冷たき来訪者XIII
「そこじゃなくて、近場の本専門の場所があるんだが……。あ、そう言えばまだ、君の名前を訊いていなかったんだが……」
「私は雪菜。雪の雪に野菜の菜よ」
「俺は有馬灯真。灯の灯に真実の真で灯真と呼ぶ。珍しい読み方だろ?」
「へぇー、そうなんだ。ま、知っているけど……」
最後、何を言ったのかよく聞こえなかった。クスクスと彼女は笑いながら一緒に階段を降り、本屋に向かって歩き出す。
灯真は、未だに不思議な少女だとしか思っていなかった。何を考えているのか分からない。それに自分の感は、仲良くしてはいけないと頭の中で思っていた。
会話をしながら本屋にたどり着くと、店内に明かりは無く、扉に紙が貼ってあった。今日から五日までこの店は休みだというのだ。
仕方なく、本を買うのは諦めて次の温泉に向かった。
温泉の無料券は三枚。食事券付きというのがなんともお得感がある感じがする。赤字にはならないかと心配してしまう。
「個々の温泉って半額でご飯が食べられるんだ……なんでそんな所までするんだろう?」
「人に来てもらうためだろ。人は特典や安売りに対しては敏感な生き物だからそれに反応して来てしまうんだろうさ」
「愚かな生き物だな、人というものは……」
雪菜は呆れているのか、悲しそうな目をしていた。
こうして二人で雪の街を歩いていると、昔たまたま見ていた韓国ドラマのあの撮影現場に入り込んだかのようだ。
ショルダーバッグの中に入れてある荷物から不穏な空気を読み取った。
「そのバッグの中に何か入っているの? もしかして、見せたくない物とか入っていたりして」
「入っていない、入っていない。普通に貴重品ばかりで本当に何も入っていないよ」
灯真は、慌てて否定する。
「今、目を逸らしたでしょ。怪しいわね。本当に何もないの?」
「ああ、何も入っていない。ほら、それよりも温泉についたぞ」
雪菜の強引な問いから逃げるように、灯真は話を変えた。
目の前には温泉の看板が見える。名前は『温泉・雪の湯』と言うらしい。なんと寒そうな店の名前なんだと思った。
敷地内に入ると、扉を開け、店の中へと入っていく。靴を脱ぎ、ロッカーにしまうと受付へと足を運んだ。
店内は非常に明るく、人が大勢集まっていた。
「え、こんなに人いるの?」
「これはうまそうな血がいっぱいいるわね……」
雪菜はよだれを垂らしながら不敵な笑みを浮かばせ、そう言った。
「何か言ったか?」
「いや、何も……」
灯真は、何も疑いなく受付でチケットを見せると、係りの人がそれを確かめ食事券を出し、いよいよ温泉への入浴許可が下りた。
浴衣を着た客がほとんどを占めており、今日一泊して明日帰るのだろう。
長い廊下で行き交う人と軽く会釈をしながら男湯と女湯の手前で二人は立ち止まった。
「それじゃ、俺はこっちだから上がったらさっき受付の前にあった大広間で待ち合わせ場所ということで……」
「あ、はい……」
雪菜は小さく頷き、それぞれ暖簾をくぐって中へと入っていった。
数分後————
女湯の扉を開けて、そこから雪菜がすぐに姿を現した。
「さて、芝居をするのも疲れてきたな。人の子もこの姿にはそこまで疑っていなかったようだし、最後までからかっていたかったのだが、あの袋からには人の霊力が完治できた。一応、調べる価値はある」
雪菜は自分の姿を消し、本来の姿に戻った。白い着物に水色のマフラー、薄水色の髪、水色の瞳の姿。彼女は昨夜、灯真の露天風呂に現れ、今朝、部屋に現れた妖だった。この姿だと普通の人間には、彼女の姿を見ることが出来ない。




