ドッグラン6
先生はわたしに背を向けると、野草の説明と採取をするからついて来いと促した。
こんな状況でも日課はこなす……つまりシルバー・ベアーのような強い魔物と戦うのは先生にとっては日常なんだ。
先生は、薬になる野草や食べられる野草の説明をしながら採取をする。
ここは森林限界という所らしく、木はまばらで低い草しか生えていない。
なので、目当ての野草を探すのは楽だ、先生はハンドブックを片手に野草の特徴や効能を説明してくれる。
わたしは鼻が利くから匂いも覚えろと言われた、獣人の利点は生かすべきだと。
採取を終えて帰路に付く、行きとは違うルートだ。
境界線の内側付近なので強力な魔物と出会う事は無く、小動物サイズの牙ウサギと遭遇した程度だった。
コイツは見た目は普通のウサギだが、鋭い牙を武器に大きく口を開いて襲い掛かって来る。
その牙はとても鋭利で、喰らえば致命打に成る場合もある。
けど小型で弱い魔物なので、攻撃をきっちりと退ければ、それほど脅威では無い。
……と先生に教わる。
その道中で、先ほどのあの技『セキセン』について質問をした。
「原理は簡単なんだ、体内に循環する魔力を集めて凝縮し、こぶしに乗せて一気に放つ、それだけの技なんだ」
先ほどの、木の皮をちょっと砕いた時の事を思い出す。
「魔力ですか? 獣人のわたしにも使えましたけど……」
獣人には魔術が使えない、それなら技も使えないのでは?
「おれの師匠も魔術は一切使えなかったんだ、だからこの技を作った」
「先生のお師匠様って、まさか……」
「いや、人間、ヒト族だったよ」
びっくりした~、てっきり同族かと思った。
「理屈は簡単だが、実践は難しい……ヒト族と妖精族は体内の魔力が認識出来ないらしいからな、フッフールやマシィは魔術に長けているが絶対に使えない技なんだ」
わたしが気配と呼んでる、あれが魔力なのかな?
でも魔力を持たない動物からも気配は感じるんだよなあ……よく分からないや。
「獣人は日常的に魔力を使ってるんだ、お前は鼻や耳がいいが、あれは魔力の作用によるものだ、それらは魔物の特殊能力に良く似ている、ヤツらはそれを使って巨大な躯体の重量を支えて素早く動き、空を飛んだり火を吐いたりする」
「魔物のソレって魔術なんですか?」
「違う、いうなれば魔力を利用した能力だな。獣人も同じをしていると言える。それでセキセンを使うコツだが……」
先生は、わたしの下腹部を指先で触れた。
「まずはここ、丹田に意識を集中させる、そして体内に循環する魔力をそこに溜め込むんだ」
循環する魔力……まずそれを認識するから始めるのか。
「そして丹田にとことん魔力を詰め込む、詰め込んで、詰め込んで、まだ入るか? まだいける、これ以上は無理か? もう無理だ、いや、まだ詰め込める、さすがにこれ以上は詰め込む事が出来なぞ! いや、まだやれる、おれはやれば出来る子なんだ……ってにとことん詰め込む」
うん、なんか一生懸命すごく詰め込む必要がある、というのは伝わった。
「そして限界を超える量に達した魔力を、一気に圧縮してこぶしに乗せて放つ」
先生は右手で、突きを打って見せた。
なるほど、分からない……。
試しにおなか……丹田っていう所に魔力を溜めてみる、溜めて溜めて……。
「先生~、魔力の溜め方がよく分かりません……」
先生はわたしの言葉を笑い飛ばすと、手をヒラヒラさせた。
「取り合えず、魔力を意識して操作するところから始める事だ、習得までは焦らずのんびりやる事だな」
***
ほどなくして、小屋に到着した。
まだ昼前だ、先生はわたしの負担が軽いようにと距離が短いルートを選んでくれたのだろう。
厨房に入って先生と昼食の準備を始めるが、マシィの気配を感じない事に気付く。
「マシィなら城下だ、彼の分はいらないぞ」
マシィはお出掛けしてるのか……神殿に行ってるのだろうか?
わたしが負傷したあの日以来、彼とはまともに話をしていない。
冒険者になりたいって言った事、まだ反対しているのだろうか?
食後はノルマの芋の皮剥きをする、わたしが寝込んでいた間は先生とフッフールがやってくれたようだった、感謝しかない。
ほどなくしてマシィが帰宅した、何だろう? 甘い匂いがする。
彼は玄関で立ち止まったまま、わたしの顔をじっと見つめている、なんか気まずいな……。
マシィは眉をひそめて顎をぐっと引いたと思ったら、大股でわたしの所につかつかと歩み寄って来た。
マシィは紙製の箱をわたしの目の前に置いた、甘い匂いはこの中。
「みやげだ……君はたまには、先生が作った物以外のも食べた方がいい」
恐る恐る箱を開けると、三種類のお菓子が六個入っていた、なにこれ! 初めて見る!!
三つとも色と匂いが違う、形もキレイでまるで飾り物だ、本当に食べ物なの?
興奮するわたしに、マシィがそれぞれに指を差して説明してくれる。
「イチゴのショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキだ。城下で話題になっている店で買ってきた。っと、先生、フォルはチョコレートは平気なのですか?」
「当然だ、フォルはイヌじゃない。にしてもちょっと多くないか?」
先生は呆れた様子だが、わたしは全部食べるよ。
「もちろん、全員分ですよ」
わたしの分だけじゃ無かった……それはそうだよね。
「数がハンパだな」
そう言うと先生はフッフールを鋭い眼光で睨め付け、彼女も厳しい顔で睨み返した。
マシィが肩をすくめると、呆れた様子で眉をしかめた。
「自分はいりませんよ、フォルと、残りは二人で分けてください」
先生がキッと眉を吊り上げ、マシィに厳しい顔を向ける。
「それは道理が通らないだろ、君も一個食べろ」
一個なんだ……。
「フォル、三個は多い、二個にしなさい」
フッフールに嗜められたけど、冷蔵具に入れておけばいいのでは……と思ったが、なんか怖いので言い出せない。
その目から、なんか怨念のようなものを感じる…。
ケーキは三個あるのに、どうしよう……選べないよ!
迷っているとマシィが正面の席に腰を下ろし、頬杖を付いてわたしを見る。
「一口ずつ食べて、気に入った物を選べばいい、残りを自分が貰おう」
「いいの? 食べかけだよ?」
「早く選ばないと、あの二人が戦闘を始めるぞ」
それは避けたい、あの様子だとダイニングを破壊しかねない……なのでとりあえず一口ずつ頂く事にする。
まずはショートケーキを……これは!
口に入れた瞬間、ミルクの香りがする濃厚なクリームがふわっと溶けて、口の中全体に広がる。
それが口当たりの良いスポンジと最高の相性で互いを引き立ている。
そしてこの赤い果実、イチゴって言うんだっけ……すごく良い香りがその酸味を引き立て、そこにクリームの甘みが加わり何倍にも美味しくして来る。
こんな食べ物が実在するのかと衝撃を受けた。
いきなり最強を引いてしまったようだ……お次はチョコレートケーキとやらを……。
何だって! これもショートケーキに匹敵する美味しさを持っている。
ほのかな苦みと甘い香りが、すがすがしく鼻に抜けていく!
チョコレートクリームとチョコを練り込んだスポンジが最強タッグを組んで、わたしの口を侵食する。
だめだ……尻尾が勝手に振れてしまう、止まらない!
チョコレート、こんな食材が実在したのか……これはおとぎ話の世界では無いのかと思わんばかりのおいしさだ。
最後はチーズケーキ……これを食べて、わたしは正気を保っていられるのだろうか?
わたしは勇気を振り絞り、それを口にする。
……うん、まあおいしい。
もうちょっと甘くてもいいくらいだ、チーズの匂いがちょっとキツい。
獣人の鼻の良さがアダとなったか、舌触りが苦手かも。
チーズはパンに塗ったり料理に使ったりする物だよね、お菓子にするのはどうなんだろう……。
「自分はこれを頂こう」
そう言ってマシィは、正面の席からチーズケーキが乗った皿を手元に運んだ。
「チーズケーキが好きなの?」
「うん? ああ……まあ」
考えてみたら、わたしはマシィの好みをあまり良く知らない。
そんな彼の好物を一つ知る事が出来て、少しうれしくなった。
先生はチョコレートケーキに手を付けている。
フッフールはチーズケーキを選んだみたい、今、紅茶を入れてくれている。
残ったショートケーキは、半分こにするのか。
どうやら、ケーキをめぐる話し合いは、平和に解決したらしい。
「ところでマシィ、首尾はどうだった?」
先生が問う、そういえば彼は用事があって城下に出掛けてたんだ、ケーキを買いに行ってたわけじゃないよね。
マシィは、襟から首に掛けられた小さな金属の板を取り出す。
五糎ほどの大きさだろうか? 何か書いてある。
ええと、アドベンチャ……ラーズ……ランク、ビギネぁー? マシィはそれを先生に見せた。
「ギルドに種別・魔術師で登録して来ました。今日から自分は冒険者です」
マシィがそう言うと、先生はあきれ顔でフォークを揺らす。
「君も思い切った事をするよな……」
わたしは驚きで思わず立ち上がり、テーブルに手を付いてマシィに顔を寄せた。
「マシィ、冒険者になったの! わたしには反対したのに? なんで、なんで⁉」
「やりたい事が出来た、その為に冒険者になっただけだ。自分はあくまでも学院の研究員だからな」
そう言って紅茶に口を付けた。
うう……何よ? やりたい事って?
マシィはティーカップをソーサーの置くと、わたしに向かって笑みを浮かべた。
フォルよりケーキの食レポをお送りしました。
現在は日、火、木、土の昼位のペースで投稿してます。




