子犬のワルツ6
それは自分が師匠のレポートに一区切りをつけ、読書をしている時だった。
「御免!」
表から聞きなれない声がした、客人だと……?
来客など、自分がこの小屋に来て初めての事だ。
なにしろ整備されている山道が無い、原生林と魔物も数多く出没する場所を通過しなければ、ここまで到達出来ないのだ。
自分も普段は、大賢者様の転移陣を利用している。
だがあれは大賢者様が使用する度に魔力を注入するという、よく分からない方式の代物で、第三者が使うには起動用の魔石も必要だ。
徒歩で登攀する酔狂な者は、魔道具の類を嫌っていて転移陣を使いたがらないフッフールさんくらいだ。
ここまで登って来たからには、中々の益荒男だろう。
先ほどフッフールさんとフォルが洗濯をしていたから、今頃干しているはず。
二人は外にいるはずだから、自分が応対する必要は無いだろう。
物見高で出て行くのも行儀が悪い……と思いつつも、やはり気になる。
ローブを着用して玄関に向かう。
外には、身の丈二米はある大男が立っていた。
金属で補強された皮の具足を着用している。
だが神殿の刺繍が入った赤いマントと赤いスカーフで神殿騎士団の騎士団長クラスの人物だと見て取れた。
この方は確か……名は知らないが中央神殿で副団長をしていた人物だ。
訓練場でお見掛けした事がある。
なぜこんな場所にそんな御仁が? と疑問に思ったが、何か様子が変だ。
騎士の前から少し離れた所にフッフールさんが立っているが……。
フッフールさんは……フォルを庇うように抱きかかえて騎士を強く睨みつけている。
そしてフォルは……息を荒げて脂汗を流しながら大きく震えている!
「何があったのですか!」
なにか事態が起きている? 自分は大きな声を発して騎士に問うた。
騎士は困惑した様子で肩をすくめ、助けを求めるように自分を見た。
「大賢者様を訪ねて参ったのだが……神殿の騎士と名乗ったら突然、そこの獣人が震え出したのだ」
騎士も状況が呑み込めずに狼狽している様だが、フォルの様子は尋常では無い。
本当に名乗っただけか?
「あなたは本当に、何かをなさった訳では無いのですね?」
自分は騎士を睨み付けると、彼はハっとしたような表情をする。
「貴殿は確か……賢者筆頭の弟子の少年だな、貴殿も神殿の関係者だ、説明をしてやってくれぬか?」
騎士は嘘をついていない様子……今、大賢者様は山歩きで席を外している。
自分がこの場を収めようと思いフォルを見ると……。
「……神殿の人……マシィが……?」
フォルはそう呟き、目を丸くしている。
様子が変わった?……何かおかしい。
「フォル?」
彼女の名を呼び手を伸ばすと、フォルはソレを勢いよく弾き飛ばし、自分の喉笛に噛み付いて来る!
「!」
噛み付かれる寸前、フォルはフッフールさんに取り押さえられ引き戻された。
「ガ‼ ……ーーロシ……! ハグ‼」
言葉にならない声を上げ、フォルは自分をキッと鋭く睨みつける。
「ウソツキ! ウソツキ!」
目から涙を溢れさせ、自分に罵声を浴びせてくる。
何がどうなている? さっぱり意味が分からない……。
『フォルが獣人だという事を忘れるな』
何故か大賢者様の言葉が頭をよぎる。
自分は呆然と立ち尽くし、フッフールさんの腕の中でもがくフォルを見つめている。
『役に立つところを見せたいんだろうな、まったく、追い出したりしねえってのに』
恐らく大賢者様達は、ここに居ていいと何度も言ったはずだ。
自分も耳にしている、なのに目に写るフォルはいつも働いていた。
フォルには届いていなかった……大賢者様達の言葉が。
きっと、ずっと不安だったに違いない。
『丁寧だし、手際がいい』
まだ幼いフォルが、掃除や洗濯の技術が高い事に、考えが及ばなかったのか?
それだけ彼女が、ここに来る前は働かせられていたという事だ。
子供が率先して、仕事なんてするのか?
幼い子供に仕事をさせる方法……恐怖か。
『神殿の賢者が忌むべき獣人をここで治療するのですか?』
以前、自分が大賢者様に投げかけた言葉が浮かんだ。
獣人族はかつて、統馭の女神と敵対し神殿に反旗を翻した種族だ。
ゆえに神殿は獣人を敵視し、忌み嫌っている。
恐らく、クソ野郎共が神殿を利用してフォルに恐怖を刷り込んだのだ!
言う事聞かないと神殿に連れて行く、その場所で獣人は捕らえらえ、そして……。
もちろんそんなのは嘘だ、だが……。
ソイツ等は神殿を利用して、フォルから自由を、尊厳を、意思を、希望を奪った……。
一二歳の少女を相手に、なんて惨い事を。
『神殿と戦ったのはフォルじゃない』
当然だ、神殿と獣人の戦争は一〇〇〇年も昔の話だ、フォルは生まれていない。
頭の中がぐちゃぐちゃだ、訳が分からない。
フッフールさんの腕の中で、もがくフォルを見つめながら思う。
自分は何故、フォルに敵意を向けられている?
言葉を掛けようにも何も浮かばない、何が何だか分からないし、何を言ってもフォルには届かないだろう……という事だけは分かる。
フッフールさんは何で黙っているんだ? フォルはあなたには気を許しているんだ、ちゃんと説明をしてやってほしい。
なのに、彼女は暴れるフォルを両腕でがっちり抑え込んで、自分の方を見て首を横に振るだけだ。
体が動かない、頭が混乱して、どうしたら良いのかが分からない……。
思わず目が泳ぐ、とそこに騎士の姿が写る。
問題はコイツだ! 何故この騎士はここに居る……何をしに来たのだ!
「フォル‼」
大きな声があたりに響く。
大賢者様の声……高台から射るような厳しい目で、こちらを見下ろしている。
大賢者様はそこから飛び降りると、こちらに向かって歩き出す。
騎士は事態が理解出来ずにいるのか、茫然として立ち尽くしている。
その前を通り過ぎ、小屋のドア脇で大賢者様は歩みを止めた。
「聞け、フォル。東の神殿は最前線だ、そこに派遣された団長クラス、あの騎士は相当の実力者だ」
大賢者様は低い声で語りだし、目の前にある壁に立て掛けてあったモップを手に取った。
「前に言ったよな、君にやりたい事が有るなら全力で支援するって……」
視線をこちらに向けぬまま、大賢者様は騎士の方を振り返ると、そちらの方に歩み出す。
「君がやりたくない事はやらせない、行きたくない場所にはいかせないって事だ」
大賢者様が口元に笑みを浮かべ、フォルに視線を送る。
「前にこうも言ったはずだ、おれは意外と強い」
そう言い放ち、モップのクリップ部分を足蹴にして、乱暴に取り外した。
「おれは小柄だが、モップの棒でこの薄らデカくて強い騎士にだって勝てるんだぜ!」
そしてモップの柄を騎士に向ける。
「剣を抜け!」
鼻先にモップの棒を突き付けられるが、騎士はたじろぎ、眼を瞬かせて戸惑っている。
フッフールさんがフォルの両肩を掴み、大賢者様達の方に向ける。
「フォル、目を離さないで、面白い物が見られる」
何が始まるというのだ? まさか本気でモップで戦うおつもりなのか?
ガン!
鈍い音と共に、騎士の巨体が後方に吹き飛ぶ!
大賢者様はモップの棒の中央部分を肩幅くらいに開いて両手に握り、前に突き出した形で立っている。
その立ち姿は実に堂に入っている……それは明らかに武術の型、力任せの一撃では無いと分かる。
「さっさと立って剣を抜けよ」
大賢者様は尻餅を付いている騎士に、再びその鼻先に棒を突き付ける。
「ですが……」
騎士は困惑し、躊躇している様子だ。
大賢者様は棒を大きく振りかぶると、騎士は観念したように頷いた。
「分かりました、暫しお待ちを……」
そう言うと背嚢から面の無い兜を取り出して着用し、腰の鞘から剣を引き抜く。
目にした瞬間、背すじが凍った。
訓練用の木剣では無い、本物の『ロングソード』と呼ばれる長剣だ。
刃渡りは一米半はある、長く分厚い刃物が不気味に輝く。
握り部分は両手でも余裕がある長さ……重量は二瓩は優に超えるだろう。
巨大な鉄の刃……命中したら人の体、ましてや小柄な大賢者様など容易に両断されてしまうだろう
大賢者様どうなさるお積りなのだろうか? 相手は騎士団長、本物の実力者だ。
魔術で優位を取る?
大賢者様の使う魔術は特殊で詠唱は不要だが、それでも発動までに若干の時間が掛かる。
接近戦で魔術の使用はかなり高度だ、大賢者様でも困難……。
騎士はその大剣を握ると両の肘を曲げ、こぶしが胸から顔の高さ程に構える、切っ先はやや前方を向けている。
だが、その構えには腰が入っていない、手にしているのは真剣だ。
大賢者様を傷付けてしまう事を危惧して、戸惑っているのだろう。
大賢者様は棒の中央部分を肩幅ほどの広さで握り、右手側を前に突き出している。
大賢者様が動く、棒で騎士の左を打つ! 騎士はその動きに合わせ剣先で防御をしたが……。
大賢者様の攻撃は騎士の防御をすり抜け、胸部に命中した!
大賢者様は、動きを止めず棒の逆側で騎士の右脇腹を打ち、そして更に元の側で右内腿を打撃を加えそのまま足を払う。
転倒した騎士の腹部に突きを叩きこむ!
「……魔術?」
思わず口を付いて出てしまったが、フッフールさんが首を横に振る。
「違う、武術よ」
フフールさんの瞳に、力が籠る。
「最初の攻撃、あれは『打つ』と『突き』の中間の打撃、振りが小さいから剣での防御をすり抜けたように見えたのよ」
ここからはその様に見えた……恐らく、騎士も同様だろう。
「それと、あれはモップの柄なんかじゃない、最初から武器よ」
フッフールさんが断言する、清掃具に偽装していた?
驚きはしたものの、最初から武器というのも納得もしていた。
確かにモップにしては、長すぎて扱いにくい。
以前に大賢者様が、あの長さに意味があると仰っていたのはこの事か。
大賢者様は棒を肩に担ぎ、転倒した状態で目を丸くして茫然としている騎士を見下ろし、狂暴な笑みを浮かべる。
「うちの子を泣かせたんだ、骨の二、三本は覚悟してもらうぜ!」
ようやく、バトルものっぽくなりました。




