猫の手パニック ― 血と角度の相関関係 ―
昼下がりの家庭科室。
玉ねぎと油の匂い、鉄板の音、ざわつく声。
班ごとにカレーを作る実習で、ユウはひとり奇妙なフォームを披露していた。
先生「猫の手! 指は横、横に寝かせて!」
ユウ「了解っす!(トントンッ)」
先生「だから縦ぇぇぇ!!」
タクミ「包丁に挑んでない?それ。」
カズ「Y軸から来る猫は初めて見た。」
ダイキ「進化系。多分“対刃フォーム”。」
ユウ「これが自然なんすよ! 気付いたら前向いてるんす!」
先生「前向くな!命の方向が危ういの!」
ユウ「え、でもこれ安定するんすよ!」
先生「それは“死の安定”よ!!」
班の空気が爆笑で揺れる。
ユウの手だけ、包丁の正面に向かって“縦”に添えられていた。
普通は指をX軸方向に寝かせて守る。
でもユウは奥行き方向──Y軸で押さえる。
包丁に向かっていく角度。まるで真剣勝負の居合。
先生「危ないってば! 癖なの?!」
ユウ「……多分、血っすね。」
カズ「角度に血統出るやついる?」
タクミ「DNAレベルのフォーム継承。」
調理実習が終わる頃には、ユウのまな板だけ戦場みたいに削れていた。
それでも、切った野菜は妙に整っている。
形より理屈より、筋が通っていた。
⸻
放課後。
夕飯前のキッチンから、包丁のリズムが聞こえた。
エリの背中。黒髪をまとめ、エプロンを締め、トントンと迷いのない音。
ユウ「……姉貴、それ、猫の手?」
エリ「そうよ。危ないからね。」
ユウ「いや、角度。手の向き、縦じゃね?」
エリ「これが一番安定すんの。筋、通ってるでしょ。」
ユウ「血筋って言うなよ……」
エリ「筋って言ってんじゃん。」
ふたりの手元が並ぶ。
包丁の刃に、同じ角度の光が跳ねた。
切り口の方向まで、ほとんど一致していた。
ユウ「……俺、一人分なら完璧なんすけど、人数増えるとポンコツで。」
エリ「わかる。二人目から味がブレるのよ。血だね。」
ユウ「やめてくれ、それは家系の欠陥みたいだから。」
湯気の向こうでルーが泡立つ。
同じ角度、同じ手。
先生が見たら確実に倒れる“縦猫フォーム”。
でも、家庭の音としては、なぜか完璧だった。
──危険な角度ほど、血は美しく揃う。




