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殲滅のデモンズイータ  作者: 彩峰舞人


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8/9

夜の始まり

「そこにいるのはわかってる。用があるなら出てこい」


「……へぇ、気づいていたのか。意外だな」


 闇の奥から、二人の男が姿を現した。


 一人は細身で背が高く、もう一人は小太り。


 どちらも返り血の染みついた服をまとい、腰には所々に錆の浮いた剣を差している。


 人のことを言えた身分ではないが、お世辞にも身なりが整っているとは言い難い。


「もしかして野盗か?」


 アストが尋ねると、男たちは一瞬きょとんとした顔で互いを見やった。


 そして次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。


「もしかして野盗か? だってよっ!」


「正面切って聞かれたのは初めてだぁ。うんうん、俺たちはもしかしなくても野盗だよぉ〜」


「静かにしろ。エミリーが起きる。それと、言っておくが金はないぞ」


「こいつ面白いな。普通なら『有り金全部渡すから、命だけは!』って常套句(じょうとうく)が出てくるはずなのに」


「お前、よく常套句なんて難しい言葉を知ってるな」


 小太りの男は得意満面に胸を張った。


「ま、俺は学があるからな」


「ガク〜」


 細身の男が茶化すと、二人はまたもやゲラゲラと笑い出した。


(何がそんなに面白いんだか、さっぱりわからない)


 アストが内心で首を傾げていると、細身の男がニヤニヤしながら口を開いた。


「金がないなんてのは、一目見ればわかるんだよ。俺たちの目的は、奥でスヤスヤおねんねしているエミリーちゃんだ」


 エミリーの名が出た途端、アストの眉がぴくりと動いた。


「なぜだ?」


「なぜ? お前、面白いだけじゃなくて馬鹿なのか?」


「まぁまぁ、ここは賢い俺が、馬鹿にもわかるように説明してやろうじゃないか」


 小太りの男は咳払いを一つすると、芝居がかった口調で語り始めた。


「エミリーちゃんは、なかなか可愛らしい顔立ちをしていらっしゃる子供だ。そして一方には、そんな子供をこよなく愛するお貴族様がいらっしゃる。ところが、お貴族様には体面という、飯の種にもならないものを守る必要がある。だから大っぴらに子供を買うわけにもいかない。そこで俺たち仲介役の出番ってわけよ」


「……つまり、エミリーをその貴族に売るということか?」


「少し違うな。丁寧にリボンを付けて、高値で売りつけるんだよ。エミリーちゃんは大きなお屋敷で美味いものをたらふく食べられてハッピー。俺たちも懐が潤ってハッピー」


「まさにハッピーハッピーってやつだ」


「──そうは言っても、夜のお勤めはそれなりに大変だろうな……」


 細身の男は、どこか遠くを見つめるような目をした。


「噂だとかなりでかいらしい。普通に裂けちまうんじゃないか?」


「それがまた興奮するって話だ」


「まさに変態極まる、だな」


 二人は顔を見合わせ、どぶの底に沈んだ泥のような笑みを浮かべた。


(ゼットに拾われる前の俺は、優しい世界にいたんだな)


 今なら、そう思うことができる。


 アストとて、もう子供ではない。


 人の世界が綺麗事だけで回っているわけではないことくらい、知っているつもりだった。


 だが――。


(本当に、知っているつもり、だけだったみたいだ……)


 いつの間にか、爪が掌に食い込むほど強く拳を握りしめていた。


 胸の奥底で、何かが静かに煮えたぎっている。


 アストは男たちに向けて、一歩踏み出した。


「お、こいつやる気満々って顔してやがる」


 小太りの男が、余裕たっぷりに笑う。


「命知らずな奴は嫌いじゃねぇぜ。その腰にぶら下げているものも、ついでにもらっておいてやるよ」


「あれも売るのか?」


 小太りの男が、アストの腰にある剣を眺めた。


 細身の男は自分の剣に目を向け、


「こいつも大分痛んできたからな。俺の新しい相棒にする」


「お前だけズルくないか? 俺の剣も大分痛んでるんだが?」


「俺のよりはまだマシだ」


「まぁ、今回は譲ってやるよ」


 目の前の相手が、すでに自分の間合いに入っていることにも気づかず、二人は呑気な会話を続けていた。


「──抜く必要もないか」


「あ゛?」


 小太りの男が剣に手をかける。


 だが、その手が柄を握ることはなかった。


 次の瞬間、アストの姿は男の視界から消えていた。


「……は?」


 男が間の抜けた声を漏らす。


 すでにアストは、その背後に回り込んでいた。


 首を掴み、掌握(しょうあく)する。


 骨の砕ける感触が、手から腕へと生々しく伝わってきた。


 手を離すと、男はその場に崩れ落ちる。


(もろすぎる……)


 あまりにもあっけない最期だった。


 アストは、今しがた人を殺めた自分の手をじっと見つめた。


(──とくに何も感じない)


 恐怖も、罪悪感も、後悔もない。


(死に触れることが日常になりすぎたせいか?)


 それとも、ゼットと長く暮らすうちに、人としての倫理観を失ってしまったのだろうか。


 考えてみても、答えは出なかった。


 細身の男はといえば、地面に倒れた仲間とアストを交互に見つめている。


 目の前で何が起きたのか、まだ理解できていないようだった。


 アストが一歩踏み出す。


「な、何をした?」


「見ての通りだ」


 その言葉を最後に、男は数秒ほど固まっていた。


 やがて、弾かれたように踵を返す。


 逃げるつもりらしい。


 アストは一瞬で距離を詰め、男の裏膝を蹴りつけた。


「ぐあっ!」


 膝の力を失った男が、勢いよく地面に倒れ込む。


 その背中に跨がると、アストは顎に右手をかけた。


「や、やめ……」


 男の懇願を無視し、弓をしならせるように右腕を後方へと引いていく。


 見逃せば、仲間を大勢引き連れて戻ってくるかもしれない。


 そんな危険を冒す理由はなかった。


 間もなく、重く鈍い音が夜の静寂を破った。


 男の身体から力が抜け、白目を剥いたまま動かなくなる。


 アストは男の背中から降り、短く息を吐いた。


(……やっぱり、何も感じない)


 それが、少しだけ気持ち悪かった。


(エミリーが怖がるといけない。死体を片付けておかないと)


 二人の死体を、彼女の目に触れない茂みの奥へと運ぶ。


 寝床に戻ると、エミリーは膝を抱えるようにして眠っていた。


 小さな身体を丸め、身じろぎ一つしない。


(寒そうだな……)


 アストは焚き火に薪をくべた。


 乾いた枝が弾ける音とともに、炎が勢いを増していく。


 揺らめく橙色の光が、エミリーの頬を優しく照らした。


 ゼットと共にアストが生きてきた世界と比べれば、人の世界での野宿など欠伸が出るほど生温い。


 夜の冷気も、周囲に潜む危険も、アストにとっては慣れ親しんだもの。


 それでも、エミリーの命を背負っている以上、眠るつもりはなかった。


 アストは焚き火の傍らに腰を下ろし、空を仰ぐ。


 コロニーであろうと、人の世界であろうと、星の輝きに変わりはない。


 どれほどの年月が過ぎようとも、何十年、何百年と時を重ねようとも、星々は変わらずあの場所で輝き続けるのだろう。


 ふと、夜空を横切る影があった。


 夜霧鳥だ。


 独特な鳴き声を響かせながら、翼を広げて西の空へと飛び去っていく。


 その姿が闇に溶けるまで、アストは黙って見送る。


 夜は、まだ始まったばかりだった。


コミック版 死神に育てられた少女は漆黒の剣を胸に胸に抱くⅩ

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挿絵(By みてみん)

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