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大賢者は何もしない ~面倒事は弟子と助手に任せる~  作者: エビテン


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ドッグラン2

自分には信じられなかった。

フォルが天才?

その天才は今、リビングで自分とテーブルを挟み、目の前で唸り声を上げている。

先生から、フォルをフッフールさんの買い出しに同行させたいから、金勘定を教えてほしいと頼まれたのだ。

自分は色付きのおはじきを野菜に見立て、値段を書いた札の脇に並べてみせる。

「いいか? 一〇ディールのニンジンが八本と三二ディールキャベツが二個。八〇ディールと六四ディールで合計一四四ディールだ」

フォルは小銭が入った亜麻袋を覗き込みながら頭を抱えている。

フォルは悩んだ末に、おずおずと大銀貨一枚を差し出してくる。

「大銀貨は五〇〇ディールだ。額が大きすぎる、それじゃ釣銭であっという間に袋がいっぱいになってしまうぞ」

コインに金額は印字してあるのだが……。

フォルは袋から銀貨一枚を取り出すとかき混ぜながら小首をかしげる。

「一〇ディールが入ってないよ」

「当たり前だ、そんなコインは存在しない」

五ディール銅貨の上は五〇ディール小銀貨だ。

「何で無いの? 作ってよ!」

「自分に言われても困る!」

今は掛け算九九を覚えさせている最中で、足し算と引き算はこなせる様になった。

だが金銭感覚が弱い、これまで買い物などほとんどした事が無いのだろうが……ここは焦らず、数字に苦手意識を待たせない様にしなければ。

フォルが耳を立てて痙攣させるような動きをさせると、表情が急に明るくなる。

「今日はここまでだね」

そう言い残して小走りで外に飛び出していく。

先生が山歩きから戻られたようだ、自分の、ヒトの耳には何も聞こえなかったが。

自分には何故、フォルがあんなに楽しそうなのかが理解が出来ない。

教材を片付けて、自分も外に出ると案の定だ。

フォルの顔は、先生の突きを何発も受けてはれ上がっている。

二人とも拳闘用のグローブを付けているが、それでもかなり効いているのが見て取れた。

彼女はそれでも果敢に挑み、懐に踏み込むが鋭い一撃を顔面に受けて倒れ込み、意識を失ってしまった。

先生はフォルの裏襟を掴み、木陰まで引きずって行った後に、小屋に入っていった。

自分はため息を付きつつ、水道でタオルを濡らした。

木陰で倒れているフォルの手からグローブを外して額にタオルを乗せ、自分は懐から本を取り出した。

最近はこれが日課となっている。

午前中、フォルは家事の合間に、フッフールさんと山を歩いて体力づくりをする。

かなりのハイペースな様で、息も絶え絶えに戻ってくると柔軟体操をする。

先生が山歩きで出かけられている間は、フッフールさんと家事、芋の皮剥きや自分との勉学をし、戻られたら今のような武術の鍛錬をする。

この鍛錬、最初に出された課題は、先生に一発を入れる、という物だった。

だがその課題は三日で終了した。

フォルは鋭い瞬発力で、先生のみぞおちに肘を打ち込んだ。

先生は見苦しく地面をのたうち回ってうずくまり、暫くして澄ました顔を作って立ち上がると、「第一段階は終了」と言い出した。

そして杭でロープを固定して五(メートル)位の円を作り、グローブ着用と

こぶしのみのルールで再度、一発を入れるという条件を出した。

拳闘のルールにかなり近い、あれは行動の制限が強く、その中での攻防が高い水準で確立された競技だ。

それを知らないズブの素人には無理難題だった。

それにしてもあの加速、身体強化術かと疑った。

身体強化術は魔術だ、それは呪文を必要としない、祈りを念じるだけで発動できる。

一般的な魔術の為、農夫や労働者の間にも普及している。

だが魔術なので獣人には使えない筈だ。

先生によると、獣人には身体強化術など必要無く、彼らには最初から備わっている「能力」だという。

身体強化術は、使用者の身体に負担がかかる為、それに耐えられるように鍛える必要がある。

西方沿岸州連合のとある国では何か特殊な方法あるとも聞くが、基本は肉体の鍛錬が必要な魔術だ。

フォルは細くて小さな体のまま、負担無く発揮出来る。

先生曰く、獣人は存在そのものが魔術だという。

例えば魔物は魔力で疑似的な肉体を構成している、ゆえに巨体でも素早く動き、小さな羽根でも飛行が可能だ。

それに近い事が獣人にも出来るというのだ。

だがそれは……女神の呪いで魔術を封じられたという話と矛盾している。

魔物は魔術を使わない、ヤツラは能力で岩を砕き、素早く大地を駆け、火や毒を吐き、空を舞う。

獣人の超感覚や身体能力が魔物と同じ物なら、最初から魔術が必要としないのなら……。

自分の中にある獣人へのわだかまりの一つ「女神の呪い」……もしフォルと接する事によって自分にもその影響が出たら……。

そんな事例は聞いた事が無い、だが理屈ではない恐怖は付き纏っている。

横で眠るフォルに視線を落とす。

呪いと魔術不要の矛盾……疑問視は背教行為に他ならない。

フォルが突然、勢いよく身を起こすとあたりを見渡す。

「あー! あとちょっとだったのにー!」

フォルは悔しがりながら立ち上がると、おもむろに型稽古を始めた。

「急に動くな、体に障るぞ」

伸されたばかりだというのに……心配になって声を掛ける。

なのにフォルは動くのを止めない。

「だいじょうぶ、元気、元気!」

問題無さそうだ……本当に頑丈に出来ているなと内心呆れつつ、小屋に戻る事にした。

先生が涼しい顔で、リビングでジュースを飲んでくつろいでいるのを目にする。

「先生、やりすぎじゃありませんか? 相手は武術を始めたばかりの素人ですよ」

先生は顔をこわばらせて自分を見る。

「フォルが何か言ったのか?」

「いえ、悔しがってました、後ちょっとだったと」

「よかった~、弱音でも吐いたのかと思ったよ」

先生は一転、安堵の笑みをもらすが、自分は納得しかねていた。

相手はまだ子供、それを伸びるまで止めないのは度が過ぎている。

「あんなに厳しくする必要あるんですか?」

「獣人は基本、温厚だからな、本来持ち合わせている闘争心を引き出してやる必要があるんだ」

という事は、獣人は普段はその性質を発揮出来ないようにしているのか?

「先生、本来とは?……」

「戦闘は獣人は本能なんだ」

「だけどフォルは、イヌ種のトイ族は獣人の中では最弱と聞いてますよ、先生は天才だとおっしゃいましたが……」

一転、先生は目を細めると皮肉めいた笑みを浮かべた。

「トイ族は獣人最強だぜ、なんせ一番最後に作られたんだからな」

……。

何をおっしゃってるんだ? 最後に作られた?

先生は、うっかりしたと言わんばかりに口元を押さえた。

「いや、忘れてくれ……」

「出来るとお思いで?」

先生に詰め寄ると、観念したようにため息を付かれた。

「言葉は選ぶぞ、本来は君達が自力でたどり着くべき内容なのだからな」

勿体ぶった物言いに苛立ちを覚えたが、先が気になるので聞き流した。

先生は少し、考えるように目を閉じてうつむく。

「神殿勢力と古代文明の戦い、その時に生み出されたのが獣人なんだ」

何の戦いの話だ? 先生は何の話をしておられるのだ?

「古代文明人は優れた魔法技術を持っていたが、数の上では不利な状況だった」

「待ってください……その戦いというのは、獣人が神殿に仕掛けた戦争の事では無いのですか?」

たまらず先生の話の腰を折ってしまった、神殿と古代文明の戦争なんて聞いた事が無い。

「君の専攻は歴史学だろ、自分で調べるんだ、おれの知ってる事も正しいとは限らない」

先生はそう付け加えると一息つく。

「古代文明人は劣勢を跳ね返すべく、作り出したのが獣人だ。彼らは君達とは違う独自の魔術体系を持っていた。研究の末、生活圏の中の身近な動物、家畜からの転用が効果的とされ、最初は牛の能力をヒトに付与した」

疑問は次々に浮かぶが、話の続きが気になるのでぐっと我慢をした。

「次は熊だ、古代文明では熊を品種改良して運搬に利用してたらしい、熊なら戦闘と運搬の両方に使えるしな。次が猫、肉食で生まれながらのハンターだ。そして最後が……」

「イヌ……トイ族ですね?」

「そうだ、兵器開発で最後に作られた、この意味が分かるよな?」

兵器開発、つまりはトライ・アンド・エラーを繰り返し、試行錯誤の上で創造され、技術の蓄積をもって生み出されたという事だ。

「つまりトイ族は獣人最強の……先生のおっしゃる通りなら、フォルはつまり?」

「フォルは兵器だ」

その時、ドアの外で何かがぶつかる音がした矢先、ゆっくりとそれが開く。

そこにはフォルが茫然とした表情でたたずんでいた。

「兵器? わたしが……」

しまった! フォルに聞かれた、どう取り繕うべきかを考えていると、彼女は早足で先生の元に歩みよる。

「兵器……なんだかカッコイイです!」

フォルは興奮して両手でこぶしを作り、胸元でぶんぶん降っている。

先生も不安だったようで、こわばった表情が安堵の笑みに変わった。

「そうか、カッコイイか……」

「しかもトイ族は最強なんですね、すごいです!」

フォルの勢いに気押され、先生は困っている様子だったが、彼女の両肩に手を置くとジッとその目を真っ直ぐにとらえる。

「フォル兵器は道具だ、だがおまえは自分の意思を持っている、道具は使う物次第だ、ナイフも人を傷付ける事も、美味しい料理を作る事も出来る」

フォルの表情から「?」が浮かんでいる、ああ、これは理解出来て無いな。

「……つまりフォルは覚えた武術で、誰かを脅したり奪ったり出来るんだ」

「そんな事しませんよ!」

フォルはむくれて否定する。

「だよな、おまえはそういうヤツだ」

先生は満面の笑みを浮かべ、晴れやかな表情をしている。

だが、自分は……聞かされた話に対して、今どんな表情をしているのだろうか?

冒頭の貨幣についてですが価値は金属の含有率によります。

五ディール銅貨の上は五〇ディール小銀貨なのはその為です。

一ディール=一〇~一五円ほどと想定しています。

「捨て犬6」でフォルが受け取った金貨は10,000ディールで金含有20g約2.6㎝厚さ2㎜で

100,000円という設定です。

グランディル公国は食品物価が高めです。

現在は日、火、木、土の昼位のペースで投稿してます。

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