闘犬4~夢路~
わたしは境界線の向こう、美しく広がる広大な魔界の森を眺める。
エイブ様がサンドイッチを食べる手を止めて、わたしに視線を向けて首を傾げた。
「フォルさん、どかしたのか? まさか、また魔物か?」
エイブ様は少し不安げな様子だ、わたしは首を横に振った。
「いえ、前に先生とした約束を、思い出してたんです」
「大賢者様と約束?」
それは、何時になるか……叶うかもどうか、分からない約束。
「四〇〇年前の……大厄災以前には、あの向こうにも人が住んでいて、大きな町もあったらしいです。わたしがもっと強くなったら、それらを一緒に探検しようって……」
「境界線の向こうでは耐えられないだろう」
「わたしは数時間ならいけますよ、先生は平気だと言ってました」
エイブ様は驚いている、それはそうだよね、かの地は人の侵入を阻む瘴気の渦に浸食された、多数の魔物が巣くう危険な原生林なのだから……。
でも、わたしは楽しみにしている……その為にもっと強くなろう。
***
多めに持たされたお弁当だったが、エイブ様はぺろりと平らげてしまった。
先生は予想していたようだ、この人、大食いみたい。
薬になる野草の説明を、エイブ様は熱心に聞いてくれた。
野草摘みも無事に終えた、後は帰るだけだ。
行きとは別ルートで、境界線の内側寄りなので大した魔物との遭遇は無く、キバ兎とグレイ・クローラーが出没した程度だった。
山小屋に戻ると、先生とフッフールが森から歩いて来るのが見えた。
先生は山菜詰み、フッフールは川から鮎を釣ってきたようだ。
ああ、これは……フッフルったら、お客さんにかこつけて揚げ物を作らせる気だな。
フッフールは揚げ物が大好きだ。
先生はそればかりだと体に悪いと言って、あまり作らないようにしている。
わたしも、フッフールがおねだりしても断るようにと言われている。
夕食は案の定、天ぷらパーティーとなった。
先生が、厨房のダイニング側にあるカウンターに携帯式魔導焜炉を置き、天ぷら鍋で食材を揚げる。
それをエイブ様がぺろりと平らげる、すごい食欲だ。
フッフールは黙々と食べているが、箸の進みが早い。
「フッフール、鮎ばかり食べるな! 山菜を食え、山菜を!」
先生が眉を吊り上げて指摘するが、フッフールはそ知らぬふりで鮎を頬張る。
わたしは席を立つと、エプロンを身に付けた。
「先生、変わります」
「おう、頼むわ」
頭巾を被ると、先生から菜箸を預かった。
「フォルさんが揚げるのか、これはベルトを緩めないとな」
エイブ様はパアーと顔を明るくする、良く食べる人だ。
「エイブ殿、あなたには遠慮という物が無いのですか?」
マシィが憮然とした顔で、エイブ様を目を細めて見据える。
「いやあ、あなたが羨ましい。騎士団の食事はボリュームはあるが大味でな」
マシィは顔をしかめている、ひょっとしてエイブ様の事が嫌いなのかな?
エイブ様はわたしが揚げた天ぷらを、おいしそうに食べてくれている。
とてもうれしい、料理のし甲斐がある。
一息ついたところで焜炉の火を落とし、頭巾を取る。
「フォルさん」
エイブ様がかしこまった顔で、真っ直ぐわたしを見る。
「は明日、ここを発つ、が、その前にあなたと再戦したい、ただし今度は木剣で……手加減無しの、本気のあなたと手合わせしたい」
真剣な顔……もちろん、わたしは構わないけど、怪我は大丈夫なのかな?
「受けてやってもいいだろ、怪我したらまた直してやるよ」
わたしの思いを察して、先生は肩をすくめて許可をくれた。
***
翌日……エイブ様との再戦と相成った。
エイブ様の装備は、前と同じ自前の兜と鎧、小屋にあった訓練用の木製の片手剣と木の盾を使ってもらう。
盾はわたしが壊しちゃったんだ……弁償しなくていいのかな?
わたしは木製の模造ナイフを鞘に差して再戦に望む。
先生とマシィは玄関脇のベンチに腰を下ろしている、フッフールは今回は観戦しないようだ。
わたしは両手に模造ナイフを両手とも順手に持ち、刃先をやや前方に向けて構える。
エイブ様は盾を構え、添えるように剣先の側面をソレに当てる……前と同じ構えだ。
暫し睨み合い……先にエイブ様が動いた。
エイブ様は剣を水平に振る、ナイフで受け流すと、刃先は流れるように回転する軌道で再びわたしを捕らえる。
もう一方のナイフで上部に弾く、と、円の軌道で刃先が振り下ろされて来る。
体を後ろ逸らして回避、そのまま突きが来る、横に避ける。
流れるような剣捌き、斬撃が鋭く閃い……良い! やっぱり、この人、強い!
こちらから攻め込もうにも、、盾に阻まれるだけだ、盾持ちの攻略法……。
わたしは一旦、距離を取る為に後ろに飛ぶ、エイブ様は足を止めた。
いい読みだ、追撃してこなかったのは、着地と同時にわたしが動くと踏んだのだろう、その通り!
わたしはナイフを鞘に納めながら、地面を蹴ってエイブ様の横に飛ぶ。
エイブ様が体をわたしの方に向ける、動作が小さいから当然、彼の方が速い。
それでいい、相手は正面、そのまま、近接する!
エイブ様が盾で防御を固める、わたしはその足元に両手を付き、腕、足、体を折り曲げて小さく丸まり、一気に伸ばして、両足で彼の顎を蹴り上げる!
破魔弓。
それがこの技の名前だ。
小柄な先生が、大きな魔物に蹴りを入れる為に編み出した技。
盾持ちへの対処方法……それは、盾と体の隙間から攻撃する!
ゼロ距離で盾の内側に入り、剣の軌道の外から蹴りを入れる。
技はキレイに決まった!
わたし後ろに転がって模造ナイフを抜き、倒れているエイブ様の喉笛に刃先を突き付けた。
「勝負あり、わたしの勝ちです!」
***
帰り支度を整えたエイブ様に、わたしは特製カツサンドをお弁当に手渡す。
「本当に転移陣を使わなくていいんですか?」
また怪我をさせちゃったので、どうしても気になってしまう。
顎に巻かれた包帯が痛々しい、魔法薬を使ったので痛みは引いてると思うけど。
「ああ、この敗北を噛み締めながら山を下りたいのだ」
エイブ様はにこやかにそう答える、負けたのに嬉しそうだな……。
「フォルさん」
一転して彼の顔は、真剣な表情に変わった。
「もし、グランディル城下で困ったことがあったら、神殿の第三騎士団の私を頼ってくれ、全身全霊をもって、あなたの力になろう」
彼はそう告げて、山を下りて行った。
視界から小さくなっていくエイブ様を見送っていると、先生がわたしの肩に手を置く。
「よかったなあフォル、神殿騎士団、副団長がお前の味方になるってよ」
神殿の騎士がわたしの?
なんだか信じられない、神殿は獣人を、わたし達を敵視しているのに。
エイブ様も最初はそうだった、けど……。
なにか熱いものが込み上げてくる、何だろう、とてもうれしい!
なのにマシィは、相変わらず渋い顔をしている。
目を細めてしかめっ面をして、なんだか機嫌が悪そうだ。
次にエイブ様に合うのは何時になるだろう?
わたしが来年、新成人になって冒険者になった後かな。
あと一年……わたしはどの位、強くなっているだろう?
***
あれから一週間が過ぎ、今度エイブ様に会えるのは何時になるかなんて考えてたけど……。
当のエイブ様は、わたしの目の前で、ダイニングを陣取ってドーナッツを食べている。
「うむ、フォルさんの作るものは何でも旨いな……」
褒められて悪い気はしないけど、ソファーに座ってエイブ様を目を細めて、睨み付けているマシィがちょっと怖い……。
次回から新章、修行編がスタートです。
おとなしいフォルが、今回の様な戦闘狂になっていく話となります。
現在は日、火、木、土の昼位のペースで投稿してます。




