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剣で矢を払い飛ばしながら、逃げれば逃げるほど数を増す追手をどうやって煙に巻こうかと、ヴォイドはしばらく思案していた。そして一人の男に狙いを定めると、果敢にもその懐の中に突っ込んでいった。
里長のモウリコウノスケ。ヴォイドはこれを盾にした。
忍者たちの攻撃はピタリと止んだ。総勢24人の忍者のほとんどが覆面姿で見分けがつかないが、右腕に怪我をしている者と、全身に包帯を巻きつけた者だけは正体が分かる。殺るとするなら、まずこの2人だ。
「モウリ様に手を出すな」
と、ヨシサダが鋭く制した。
「先に手を出したのはそっちだろう。日本人ほど礼儀正しい者はいないと思っていたが、そうでもなかったようだな」
捻り伏せたモウリの腕から膿汁が出て包帯に染み出していたが、ヴォイドは手を緩めなかった。
「この先へは行かせぬ。それが我らの使命」
モウリが凛然と言い放つ。
「キャビテーションか。なぜそこを守っている? 奇形種の生成に加担してどうするつもりだ」
「おぬしに分かるか────人の世から抹殺された者たちの憎しみが」
モウリの首筋から脇から、濁った汁が噴き出した。
「さあな。修羅となって生涯を終えたところで、その憎しみから解放されるとも思えないが」
「人という生き物のいかに残忍なことか。修羅である方がまだましよ」
いい終わらないうちに、モウリは身体を素早く捻ってヴォイドの手中から逃れた。それからヨシサダが見計らって投げてよこした忍刀を掴み取り、流れるような動作でヴォイドに切りかかってきた。座敷で見せた厳かな光を湛えた双眸は、この時真っ赤な血の筋を浮かべ、まさに修羅のそれと化していた。
鋼と鋼の目にも留まらぬ攻防戦。その壮絶な激突の中でモウリの包帯は綻び、腐食した皮膚が豪雨に晒される。
モウリは自ら包帯を剥ぎ取った。爛れ崩れた顔面は、人であることさえ阻却されてしまったかのような、あまりに哀しい醜貌であった。
66の齢をものともしない強靭で柔軟な身のこなし。だが、動けば動くほどに腐肉は裂け、血汁を垂らし傷ついていく。
里長を見つめる忍者たちの頰を伝うのは、もはや雨粒だけではなかった。
この一騎打ちの勝敗がどちらに転んでも、里長の命は助からないかもしれない。モウリもそれを覚悟の上で戦っているのだ。天から落ちる雨粒までも、皮膚を貫き激痛を与える百万の凶器であるというのに。
ガリガリ。グシャグシャ。────ゴクン。
青い鳥が目玉を食べてしまった。
「次は僕の目を食べるの?」
解するはずもないだろうが、スグルは鳥に訊ねてみた。
鳥は飛び立つ様子もなくただじっとしている。
怖くはなかった。奇形種といっても、まだ手に載る程度の雛だからか。
「そうだ、逃げなきゃ」
悠長にしている場合ではなかった。スグルは鳥を足元に放して走り出した。
だが全速力で走る足は、たちまち疲れて止まりがちになる。忍者の脚力を考えるといつ追い付かれても不思議ではないが、運良く追手はまだ来ない。
顔に滴る雨の雫を手で拭いて大きく深呼吸をした。
ヴォイドは大丈夫だろうか。必ず見つけてやると言うから信じて逃げたが、それは彼が無事に里を出られたらの話だろう。
バサリ。
また肩にあの鳥が止まった。自分は余程奇形種に好かれる体質なのかなと複雑な心地で鳥を見た。
「え......」
これはデジャビュか? ────いや、まさか。
だが確かに、鳥は人の目玉を嘴に咥えている。そしてガリガリ、グシャグシャ、ゴクン。
スグルは思わず息を飲んだ。
どんなに生物学が発達しても、これを説明できる者は果たして現れるのだろうか。
鳥の頭部には、さっきは無かったはずの目が一つ付いていた。
「モウリ様!」
下忍、中忍の呼びかけに、悲痛な響きが混じり始めた。
モウリの包帯は泥と血と膿で赤褐色に染まっていた。解けた布の先端は雨水を含み、負荷がかかって鬱陶しく纏わり付くばかりか、割れた皮膚を無情に打ち叩いている。
モウリがもう30年若ければ、或いは病に蝕まれた身体でなければ......ヴォイドの命はここで潰えていたかもしれない。そう思わせる気迫と執念が、老長の繰り出す刀から迸り出ていた。
それにしても、この男の何と美しいことか。彼に触れられなかった雨粒が、悔し涙となって地面に身を投げているようだ。────老長とは対照的な、ヴォイドの姿。
この招かれざる客人に魅了されそうで、忍者たちは敢えて彼を凝視しない。
やがてモウリが力尽き、忍刀が弾き飛ばされ、勝負はついたかに見えた。
2人を取り巻く忍者たちは、一斉に手裏剣を手に構える。
だが鋭い鉄刃が標的目がけて投擲されるより先に、辺りに煙幕が立ち込めて忍者たちの目を眩ませた。雨で迷彩効果はすぐに消滅したが、まるでさっきまで見ていたのは幻であったかのように、一瞬の隙に麗しい男の姿もそこから消滅していた。




