プロの店 1
ミアと別れたアストは、あらためて街の散策を始めたが……。
(ミアは気のせいだと言ってたけど……)
嫌悪が多分に混じった視線を感じる一方で、わざわざアストから距離を置いて歩く人もいる。
(気のせいなんかじゃない)
フードを目深に被り直してそれとなく観察していると、老若男女を問わず見られていることがわかった。
(髪のせいでもない。じゃあなんだ?)
目立つような行動をした覚えはない。
ならばと、道の端に移動しても大した変化はなかった。
程なくして視線の原因は、アストの横を駆け抜けていった子供たちの無邪気な会話で判明することになる。
「あの兄ちゃんの服、スッゲーぼろだったな」
「ぼろ!」
その場で立ち止まったアストは、あらためて街行く人たちの服装と自分の服装を見比べてみた。
(──ぼろ、だな)
服なんて気にかけたこともなかったし、そもそも冥界の門には自分一人しかいなかったので、特別気にする必要もなかった。
(……もしかして、ミアはずっと俺に気を使ってくれてたのか?)
ミアだけじゃない。
ソフィもアストの服装に対して、何一つ嫌な顔をしなかった。
通りすがりの女性が、露骨にしかめた顔を向けてくる。
彼女の視線が服全体へ向けられていたことで、疑念は確信へと変わった。
(二人に悪いことをした。今度会うことがあったら謝ろう)
そう思うのと同時に、二人の優しさに感謝した。
(ちゃんとしないと)
もう、デモンとの戦闘に明け暮れる日々じゃない。
これからは人の世界で生きていく。
自ずと次の目的地が決まった。
(俺の村にもあったくらいだ。これだけ大きな街なら絶対にあるはず)
目的の店を探しながら歩いていると、ピカピカに磨かれたガラスの奥に並ぶ衣服に目がいく。
軒先に吊るされた木板には、王冠を被ったカエルという奇妙な絵が描かれていた。
(ここで服を新調できそうだけど……なんだか高そうなだな)
自然とアストの手は懐に伸び、感触を確かめる。
(お金は十分にある──はず。今度は問題ない──はず。自信を持て)
意を決して扉を開けるとすぐに、上品なスーツを身に着けた老紳士が声をかけてきた。
「ご用件をお伺いします」
「服を新調したいんですけど」
恐る恐るそう告げると、老紳士はアストの頭からつま先までを舐めるように見始める。
嫌な予感がした。
「失礼ですが──」
「ちゃんとお金はあります」
被せ気味に答え、懐から取り出した二枚のドラグーン金貨を見せる。
すると、老紳士の眉根が僅かに動いた。
「拝見しても?」
「どうぞ」
ドラグーン金貨を受け取った老紳士は、最初に手触りと重さを調べ始め、次に指を弾いて音色を確かめている。
その一連の行動が、アストには理解できなかった。
「──何をしてるんですか?」
「偽物でないか確認しているのです」
老紳士は当たり前のように言う。
(偽物も存在するのか……)
ゼットから色々なことを学んだアストだが、金に偽物があることは教わらなかった。
(金なんて必要なかったしな……偽物じゃない、よな?)
メキア商会は信頼できる店だとミアは言っていた。
彼女のことを信用しないわけではないが、それでも緊張してしまう。
「──ふむ」
老紳士はドラグーン金貨をアストに戻し、言葉を続けた。
「本日はどのような服をご所望ですか? お好みのデザインなどございましたらお伺いいたします」
どうやら本物だったらしい。
気持ち表情が柔らかくなった老紳士を見て、アストは内心でホッと息を吐く。
ただ、これで問題が解決したわけじゃない。
(お好みのデザインか……)
これまで身に着けた服は、全てゼットが用意したもの。
要は与えられたものを着ていたに過ぎない。
だからと言って不満があるわけでもなかったので、いまさら服の好みを聞かれても困ってしまうのが本音だ。
考えた末、今と同じでいいという結論に至った。
「今着ているのと同じものってあります?」
「そんなボロはございません」
老紳士は真顔で即答する。
(確かにボロなんだけど、そう言う意味で言ったわけじゃ……)
アストは、壁に飾られている服を眺めながら、
「同じものがなければ、似たような服でも構わないんですけど」
「その前に、まずはお客様の体のサイズを測らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「サイズ? それって服を全部脱げってことですか?」
老紳士は目を細め、
「当方にそのような趣味はございません。失礼いたします」
老紳士は手にした巻尺を使い、アストの身体を測り始めた。
どうやら服を脱ぐ必要はないらしい。
それにしても──。
(趣味の話なんかしてないんだけど……?)
老紳士の動きは素人目にも洗練されており、熟練した職人の技を感じさせる
彼の手さばきを興味深く目で追いながら、
(こういうときミアがいれば色々助言してくれそうだ。──連絡先くらい聞いとけばよかったかな?)
そんなことを思っていると、老紳士が感心したように口を開く。
「日々実戦を繰り返した体をしておりまするな」
「そういうのって、服の上からでもわかるものなんですか?」
自分でも呆れるくらいのデモンと戦ってきたので、老紳士の見立ては間違ってない。
老紳士は誇るわけでもなく、淡々と口にする。
「プロですから」
アストは素直に感心した。
ふと手を止めた老紳士は、遠い目で、
「かつては私もお似たような体をしておりましてな。デモンを二千体ほど屠り千手羅刹などと呼ばれていました。懐かしき思い出です」
「二千体!?」
散々コロニーに放り込まれたアストさえ、通算で二百体がいいところだ。
(世界は広いんだな)
アストがしきりに感心していると、
「まぁ冗談ですが」
「え?」
「採寸は終わりました。仕立てには一ヶ月ほどお時間をいただきます」
「服を作るのに一ヶ月もかかるんですか?」
老紳士は目を細め、
「もしかして服作りをなめています?」
「すみません。決してそういうつもりで言ったわけじゃ……そうじゃなくて、飾っているもののどれかを売ってもらえればそれでいいですから」
「それは困りましたね……まぁそこまでおっしゃるのでしたら私もこの道のプロ。三週間で仕上げてご覧にいれましょう」
(どうしてそうなる? ミアもそうだったけど、なぜ俺の意思を無視して話を勝手に進めるんだ?)
アストはとっさに目についた赤い服を指差し、
「あの服でいいです。あれを売ってください」
今着ているものより大分派手にはなってしまうが、子供から笑われた服を着ているより大分ましなはず。
だが、老紳士はアストの申し出を即座に拒否した。
「お客様にあれは似合いません」
「この際、似合う似合わないはどうでもいいんです」
不快な目で見られなければ、それでいいのだ。
老紳士はわかっていないとばかりに小さく首をふり、
「見た目の話ではありません。人に個性があるように、筋肉にもまた個性がございます。お客様の筋肉は特別製。既製服を売ったとあってはプロとしての矜持にかかわります。故にお代はドラグーン金貨二枚となります」
有無を言わせぬ迫力に押され、アストは言われるがままドラグーン金貨を差し出してしまう。
老紳士は流れるような動きで受け取ると、代わりに真新しい服を渡された。
「これは……?」
「出来上がるまでその服をお貸しします。さっさとそのボロを脱いでお着替えください」
「あ、はい」
アストは言われるがまま、その場で差し出された服に着替えた。
見た目も派手じゃなく、サイズ的にも問題ない。
「──これを売ってくれたらそれでいいんですけど?」
「その程度の服ではどうしようもない」
「さっきから言ってることがよくわからないんですけど……?」
老紳士は聞く耳持たずといった感じでアストが着ていた服をつまみ、ポイと後ろのゴミ箱に投げ捨ててしまった。
「あ、俺の服……」
「これで気にしていた視線の八割方はなくなるでしょう」
「どうしてそのことを……え? 八割方?」
困惑するアストを尻目に、老紳士は流れるような所作で扉を開いた。
「残りの二割は髪を切ることで解決します。別の問題が発生しますが、まぁそれは仕方がないでしょう。向かいの店に散髪屋がございます。お金のことなら心配ありません。アスト君なら無料で切ってくれます。では三週間後のご来店を心よりお待ち申し上げます」
取り付く島もなく、アストは強引に店から追い出される。
背後から、カチャリと小気味よい音が響いた。




