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管制塔からの指示も、機内アナウンスも、聞き慣れたアシモの声と同一音声だった。
ジェット機は大した滑走路を必要とせず、最後は推進力を自在に制御しながらシェルターの格納庫にすっぽり収まった。
タラップを降りた10人とロボット1体は、格納庫だけでなくシェルター全体に、もはや人の気配が全く無いことを、その異様な静けさから感じ取っていた。
そこはちょっとした地下都市と言っていいくらいの巨大な居住空間であった。エレベーターには地下3階までの表示がある。格納庫のある一層目から二層、三層と降車しながら一巡りしてみると、住宅はもとより各分野の研究所、図書館、議事堂、娯楽施設、病院、レストラン、緑地化された公園のようなものまで確認できた。
アトミックブライトが地上を破壊し尽くす直前から、選ばれた日本人たちがここに移り住んで世界の変移を見守っていたのだろう。そして研究所の一室で日本人の血を受け継ぐニュートラルを誕生させ、ジェット機で世界へ送り出したというわけか。
「地下にこれだけのものを作るなんて......」
コナギは700年前の建築技術に圧倒された様子だった。公園の緑は枯れていない。ニュートラルの森と同様、ここの緑樹も全てが人工なのだ。
「いつから無人になったのかしらね」
ミチカが、洗面所の蛇口から水が出るかどうか確かめようとしたものの、どこにも取っ手が無いのでしばらく思案していると、スグルが蛇口の真下にすっと手をかざした。綺麗な水が自動で出てきた。
機器や家具などが薄らと埃を被っているのを除けば、非常に清潔な環境が維持されているようだ。このまま数ヶ月ここで暮らしたとしても、何の支障も無いかもしれない。
ジェット機の格納庫の隣には広いガレージがあり、自動車が2台だけ残されていた。
ああ、2013年発売のトヨタの小型EV車だ、とスグルだけが認識した。それに乗って外へ出ようと言い出したのはサトミだ。
「オイオイ、いくら何でも危険すぎるぜ。出るならもうちょいこの辺の状況を把握してから......」
「おっさん、見てなかったのぉ? 飛行機の窓からすっごいキレイな平野が見えたんだ。あそこにならレモンの木だって生えてるかもしれない」
手術直後で景色どころではなかったファイが、これでも激痛を堪えながら真剣にサトミを心配しているというのに。
「平野つっても知らねぇ奇形種がウヨウヨいるかもしんねぇだろ」
「大丈夫。新種を見つけたらちゃあんと写真を撮ってくるから。ミッチーから借りたカメラもほら、ここに」
レンズをファイに向け、パシャりと一枚撮影してみせる。
「こら、俺は奇形種じゃねぇぞ! ったく、こいつはミチカを上回るやんちゃだぜ」
愚痴った直後、アイタタタと肋骨の痛みに根を上げる。とにかく安静にしているようにとツチナから強く言われていたのを思い出した。
スグルのチェックを受けてOKが出たEV車にサトミたちが乗り込んだ。ひとり、シオンだけが乗らなかった。
「シオンは来ないの?」
コナギが訊くと、
「ここでやりたいことがある」
ボソリと言って、2台の発車を見送る前にガレージから立ち去った。
シェルターに残ったミチカは個室でファイの介抱に当たり、スグルはアトミックブライトの起動装置も含め建物全体のシステム・ネットワークの把握に取り組み始めた。シオンがその横にピタリとくっ付いて離れない。ヴォイドもしばらくスグルに付き添ったが、所詮機械のことは分からないので、少し離れて見守ることにした。
コントロール室とでも言うべきか、シェルターのまさに核となる地下2階の大部屋で、スグルとシオンは作業をしていた。壁にズラリと設置された36台のモニターの電源を入れたのはシオンだった。一つ、また一つとモニターに映像が映し出されると、それが人工衛星を経由して世界の主要都市の様子を伝えるものだと分かった。
アイランド型の中央システム端末から手際良く各モニターの画面調整までこなしている幼いニュートラルを見て、
「シオン君、機械に強いんだね」
スグルはなんだか嬉しくなった。
「僕の通っていた学校は機械工学の専門校だったのに、生徒のレベルは低かったんだ。関数は分からない、タッチパネルの座標認識すら知らない。そういう生徒に、教師は基礎レベルの知識しか教えない。だからとても退屈だった。キミみたいな人が学校にいたら、ロボットの一体でも一緒に作って楽しめたかもしれないな」
「学生時代に自殺を図るも死に切れず」
「えっ?」
シオンの声は小さくて聞き取りにくかったが、確かにそう言った。スグルは一瞬驚いたが、別に腹を立てるでもなく、
「それは僕のことかな。うん......屋上から飛び降りたけれど死に切れなかった。だけど今は死ななくて良かったって思ってるよ。死ななかったというよりは、別の人生を生きているような感じ。学生生活では経験できないことだらけで、退屈する暇もないから」
切り替わったモニター画面に、緑の草原が波打っていた。と同時に、EV車の軽快な擬似エンジン音も、スピーカーからクリアに聞こえてきた。
「サトミちゃんたちの車だ」
スグルは身を乗り出し、手元のマイクに向かって呼びかける。
「聞こえる? サトミちゃん」
『おお? スグりんだぁ』
流れる平野の景色を背景に、ハツラツとした声が応答する。
「その車のフロント部分に内臓されたカメラで、こっちからも状況が分かるよ。こうやって逐次連絡を取り合えるのは心強いね」
『さっき変な生き物がぴょんぴょん跳ねてたんだ。あれは奇形種なのかなぁ』
「それは多分、カンガルーだよ。オーストラリア大陸独自の動物」
『カンガルー。へぇ、まだまだ見たことのない動物がたぁくさんいるのかな。僕ちゃん楽しみ!』
種が生き延びていれば、そのうちコアラも見つかるだろう。
この大陸に纏わるものを、世界の記録から消去したのはニュートラル。彼らの最初の目的は、生き残った0.01の人間をここに近付けないようにすることだったのかもしれない。日本列島を失った日本人が新たに手にした、この「最果ての地」に。




