デモンズイータ
(もう朝か……)
眠ろうとすればするほど頭が冴えてしまい、一睡もすることなく夜を明かしてしまった。
ぼんやりと天井を見つめながら、アストはひとり苦笑する。
コロニー内では常に何かが喚き、死が吹き荒れ、風さえも命を刈り取る音を奏でるなかで、眠るという行為それ自体に危険が伴う。
翻ってこの街は、アストから見ればあまりに無防備で、生物としての危機感が良くも悪くも削がれていく。
(一日や二日寝なくても、どうってことはないけど)
その一方で、これまで味わったことのない疲労感がある。
原因は考えるまでもなかった。
(やっぱり、無理にでも出て行くべきだったか……)
ベッドの中の原因は、今も気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。
無防備すぎる寝顔に嘆息し、そっと身を起こしたアストは、窓際に立つ。
この街にはそれなりの人がいるというのに、今は誰もいない。
朝靄がかかる街並みは、不気味なほど静かだった。
そのまま外を眺めていると、ミアがようやく目を覚ました。
大きな欠伸をしたミアは、寝ぼけ眼でアストを見る。
「──へ? なんでアスト君がここにいんの?」
思いもよらない言葉だった。
アストが言葉に窮していると、
「あ、そうか。わたしが一緒に寝ようって誘ったんだっけ。待ってたんだけど中々来ないから寝ちゃったんだ。ごめんごめん。──ではあらためまして、アスト君、おはよう!」
ミアは手をシュタっと上げ、屈託ない笑顔を見せてくる。
「……おはよう」
「お姉さんの言うことをちゃんと守ったのね。感心感心」
「お姉さんって昨日から言ってるけど、そもそもミアっていくつなの?」
「そういうアスト君はいくつなの?」
「俺は……二十歳」
多分。
おそらく。
ゼットに出会ったのが五歳くらいだったと記憶している。
そうズレてはいないはずだ。
「妙な間があったけど?」
「気のせいだ。それよりミアは?」
再度尋ねれば、ミアは急に真顔になった。
「女性に年齢を尋ねるのはNG」
「どうして?」
当たり前の疑問だった。
ハイネちゃんは自分から『わたしはもう七さいのおねえさんだから』と、ことあるごとに主張していた。
年齢を尋ねるのが駄目だなんて聞いたことがない。
「どうしてもなにも、それが世界で唯一の真理だからよ」
当然のように言うミア。
彼女が何を言っているかさっぱりわからない。
「はい、この話はこれでおしまい。──ところでいつまでここにいるの?」
「え?」
「え? もしかしてアスト君。私が着替えているところ、見たい?」
シーツで胸を隠すような仕草をするミア。
言いたいことがわかり、アストは部屋を出る。
(何で着替えるから出てくれって素直に言わないんだ?)
アストはブツブツと文句を言いながら、ソフィの鼻歌が聞こえる一階に向かった。
▼
(やってしまった!)
足音が遠ざかったことを確認したミアは、ベッドに突っ伏して足をバタバタする。
野宿すると当然のように言うアストを見かねて、一緒に寝ることを提案した。
普段の自分なら絶対そんなことは言わない。
(なんか……放っておけなかったのよね)
結晶石を知らなかったこともそう。
食事中の言動からも、どこか浮世離れしている雰囲気が彼にはあった。
(その結果がこれ!)
浮世離れしていても、相手は年頃の男。
アストが寝るまでは絶対に起きていようと思っていたのに、いつの間にか眠ってしまった。
(しかも私より早く起きてるし。絶対寝顔見られた)
目が覚めたとき、平静を装ってはいたが、内心ではかなり焦っていた。
アストと会話をする一方で、ちゃんと下着をつけているか確認したのは内緒だ。
ミアはシーツから高々と足を上げた。
(魅力がないのかな? ──違う違う。何を言ってるんだ、私は。そう、きっと疲れがたまっているせい。絶対そうに決まってる!)
そう自分に言い聞かせ、早速身支度に取りかかる。
今日もそこそこ寒いはずなのに、身体は妙に汗ばんでいた。
申し訳ない程度の鏡に向かって髪を梳かしながら、
(落ち着いているからそんなに変わらないと思ってたのに、二十歳か~。五歳も年下じゃん)
手を止め、まじまじと鏡に映る自分を見る。
目尻の小皺に気づいたのは、つい二日前だ。
(なにやってるんだろう、私……)
深いため息を吐くミア。
一階からソフィの賑やかな声が聞こえてきた。
▼
「お待たせ」
アストは準備を終えたミアと共に宿を後にした。
「じゃあさっそく結晶石を売りに行こうか」
柔らかな日差しの下、街は多くの人たちで賑わっていた。
露店に並ぶ品々を真剣に見つめる女。
額に大粒の汗を零しながら重そうな荷車を引く男。
路地裏を元気に走り回る子供たちの姿は、あらためて人の世界に戻ってきたのだという事実をアストに実感させた。
「ところで結晶石ってなんで高く売れるんだ?」
「結晶石を知らないんだから当然の疑問よね。いいわ。お姉さんが説明してあげる。結晶石はね、魔力水を生み出すための素材なの」
だから高いのだとミアは言う。
魔力というからには、多分あの魔力のことを言っているのだろう。
しかし、だからこそアストにはわからない。
「結晶石は錬金術師を介在させることで、魔力水へと生まれ変わるの。魔法を使う際には必ず魔力が必要になる。──さすがに魔法は知ってるよね?」
「──まぁ一応は」
「その間が引っかかるんだけど、まぁいいわ。自分の魔力の総量は生まれたときに決まってしまう。そう言う意味だと魔力量も才能の一つと言っていい。魔力水を飲めば、失った魔力も回復できる。魔力を補うもの、それが魔力水」
ミアの説明で、点と点が繋がった。
「魔法ってのは随分不便だな」
正直な感想をアストが述べると、ミアは苦笑した。
「魔法を不便って言ったのはアスト君が初めて」
「そうなのか?」
「そうよ。魔法が使えるのは一握りの人たち。神に愛された者たちと言われているわ」
良くも悪くもと、ミアは小さな声で付け加えた。
彼女は勘違いをしている。
アストが不便と言ったのは、魔力水に頼らなければいけないというその一点のみだ。
「魔力水が必要なのは、魔法が使える一握りの人──その認識であってるか?」
ミアは頷き、
「魔力水は失った魔力を一時的に回復できる便利なものだけど、それだけに貴重で当然値も張る。結晶石が高く売れる所以ね。ただ頭痛やめまいといった副作用も確認されているから、乱用は厳禁とされている。過去には魔力水の過剰摂取で死んだって例もあるくらい」
ちなみに魔力水を飲むと、魔力が回復する理由はわかっていないらしい。
「話を聞く限り、随分とあやふやなんだな」
「そうね。そもそも魔法自体が想像の産物みたいな代物だから」
途中、【結晶石・高値買取】と書かれた看板が視界の端に入る。
てっきりその店に入るのだとばかり思っていたのだが、ミアは店の前をあっさり素通りした。
「あの店じゃないのか?」
尋ねるも、ミアは立ち止まることなく言う。
「あの店はなんだかんだと因縁をつけては結晶石を買い叩くの。だから論外」
買い叩かれた経験でもあるのか、ミアの口調にはかなりの棘があった。
「でも看板には高く買い取るって書いてあるけど?」
「あれは単なる客寄せ。アスト君みたいなお人好しは、絶好のカモ鍋にされるのが落ち」
「カモ鍋?」
「ぼられるってこと」
食事代と宿代を返せるだけの金額が手に入れば、カモ鍋でもぼられても一向に構わないけれど、それをミアに言うとまた小言を言われそうなので黙っておく。
それはそれとして────
「さっきから視線を感じるんだけど?」
ミアはアストを見ることなく、
「やっぱり自覚がないんだ」
「え?」
「アスト君の髪の色が珍しいからじゃない? 昨日も言ったけど、ハイラント地方ではあまり見ない色だから 」
「フードを深く被っているのに?」
見えているのは、精々が前髪くらいだ。
「気のせい気のせい。自分が気にするほど人は人を見ていないから」
ミアはアストの言葉を一蹴した。
(──彼女の言う通りかもしれない)
なにせ十五年振りの街だ。
人の視線というものに慣れていないのは確か。
気持ちを切り替え、街の景色を楽しみながらしばらく歩いていると、なにやら前方が騒がしい。
「人だかりができてるわね。何かしら?」
近づいてみると、露店の一角にとくに人だかりができている。
少し気になったので覗いてみると、帯剣する二人の男がおばあさんに詰め寄っていた。
「よく聞こえなかったんだが、もしかして偉大なるデモンズイータ様に金を払えって言ってるのか?」
「ですが私共も暮らしがあるので……」
「だーかーらー! その暮らしは誰のおかげで成り立っているかって聞いてんだよ! 脳みそ足りてねえのか?」
「お、おばあちゃんをいじめるな!」
おばあさんの孫らしき女の子が、男のすねを蹴っ飛ばした。
蹴られた男は一瞬キョトンとしていたが、次の瞬間、派手に地面を転げ回った。
「いってええええっっっ‼」
倒れた男にすかさず駆け寄ったもうひとりの男は、険しい顔で男の膝を擦り始める。
「こりゃだめだ、完全に骨がいってやがる。この街がデモンに襲われても戦うこともできやしねぇ。──この落とし前、どうしてくれるんだ?」
「申し訳ありません!」
女の子を抱きかかえたおばあさんが顔を強張らせながら必死に頭を下げていると、騒ぎを聞きつけたらしい街の警備兵がやって来た。
「こらーっ! 道の往来で何を騒いで──ッ!」
男たちを見た警備兵は、途端に顔を青くした。
「これはこれは街を守る警備兵諸君。いつもお勤めご苦労さん。いやなにね、このおばあ様とお孫様に人の道のなんたるかってやつをお教えしている最中でして。いやはや、中々に苦労しますわ」
「な、なるほど。そういうことであれば……」
男たちを諫めるどころか、警備兵は身を縮ませるように去っていく。
そんな彼らを男たちはニヤニヤ笑いながら見送り、絶望の表情を浮かべるおばあさんに視線を戻す。
男は悪意に満ちた笑みを浮かべて、
「まったくもうー、忙しい警備兵さんに迷惑をかけるんじゃないよおお」
「どうか堪忍してください」
「誤って済む問題じゃねぇよなぁ。──そうだなぁ。相棒の足を使い物にしてくれたお嬢ちゃんの悪い足を差し出すっていうなら、考えなくもないなぁ」
「いくらなんでも横暴だ!」
「デモンズイータだからって何でも許されるわけじゃないぞ!」
「そうだそうだ!」
一部の大人たちから声が上がる。
男は声のした方向にゆっくり向き直り、
「今──何か言ったか?」
男の言葉に声を上げていた者たちは、一斉に目を逸らし、口をつぐんでしまう。
「足は勘弁してください。お代は頂かなくても結構ですから」
「お代? あのなぁばあさん、もうそういう次元の話じゃないんだよ」
「ならどうすれば許していただけるのでしょうか?」
おばあさんの言葉に、男はニヤリと笑う。
「そうだなぁ、毎日売り上げの半分を俺たちに上納すれば今回のことは目をつぶらんでもない。足一本の代償と考えれば安いもんだろ?」
「半分も……それでは生きていけません」
「勘違いするなよ、ばばあ。お前のガキは俺の相棒を傷つけた。本来なら問答無用で切り伏せられても仕方ないところを穏便に金で解決しようと言ってるんだ。むしろ優しい俺に感謝するところだぞ。──そうだろ相棒?」
「いてえよおおおっ!」
蹴られた足を庇うように両手で覆いながら、男はこれみよがしに叫んでいる。
──なんなんだ、こいつら?
そもそも、子供が蹴ったくらいで骨が折れるわけがない。
悪いのは、店先の商品を勝手に食べて代金を払わないこの男たちだ。
にも関わらず、警備兵はこの事態を収めることなく立ち去り、遠巻きに眺めている大人たちも、怯えるように目を逸らし続けている。
アストが知っている大人たちとは何もかもが違った。
──こんなの放っておけるわけがない。
アストが一歩踏み出すより先に、ミアが鋭い声を張り上げていた。
「あんたたち、いい加減にしなさい!」
「なに! ──ッ、お前は⁉」
ミアを見た男たちは明らかにうろたえていた。
ミアはおばあさんと女の子を庇うように立ち、見たことのない形相で男たちを睨みつけた。
「てめぇ、一体どういう了見で俺たちに絡んできてんだ?」
「あんたたちこそどういう了見でこんなふざけた真似しているの? デモンズイータが武器を持たない非戦闘員に手を出した場合どうなるか、まさか知らないわけないよね?」
「手は出してねえ。むしろ出されたのは俺たちだ」
「そんな屁理屈がまかり通るとでも思ってるの? この件を境界に報告したらどうなるかしら?」
「……てめぇ、同胞を売ろうってか」
「同胞?」
ミアはヘラと笑い、
「あんたたちを同胞だなんて思ったこと一度もないけど? それよりもまだ続けるつもり? コロニー送りになりたいなら止やしないけど」
コロニー送りという言葉が出た途端、あれだけ威勢のよかった男たちの表情に怯えの色が滲んだ。
「デモンズイータは数が限られている。実際はそんなことできはしねぇよ」
「そう思うなら続けたら?」
「……おい、行くぞ」
「ああ──ミア、覚えとけよ」
「忘れるし、食べた代金はちゃんと置いていきなさい」
やはり足は折れていなかったらしく、代金をおばあさんに投げ捨てた二人は、逃げるように去っていく。
ワッと歓声が上がるなか、ミアは落ちたお金を拾っておばあさんの手に優しく握らせた。
「ありがとうございますありがとうございます」
「おねえちゃん、助けてくれてありがとう」
「ごめんなさい。彼らが迷惑をかけて」
「とんでもございません。本当にありがとうございます」
しきりにお礼を言うおばあさん。
ミアは寂し気な微笑を返し、その場を後にする。
アストはすぐにミアの後を追いかけ、問うた。
「警備兵もそうだけど、なんで周りの大人たちは誰も助けようとしなかったんだ? 悪いのはどうみてもあいつらじゃないか」
「アスト君は助けようとしたもんね。お姉さんちょっとびっくりしちゃった」
「話をはぐらかさないでくれ」
苛立ちを覚えながら言うと、ミアはどこか困ったような表情を浮かべた。
「みんな自分のことで精いっぱいなの。厄介ごとに自ら進んでいける人間なんてそうはいない。まして相手がデモンズイータならなおさら」
「そのデモンズイータって人間はそれほど偉いやつらなのか?」
ミアはピタッと足を止め、
「なるほど、そういうことか……」
つぶやき、すぐに歩みを再開する。
「デモンズイータを知らない人もいるんだね」
「知らないことがそんなにおかしいことなのか?」
なんだか馬鹿にされたようでムッとするアストに、ミアは慌てて口を開く。
「ごめんなさい。別に馬鹿にしたわけじゃないの。デモンズイータというのは────」
デモンを狩る者たちを総称して、デモンズイータと呼ぶらしい。
卓越した戦闘技能を持ち、星印の所持者──即ち魔法が使えること。
加えてα級と呼ばれるデモンを三体討伐することで、デモンズイーターに認定される。
「そこまでしてデモンズイータになることに何の意味があるんだ?」
「簡単に言えば特権が与えられるの。さっきの警備兵が何もできなかったのもそのせいね。ちなみにデモンの討伐回数や強度によって称号が与えられるの」
称号は最下位の<色>から始まり<即><是><空>と格が上がっていく。
最強の証である<空>の称号を持つデモンズイーターは、一国の王ですら頭が上がらないほどの力を有している。
実力は神に匹敵する強さとの言葉に、アストは内心で苦笑した。
「さっき言ってたキョウカイってのは?」
「正式名称は新大陸境界。簡単にいえばデモンズイータを管理する組織ね」
「全然管理できていないじゃないか」
「痛いところを突くわね……普通の人間にデモンは殺せない。デモンズイータってのは、つまるところ人類にとっての壁であり最後の希望なの。だからおいそれと手を出せない」
「だからあんな横暴をしても許されると?」
「そうじゃないけど、あれを見たらそう思っても仕方がないよね」
沈むミアの姿を見て、アストはいつの間にか詰問口調になってしまったことを反省した。
「ごめん、ミアは何も悪くないのに」
「大丈夫。アスト君の言ってることは正しいから」
「そう言ってくれると助かる。……さっきミアがコロニー送りになるって言ったら、あいつら大人しくなったな」
「コロニーに送り込まれたら最後、デモンズイータでも生きて生還することはできない。つまりはそういうこと」
(そんなところに何度も放り込まれた俺って……)
いかにゼットが常識外れなことをアストに強いていたか。
腹が立つよりも先に笑えてくる。
「あいつら、ミアのことをよく知ってるみたいだったけど?」
「残念なことによく知ってるわね」
「そういえば、ミアのこと同胞って言ってた。──てことは、ミアもあいつらと同じデモンズイータってことか?」
「そういうことになるわね。ま、わたしのことはどうでもいいから」
これ以上自分の話題に触れられたくないのか、ミアの歩みは早くなる。
雑多とした露店街を抜けると道幅が大きく広がり、立派な建物が視界の奥まで立ち並んでいた。
「──ここで結晶石を買い取ってもらう」
ミアが足を止めた場所は、その中でもひときわ大きな建物。
看板にはメキア商会、ハイラント支店と書かれていた。
「大きくて立派な建物だな」
「メキア商会は大陸随一の商店なの。ここならぼられることもない」
二人は店の中へと入る。
店内は静かで、露店街とは別世界のようだった。
明らかな場違い感に、アストは無駄に緊張した。
「本日の御用件を承ります」
「これを買い取ってほしいんですけど」
アストは半信半疑で、結晶石を受付カウンターに置く。
店員は結晶石を凝視すると、「少々お待ちください」と言い、慌てた様子で誰かを呼びに走った。
それから三十分後────。
店に入るときは無一文だったアストは、店を出るころにはちょっとした小金持ちになっていた。
「ドラグーン金貨四枚かー。思っていた以上に高値で買い取ってくれたわ。それだけあの結晶石に価値があったってことね」
ミアは上機嫌で言う。
ドラグーン金貨の価値がよくわかっていないアストは、うなずくだけにとどめておいた。
早速懐からずっしりと重い金貨を二枚取り出し、ミアに差し出した。
「昨日の食事代と宿代、半分で足りそうか?」
「はあ⁉ たとえ一枚でも貰い過ぎだって」
ミアはダメダメと、両手で拒否の姿勢を取りながら、受け取ることを拒んだ。
「ミアには色々と世話になった。多いならその分だと思ってくれればいい」
ミアの手首を掴み、金貨を強引に握らせる。
譲る気は全くないとの思いを込め、彼女を見つめた。
ミアは大きな藍色の瞳をぱちくりとさせ、
「……意外にアスト君って強引なんだね」
「そうか?」
「そうだよ」
「それと……ちょっと痛い、かな?」
ミアの視線は掴んでいる手首に向けられている。
アストは慌てて手を離した。
「じゃあ、お言葉に甘えてありがたく貰っておく。アスト君はこれからどうするの?」
「多分数日はこの街にいると思う」
「そっか……またね、アスト君」
ほんの一瞬、ミアは何かを言いかけて口を閉じた。
アストは西、ミアは東に向かって歩いていく。
わけもわからないまま、アストは自由を得た。
が、先のことなどわからない。
それでもアストが踏み出す一歩は、未来へと向かっていた。




