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大賢者は何もしない ~面倒事は弟子と助手に任せる~  作者: エビテン


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子犬のワルツ5

自分は頭を抱えていた……。

リビングでフォルと向かい合って座り、テーブルに置いた教材を使い、授業を進めていく。

フォルは優秀で、掃除や洗濯などを手際良くこなす。

集中力も高く、何時間でも野菜の皮を剥き続ける。

手先も器用で、シャトー剥きという切り方で仕上げるようになり、桂向きという、包丁を扱う訓練もしている。

だが……勉学においては覚えが悪い!

文字がなかなか覚えられず、似た形の物をよく間違え、左右反転させて書いたりだった。

フォルは一二歳だ、身近な物と字を関連付けさせ、少しずつ根気強く覚えさせて、今は絵本で学ばせている。

並行して簡単な計算も教えているのだが、繰り上げ、繰り下げがなかなか理解できないらしく、これも城下で入手したおはじきを並べ、位によって色を変え数を視覚的にする事で理解を促したりしている。

救いなのは、本人が学ぶ事に意欲的なところだ。

恐らく、これまでに教養が無いために苦労していたのだろう。

「『水鳥を通せ』か……こんな絵本、地下書庫に無かっただろ」

いつの間にか大賢者様が傍らに立ち、テーブルの上の絵本を手に取る。

パラパラと本をめくる大賢者様を見上げ、説明をする。

「城下の古書店で購入しました、内容が楽しいのでフォルが気に入ると思いまして、この本も大賢者様が訳したのでしょ?」

「ああ、これも古代文明の本だが、西方沿岸州連合の加盟各国では一般的に親しまれてるんだ」

納得だ、自分の祖国であるヴァーサターム王国を含む中原地域は、神殿の影響が大きく、子供向けの本も神話や精霊にまつわる物が多い。

「教訓めいた内容じゃないのがいい、おれが個人的に気に入ったから、訳して自費出版したんだ。販売はせず確方面に配ったんだが……売り飛ばしたヤツがいたんだな」

大賢者様の顔色が険しくなるが、フォルが少し興奮気味な顔で口を開く。

「すごく面白いお話です、ハラハラしたり、ふんわりしたりで楽しいです」

「このレベルの本なら孤児院のガキ共は八歳でも読むぞ」

「はう!」

フォルはテーブルに突っ伏した。

衝撃的なのだろうが彼女は恐らく勘違いをしている、グランディル公国の孤児院の子供達は、ヴァーサターム王国の子供より学術の水準が高い。

そんなフォルを無視するかのように、大賢者様は話を続ける。

「地下書庫にも絵本はあっただろ、自腹を切ってまで買う必要があったのか?」

「書庫の本はフォルには不向きと思ったので」

かつて獣人は、神殿に反旗を翻したことが理由で女神に罰せられ、精霊の力が得られなくなり魔術の使用を封印された。

地下書庫の絵本は女神と精霊の話ばかりだったので、フォルには見せたくなかった。

「君は、ちゃんと考えてくれたんだな」

自分の意図を察して、大賢者様は優しく微笑む。

「算術の方はどうだ? 苦戦しているようだが?」

大賢者様がテーブルのおはじきを手に取り、弄びながら自分に進捗を訪ねた。

「簡単な計算が出来る水準でいい考えています、そろばんを教えたいところですがが、アレも数字に慣れて無いと難しいでしょう」

自分の説明を聞き、大賢者様が目を丸くする。

「君は、そろばんが出来るのか?」

「ええ、速さはありませんが基本的な扱い方なら……」

「貴族なのに珍しいな……というか、そういう所は実にマシィらしい」

貴族の間ではそろばんは、平民が使うものとして蔑まれているが、自分は便利だから気にせず使っている。

「ええー! マシィってお貴族様だったの!?」

自分達の会話に驚き、フォルが目を見開いて勢いよく腰を上げた。

「じゃなくって……マシィ様……ええと、すみません、てっきりお金持ちの商人か何かの子供だろうって思ってたから……じゃなくて、思ってまして……」

うろたえているフォルを見て、自分は溜め息を付いた。

「自分は大賢者様の助手で、ここでは只の賢者志望の人間だ……今まで通りでいい」

接し方を今更変えられても、具合が悪い……。

この小屋は大賢者、エルフ、獣人が同居してしる、もはや貴族も何も無いだろう。

「そんな事より、問題は出来たのか?」

フォルは、自分に恐る恐る差し出した帳面を受け取る。

二桁の足し算と引き算の問題を出したのだが、彼女が記入した回答に目を走らせる……。

「ひどいね、こりゃ……」

大賢者様が帳面を覗き込み、ぽつりと呟く。

「一桁の部分は出来てるのですが、繰り上げ下げを忘れるんです……自分の教え方が悪いんでしょうか?」

大賢者様にそうこぼし、肩を落とした。

「いや、君はフォルが理解出来ていない部分をしっかり説明してる、適格だと思うぜ」

大賢者様はテーブルの上に並べられている教材に目を落とした。

「フォルの頭が悪いだけだ」

ガン! と鈍い音がする。

フォルが再び、テーブルに突っ伏していた。

あまり長い時間をかけても能率は上がらないと判断し、今日はここでお開きにした。

フォルは運動をしに、フッフールさんと共に山に出掛けて行く。

自分はソファーに浅く座ると、背もたれに体重を掛けて腕を額に置き、天井を見つめた。

体が妙にだるい……。

「お疲れだな、無理をしているんじゃないか?」

大賢者様が、案じるかのような目で自分をのぞき込む。

確かに、意地を張っていたのかもしれない。

フォルは勉学に向いていないのだろう、だが投げ出さず前向きに取り組んでいる。

そんな姿に、つい過剰になってしまっている。

「自分の学業も大変だろうに……今日はおれの手伝いは良いから、休みなよ」

大賢者様の申し出に、自分は力なく言葉を返す。

「それは筋が通りません……」

「いいから、今日はおれの書斎には立ち入り禁止だ、それと……」

大賢者様は言葉を切り、真剣な面持ちでまっすぐに自分を見る。

「フォルが獣人だという事を忘れるな」

大賢者様はそう言い捨てると、書斎に入りカギを掛けられてしまった。



***



目を覚ますと、窓の外は真っ暗になっていた。

あの後、自分の部屋に戻りベッドに横になって、そのまま熟睡してしまったらしい。

かなりの空腹感がある、何か食べるものはあるだろうか?

リビングに向かうと甘い匂いがした。

壁の時計は一一時を指している。

リビングから厨房は壁で仕切られておらず、カウンターを挟んでいるだけなので、ここからでも奥まで見渡せる。

厨房に目を向けると、見るからに落胆した顔で、焼き立てのクッキーをかじるフォルがいた。

『フォルが獣人だという事を忘れるな』

先ほどの、大賢者様の言葉が頭をよぎるが思考を振り払い、彼女の元に足を運ぶ。

「もう寝ている時間だろ、何をしている?」

フォルに声を掛けるが、大きな耳を倒したまま俯いてしまった。

「……失敗しちゃった」

テーブルの上に置いてある天板には、濃い色をしたクッキーが並んでいる。

「賢者様のお手伝いの時と、同じ作り方したのに……ゴメン……」

何故、謝る?

厨房を見渡しても、夕食はもう片付けられており、残っていないようだ。

空腹感でクッキーを手に取り、口に運ぶ。

なるほど、クッキーは口当たりが固く、焼き過ぎたのか香りも飛んでしまってる。

サクサク感も弱く、ねっちょりした感じだ。

「美味しくないでしょ?」

フォルが心配そうな顔で自分を覗き込む。

「いや、うまいぞ」

「ウソ……マシィはお貴族様なんでしょ、いつも美味しい物を食べてるのに」

「何を言っているのだ、君と同じ物を食しているだろ」

実際、それほど悪くない、大賢者様の料理の腕が異常なのだ。

「ゴメン……マシィが元気なかったから……賢者様が疲れている時は甘い物がいいって」

……え?

これ、自分の為に作ってくれたのか?

一瞬にして緊張する、女性が自分の為にお菓子を焼いてくれる、という状況に。

「クッキー作りは割と難しいと聞く、最初のうちはこんな物だろう」

彼女を慰める事で、動揺を隠す。

「貰ってもいいか? 部屋で食べたいんだ」

フォルは逡巡しながらも、クッキーを皿に移してくれた。

気恥ずかしいので早くその場を離れたかった自分は、皿を受け取り厨房を後にした。


***


「ベット」

フッフールさんがテーブルにコインを一〇枚置く。

現在、リビングのテーブルを挟んでフッフールさんとカードゲームを嗜んでいる。

掛け金は数枚の一ディール小銅貨、はした金だ。

金品を賭けているというより、勝負のやり取り用で用意した物である。

フッフールさんは普段から無表情なのでなかなか手ごわいが、自分も貴族社会で培ったポ-カーフェイスで挑む。

あれから自分は、それまで意識的に避けていたリビングに足を運ぶようになった。

いや、リビングに……では無く、フォルを避けていた。

今、フォルは床にモップを掛けている。

小柄なフォルにとって、長い柄が使い難そうに見える。

彼女はいつも働いている。

……気付くとフォルを目で追ってしまう。

ここに来た頃とはまるで別人で、フッフールさんによって矯正され、所作は綺麗になり、見た目も整えられている。

どこに出しても恥ずかしくない出で立ち、裕福な家の娘だと言われてもだれも疑わないだろう。

獣人の特徴が無ければ、の話だが……。

「ショーダウン」

……フォルに気を取られていて、ドロップし忘れた。

フッフールさんは目を細め、射るような視線を送ってくる。

「エッチ」

……暫くの間、こんな平穏な日常が続いた。

招かざる来客があった、あの日までは。

東の神殿に第三騎士団団長として、中央から赴任してきた騎士……。

フッフールさんはフォルを庇うように抱きかかえ、彼と対峙している。

そして自分は……フォルに、憎しみと怒りに満ちた眼差しで睨み付けられていた。

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