弦鳴る午後 ― 転校生、ヒナタ登場す ―
「いえーーい!!フェスだーーーっ!!」
昼休みの教室。
杏仁豆腐4人は机を囲み、校内フェス出場決定の勢いで盛り上がっていた。
ダイキ「優勝したら焼肉だな!」
カズ「もうそれしか言ってねぇ。」
タクミ「ユウの“湿度100%の曲”とか、絶対MCで事故るからな?」
ユウ「青春は、湿気のなかに生きてる。」
全員「知らねぇよ!」
笑いの中、風がカーテンを膨らませる。
その瞬間までは、いつも通りの昼だった。
⸻
ガラッ。
ドアが開く。
担任「転校生を紹介する。仲良くしてやってくれ。」
黒いギターケースを背負った少女が入ってきた。
陽の光が髪を縁取って、ふっと空気を変える。
「……ヒナタです。よろしくお願いします。」
その名前に、ユウの手が一瞬だけ止まった。
視線が交わる。
ヒナタ「……久しぶり。」
ユウ「あ、うん……久しぶり。」
静かだった。
それなのに、教室の温度がわずかに上がる。
カズ「え、知り合い?」
タクミ「今“久しぶり”って言ったよな?」
ダイキ「なにその微妙なテンポ。絶対なんかあったろ。」
3人がざわめくなか、マナティだけが腕を組んで、
ゆるく微笑んだ。
マナティ「……この空気、恋の残り香ね。」
「え?」と周囲が反応する前に、チャイムが鳴る。
ヒナタは何事もなかったように席へ向かい、
ユウは目を伏せてスティックをくるくる回していた。
⸻
放課後、部室。
ドラムの上に積まれた楽譜とお菓子の山。
杏仁豆腐の4人が集まり、
さっきの出来事をリプレイ中。
ダイキ「なぁ!今日の転校生!」
カズ「ヒナタ、って言ってたな。」
タクミ「お前の顔、完全に“知ってる人”だったぞ?」
ユウ「……まぁ、知ってる。」
3人「やっぱりな!!」
ダイキ「てか、お前、中学の時言ってた“ギター教えてくれた人”って……」
ユウ「うん。ヒナタ。」
全員「やっぱ元カノじゃねぇか!!!」
ユウ「元カノとかじゃねぇよ!ただ教えてもらってただけ!」
カズ「その“だけ”が信用ならんのよ!」
タクミ「お前、あの頃“音が好きだった”って言ってたじゃん。」
ユウ「あぁ。今でも、あの音は覚えてる。
でも、恋の話じゃない。音の話だよ。」
ダイキ「フェス前に詩人やめろ!」
カズ「現実戻ってこい!」
タクミ「ヒナタ=元音の人、か……ややこしい。」
マナティが、隣の席から顔を出す。
マナティ「ま、あの空気は普通の“再会”じゃなかったけどね。」
ユウ「……うるさい。」
マナティ「でもいいじゃない。
青春って、だいたい“再会”で壊れるんだから。」
(沈黙)
ユウ「……壊れたまま、鳴らす音も悪くないけどな。」
⸻
夕方の屋上。
風が静かに吹き抜ける。
三柱がフェンスにもたれて、下を見ていた。
レイナ「ねぇ、マナティ。ユウんとこ、今日すごい騒がしかったけど?」
アイカ「恋愛濃度が異常だったわね。」
マナティ「ユウの元カノが転校してきたの。」
沈黙。
夕陽が金色に傾く。
レイナ「へぇ、ドラマじゃん。」
アイカ「観測値:波及不可避。」
ミナミは、少しだけ目を細めた。
風に髪が揺れる。
ミナミ「……静かね。
熱って、本気で冷めた時の方が、空気きれいなのよ。」
レイナ「それ、今のうちだけって顔してるけど。」
ミナミ「……さぁ。観測は、もう始まってるでしょ。」
校庭の向こう、部室棟からドラムの音が小さく響いた。
夏がまた、動き出す。




