ドッグラン3
自分には信じられなかった。
フォルが兵器?
その兵器は今、リビングで自分の目の前で裸体を晒していた!
ここは標高が高く、涼しくはあるのだが、初夏と言える時期は過ぎて本格的に暑くなって来た。
シャワーから上がったところの様で「あつー」と言いながらバスタオルで髪を拭いている。
ここに運ばれて時は無数の古傷だらけだった彼女の体は、先生の治癒魔術で綺麗に治ったようだ。
良かった……いや、良くはないぞ!
そんな中、フォルと目が合ってしまった。
フォルは自分に微笑みかけるが、何かを思い出したような顔をして「あ、そうか」と呟き、タオルで前を隠す。
フッフールさんが血相を変えてフォルに駆け寄り、彼女を後ろに向けると、それを自分から隠すように立ち塞がった。
鬼の形相で、射抜くような視線でキッと睨み付けて来た。
「いや……これは!」
これは……自分に非があるというのか? いや、悪いな、思わず見入ってしまっていたのだから……。
「服を着て来なさい!」
フッフールさんが額に皺を寄せつつ、脱衣所に押し込んだ。
「は~い」
フォルは明るくそう答えると、笑いながらドアを閉める。
最近、フォルは笑うようになった。
以前の張り詰めた感じは無くなり、なんというか自然体になった。
素直で穏やかな性格なのだ、あれが本来のフォルなのだろう。
何時からソコにいらしたのか、先生が当惑した面持ちでフッフールさんに歩み寄る。
フッフールさんも困り顔で、力無く壁にもたれ掛ると溜め息を漏らした。
「感覚的な事は教えにくい……」
フォルは、はしゃいでいる。
昨日、訓練の課題である「先生の顔に一発入れる・第二段階」を達成したからだろう。
直径五米程のロープの枠から出る事を禁止、こぶしのみの攻撃というルールでの課題だった。
その時の光景は衝撃的だった、フォルは靴を脱ぐと、裸足で先生に挑んだ。
先生の攻撃をかわしつつ、枠の端に追いつめられると、先生の頭の上を背面で飛び越えた。
先生が追撃すると左右に、時には上に、股下をくぐって逃れ、遂には隙を付いて顔面にクリーンヒットさせた。
裸足のフォルは脅威的な加速を発揮したが、驚愕したのはそこでは無い。
フォルはその狭い枠の中を視認せずに高速で移動していた事だ。
その空間認識力の高さと加速力に先生は翻弄され、フォルの一発を許してしまった。
神殿の騎士団長に勝った、先生に与えた一撃。
それはフォルの自信につながったのだろう。
喜びを顔にみなぎらせ、上機嫌にフォルに、自分は一抹の不安を覚えた。
何やら危うさを感じる……。
***
「冒険者になりたいです!」
夕食後、突然のフォルの言葉に、フルーツタルトを切るフッフールさんの手がピタリと止まった。
予想はしていた、戦う手段を手に入れたフォルが就こうとするのなら冒険者なのではと……。
「自分は反対だ」
そう言い捨てると、フォルとは目を合わさずに、コーヒーに口に付けて平静を装う。
これから、フォルの説得が始まるだろうからだ。
「なんで?」
フォルが眉を吊り上げて自分を睨んでくるが、神妙な表情を作って彼女を見据える。
「冒険者ギルドは神殿騎士団と連携してる、獣人の君が歓迎されると思うのか? グランディルは土地柄的に君らへの忌避感が強いのだ。冒険者達、ひいては町の者達にも受け入れはしないだろう。冒険者の職務の中には町の巡回だってあるのだぞ」
一気にまくしたてると、フォル眉に皺を寄せて怯んだ。
「そんな事言ったら、何も出来ないよ!」
フォルは腕をぶんぶん降って、大声を上げる、まるで駄々っ子だ……。
「少なくとも自分は、城下で獣人を見た事が無い。それほど獣人には生活が困難なのだ。それともサンテゴリーに行くか? あそこは港町だから獣人がそれなりにいると聞く。ただし遠いから住み込みとなるぞ。この小屋から出て行くのか?」
これでどうだ? フォルはここに居続けたいはずだ、決定打になってくれれば良いが。
「転移陣を使えばいいじゃない! 先生、いいでしょ?」
フォルは先生を抱き込む算段に出たか。
それまで沈黙を守っていた先生は、何も言わないまま立ち上がるとダイニング脇にある物置から何かを取り出してテーブルに置いた。
それは革製のベルトにナイフが二本括り付けてあった。
先生は鞘を持つと柄の部分を握る。
「これは、おれが昔使っていたものでな、こうやって押し込むとロックが外れてナイフが抜けるんだ」
先生は鞘からナイフを抜く。
長い……刃渡りは三〇珊は有るだろうか、ナイフというより小剣だ。
「強く引き抜いても抜けるんだがな、ナイフは無手の延長で使える武器だ」
先生は手の平でナイフの柄をくるくる回転させ、順手、逆手に持ち替えて見せた。
ナイフの刃が鈍く光る……ベルトの感じからして古い物のようだが良く手入れがされているようにも見える。
魔法付与されているようだが? 中々の技物かもしれない。
先生はベルトの長さを調整するとフォルに身に付け、サスペンダーを取り付けた。
「フォルが成人するのはまだ先だ、焦って答えを出す必要も無いだろ」
フォルの装備を終えると、先生はその目を真っ直ぐと見据えた。
「フォル、明日は境界線に行くぞ、一緒に山歩きだ」
先生は何を! 自分は思わずテーブルに手を付いて、席を立ち上がる。
「いくらなんでも早すぎます!」
驚愕で声を荒げてしまったが、気にしている場合では無かった。
フォルは武術を始めてまだ一月程だ、そんな娘を境界線に連れて行くなど、正気の沙汰とは思えない。
人が踏み込むことが無い、危険な場所なのだ。
***
翌日、先生がフォルを連れて山歩きに出かけると、自分は地下書庫で資料の物色を始めた。
書庫の奥側の部屋には、降誕暦以前の古い文献が多数所蔵されている。
降誕暦、四〇〇年前、英雄カーク・グランディルが大厄災を収め、境界線を創造した年を元年とする。
それ以前の書物は古語で書かれているものが多い、読み下すのは困難だ。
……焦る必要も無いだろう、だが、先生は「本来は君達が自力でたどり着くべき内容」と語った。
君達とはどういう事だろう? 自分の事だけでは無いのか?
何冊か手に取ってページを繰りながら内容を目で追うと「獣人」の記述が目に止まった。
本の内容は『統合戦争』とある、知らない戦争だ、時代は旧暦……。
千年程前の戦争に関する文献の様で、神殿と獣人が戦った戦争と時期は合致する。
だが、本の出展はおよそ七〇〇年前のようだ、後に書かれたものだろう。
ざっと目を通してみたが、古代文明人の歴史を綴った物のようだ。
自分の知っている歴史と違いは無いようだが……獣人が急に参戦してきた部分に違和感を感じる。
これは、時間を掛けてじっくり読み解くしかないか……。
備え付けのテーブルの上に本を出しておき、書庫を後にする。
リビングに向かうと、長椅子に深く腰を下ろして天井を見上げる。
神殿は何かを隠してるのだろうか?
良くある話ではある、よしんば一つや二つ隠し事があっても、それがどうだというのか?
先生は含みが有るような事を仰っていたが、今の神殿の在り方に問題があるとは思えない。
人々には支持されているし、信仰の元での統治も問題無く実に平穏だ。
国家間の小競り合いはあったものの、ここ数百年は大きな戦争も無い。
魔法文明も神殿を中心に栄えている。
ここ二、三百年の間の魔術や魔道具の発達は、神殿の学院の賢者と魔術師科の尽力の賜物だ。
新しく開発された魔術により、民衆の生活は向上し、農業にも多くが導入されて収穫率が上がったではないか。
ここ最近は大きな変化は無いが、良い事では無いのか?
魔術の発展と、それらが使えない獣人……。
改めて思う、獣人とは何者なのだろうか?
リビングの長椅子は柔らかく、体を沈ませていると睡魔が襲ってくる。
意識が薄れゆく中、玄関が開く音がした。
先生とフォルが帰って来たかと思った瞬間、血の匂いに意識が急激に覚醒する。
何だ?
背筋が凍った。
フォルは先生に抱き抱えられ、意識を失っていた。
肌の色は真っ青で、左肩と右太腿には包帯を巻かれており、そこから血がにじんでいる……。
「フッフール、包帯を持ってきてくれ!」
先生が叫ぶ。
「何が有ったんですか! あなたが付いていて何でこんな事に!」
「喚くな。毒にやられているが、命に別状は無い」
先生はしれっと返すが声の調子が厳しい、それにフォルは明らかに重症だ。
「治癒魔術は使ってないのですか?」
「おれのソレは聖女達ほど上手くない、ヘタしたら毒が活性化される恐れがある」
先生はそう言い捨て、フォルを部屋に運び込む。
後を追うが、治療の為に服を脱がしにかかっていた為、慌てて部屋を出た。
フォルは天才、フォルは兵器……。
フォルは獣人。
獣人。
結局、自分は……いや、我々は獣人の事を何一つ知らない。
自分は獣人を知るべきなので無いのだろうか、それが何か大きな事柄に繋がるような気がした。
自分は一つの決意を固めた。
現在は日、火、木、土の昼位のペースで投稿してます。




