だけでは無いだろう」

絶句するしかなかった、師匠がここまでおっしゃられるなど……。

「だが、大賢者様は表舞台に立とうとしない……否、影響力があるからこそ立ってはならないとお考えだ。ローハブ殿にとって、それが気に障るのだろう。彼は権力を干していることを隠さないからな」

「……くだらない、理由なのですね」

なんと浅ましい事か……賢者であるなら学術研究に専念するべきであろうに……。

師匠は目を伏せると感慨深げに、遠くを見るかのようなお顔をなさった。

「私は大賢者様にとっては友人の一人にすぎないのだろう。だが私は大恩を感じている、あの方のおかげで今の私が有るのだ」

師匠は真剣な眼差しで、自分をじっと見つめると優しく肩に触れる。

「大賢者様を、支えてあげてほしい」

現在は日、火、木、土の昼位のペースで投稿してます。

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